エンドレスロール:生命の息吹、魂の風
エンドレスロール 渾の社
「ふわあ……」
社の中で、人間態のユグドラシルが欠伸をする。妙に肉感のある生足で胡坐をかいて、左ひざの上に肘を置いて背を曲げ、退屈そうに正面の景色を見つめる。
「退屈で死にそうだ……ここにニヒロが来て、適当に暴れまわってくれないか……」
戯言を呟いていると、社の外に広がる紅葉と雪の景色が赫赫たる炎で薙ぎ払われる。
「む……」
木々の向こうから現れたのは、片耳のハチドリだ。ユグドラシルは警戒を示すが、それ以上に湧き出る興味を視線に宿す。
「お前は何者だ?余が知らぬなど、只者ではない……それに、宙核の気配もする。ニヒロの差し金……でもあるまい」
社の奥からソムニウムが現れ、ユグドラシルに並ぶ。
「彼女は次の世界から来た、怨愛の修羅」
「修羅、修羅か……なるほど、合点が行った。よし、ソムニウム。お前があやつの相手を……」
ユグドラシルが周囲を見渡すが、ソムニウムはどこにもいなかった。
「我が被造物ながら気紛れな奴よ。まあよい……」
ハチドリが社へ足を踏み入れ、そして引火する。一気に火の手は広がり、社は緋色に輝き始める。ユグドラシルが立ち上がり、首を鳴らす。
「アイスヴァルバロイドにしては造形の下品さが足りない。余が作ったにしては均整の取れた美しさが無い」
ユグドラシルは右手を伸ばし、指先から糸が飛び出て、長い爪のようになる。
「気になる、大いに気になるぞ。お前から宙核の匂いと我が器の臭いもする……名乗れ、余にお前の肢体の全てを教えてくれ。その耳の感度も、胸の使い道も、脇の香りも、足の滑らかさも、膣の熱りも、陰核の尖りも、そして――その燃え滾る、焔の意味も」
「私は……」
鯉口を切り、脇差を抜く。そして刀身に怨愛の炎を宿し、構える。
「ハチドリ」
「ハチドリ、そうか……鳥の名前、やはりアイスヴァルバロイドか……?」
目に見えぬほどの速度で突っ込んできたハチドリの脇差を、爪で受け止める。
「凄まじい愛情だ。言葉には形容しがたいな……ああ、そうか。宙核の匂いがする、単純なことだ。お前はあやつの妻となったのか。蒼の神子からその座を奪い取ったと」
「……」
「クククッ、宙核を虜にするなど、アルヴァナが自害するほど不可能なことよ。お前は誇っていいぞ。余が認めよう」
ユグドラシルは力を一気に込め、ハチドリを後退させる。
「修羅か、言い得て妙だな。器とは正反対、人生が満ち満ちているな!」
六連装をフルバーストし、即座に編まれた糸の壁に弾丸が受け止められ、6つの糸束に分かれて投げ返してくる。爆炎と共に姿を消し、眼前に現れつつ舞うような連撃へ突入する。ユグドラシルは両手に爪を形成し、的確な防御で連撃の殆どを往なす。だが伴う真空刃や怨愛の炎の余波を直接受け、かなりのダメージを蓄積させられる。最終段の強い一撃を後退して空かし、大量の糸を瞬時にハチドリへ絡みつかせて拘束――出来るはずもなく、巻き付いた先から糸は燃え尽きて消える。それどころかハチドリは脇差を突き出して突進し、ユグドラシルの腹を貫いてから踏み台に飛び上がり、着地しつつ薙ぎ払い、勢いをつけた二連蹴りで打撃を加えつつ、翻って繰り出した強烈な蹴りを足に叩き込んでユグドラシルの膝を折らせ、飛び上がって大上段から蹴り下ろして壁まで吹き飛ばす。ユグドラシルは壁にめり込み、怨愛の炎に身を燻されながらも立て直し、壁から離れる。
「バロンから力を託されただけでここまで強力になれるのか……?」
「私は……」
左手を上げ、籠手の内部に滾る炎が淡い光を放つ。
「旦那様の、全てを託された」
「全て……その言葉は、字面通りに受け取ってよいのだな?」
「……」
「全て、全てか……」
ユグドラシルは咀嚼するように何度もそう言うと、右腕に真雷を這わせる。
「ぜひそのメソッドを知りたいものだ!」
真雷を帯びた糸を伸ばし、先端から解放する。しかし難なく脇差に受け止められ、反撃の一閃で切り裂かれ、己の放った真雷で絶大な威力を受けて感電し、震える。その隙にハチドリは納刀して背後を取り、背中に張り付いて頭を両手で掴み、思い切り捩じってユグドラシルの首をへし折る。即座に離れて飛び退くと、ユグドラシルは首が捻じれたまま笑う。
「この借り物の姿では歯が立たんな。ならば」
天から巨大な雷霆が一条注ぎ、社の屋根を破壊してユグドラシルを撃つ。現れしは、四肢と一対の巨大な翼を持つ、長大で優雅な白いドラゴンだった。
「我が名は祖王龍ユグドラシル。万象を網羅し、全ての万物の頂点に立つ、原初三龍が一なり」
ユグドラシルの胸部には真雷が蓄えられており、体の各所に生えた柔毛は、透き通るだけでなく自ら光を発している。まさに超越者と言わんばかりの威厳を放ち、それでいて柔らかな神々しさも兼ね備えた、王に相応しい威容だ。
「さあ、あはれな声で啼く小鳥よ。余にその姦しき絶叫を聞かせてくれ」
天を衝く咆哮と共に全方位へ一気に真雷が解き放たれ、ハチドリは分身を盾にして凌ぎ、瞬間移動で適度に詰めつつ、脇差のリーチを怨愛の炎で大幅に強化しつつ舞うような連撃を叩き込む。だがユグドラシルは力も全開で先ほどとは比べ物にならない出力なのか、その連撃の直撃を受けつつも難なくバックステップを見せ、同時に口から特大の雷球を吐き出す。その軽い動作からは考えられないほどの壮絶な威力で爆発するが、ハチドリは爆発で逃げ、太刀を抜いてもう一度その場に現れ、こちらも怨愛の炎でリーチを大幅に増強しつつ、横、縦と薙ぎ払う。だがユグドラシルは二連斬りですら怯まず、反撃に口から極太の光線を吐きつける。咄嗟に太刀を盾に防御するが、呆れるほどの出力によって強引に後方へ押される。撃ち切った瞬間の激烈な威力の上昇で押し切られ、吹き飛ばされる。太刀を床に突き立てて堪え、すぐさま立ち上がる。
「修羅と言えど人間の域は越えられぬ。理の主たる原初三龍と、人間紛いの神仏では、もはや勝負にならぬのよ」
「驕れば、敗れる……」
ハチドリは六連装を抜き、フルバーストしてから納銃し、分身を伴いながら急接近する。
「ふんっ!」
ユグドラシルは胸を張り、急速に纏うエネルギーを膨れ上がらせていく。
「この世の涯はただ一つ……!」
至近に現れ、莫大な量の火薬が撒き散らされる。
「ぬ!?」
その攻撃の危険性を感じ取ったユグドラシルは怯み、退避しようとする。
「戦いに尽きる、死の淵のみ」
だが逃さず壮絶な大爆発が巻き起こり、ユグドラシルの体勢を大きく崩す。
「くく……!」
「拝涙いたす」
上空に飛んでいたハチドリが落下しつつ太刀をユグドラシルの右目に捻じ込み、そのまま上顎を貫通して切り裂き、飛び退く。ユグドラシルの体液がべっとりとついた太刀が帯電する。
「ぐっ……その刀、余が作り出した〝
ハチドリは立ち上がりつつ、太刀を収める。
「ぬ……?」
ユグドラシルが右目を修復しつつハチドリを見る。
「なぜ……?」
「……」
「宙核の気配をここまで濃く感じて初めて知ったぞ……ソムニウムと、宙核がここまで似ているとはな……!そうかそうか、ルナリスフィリアとその太刀が同質の力なのは当然と言うことか……」
ユグドラシルの体の各所に配された蒼い突起が紅く染まり、真雷の代わりに紅雷が迸り始める。
「原初三龍の支配から逃れ、愛に放蕩した始まりの番……淵源の月の力は、
「……」
「お前は知らぬか。まあよい。どうやらお前は、本当に宙核から託されただけの、修羅なのだな」
「私は……決して戦乱が絶えぬよう、火種を撒き散らし続ける……」
「知らぬ存ぜぬで、そこまで無垢に愛していられるか……あのバロンが愛を向けるのも合点が行くな。ここまで無知で無垢で、しかし賢明な狡兎を逃がすなど惜しい」
ユグドラシルは口角を上げ、嗜虐的な笑みを見せる。
「余も欲しい!お前の全てを弄り倒したい!好きなように、隅々まで、開発し尽くしたい……ッ!」
天を仰ぐ咆哮が放たれ、天頂に巨大なブラックホールが産み出される。
「さあハチドリ、余の愛しき白兎!我が手に収まり、我が混沌の駒となれ!王龍式……!」
ハチドリは脇差を凄まじい速度で抜き、遠隔で真空刃を与えるが、右翼で胴体を守って往なす。
「〈アンセストラル・インソムニア〉!」
ブラックホールから空前絶後の破壊力を以て超巨大な紅雷が解き放たれ、急降下してくる。ハチドリは脇差を収め、右半身に鋼を纏い、太刀を抜く。
「旦那様、お力を……!」
王龍式相応の威力を帯びた紅雷を太刀で受け止め、そのエネルギーを吸収して抑え込んでいく。
「ほう、一撃なら直撃でさえ耐えるか!人の身で原初三龍に縋るなどと言うたが、修羅の通り既に人であることを捨てているとな……!ならばありったけくれてやろう!」
同じ威力の雷霆が次々と降り注ぎ、ハチドリへ集中する。
「クハハハ!墜ちよ、墜ちよ!雷は我が力、天地は我が些少!大地を貫く雷霆よ、地の実りに頭を垂れ、怨敵たる天の主を引き裂けぇ!」
ハチドリは初撃を受け切り、飛び上がる。その度に新たな雷霆を受け、その全てを太刀に飲み込んで更に浮き上がる。
「く、クフフ……!余の総力を受け切るか……!」
ユグドラシルは自らを雷霆へと変えて逃げる。ハチドリは全ての雷霆を受け切って着地し、まるで落雷が直撃したような衝撃を伴って構え直す。大量の巨大な雷球が雨のように降り注ぎ、ユグドラシルは実体化して滑空突進を繰り出す。ハチドリは太刀を籠手で握ってユグドラシルを受け止め、力任せに進路を変更させ、即座に頭部に飛びつき、太刀を再び右目に突き刺す。ハチドリはそのまま両足で立ち上がり、太刀を引き抜いて目を抉り取り、さしものユグドラシルも苦しみのたうち、頭を激しく振ってハチドリを引き離す。ハチドリは降下しつつユグドラシルの胸部に太刀を突き刺し、同時に爆発させて傷を強引に開く。傷口からは凄まじい勢いで暴力的なシフルの波が放出され、ハチドリの装束と髪が激しく靡く。露出したのは、ユグドラシルの核たる紅く輝く電撃の塊だ。構え直し、太刀を突き刺し、押し込む。
「ぐぬぉあッ……!」
ユグドラシルは両腕でハチドリを圧殺せんばかりに鷲掴み、口を近付けて紅雷を吐き出す。ハチドリは太刀を左逆手で差し込み続け、右手で脇差を抜いて紅雷を受け止める。そして籠手を爆発させて太刀を押し込み、完全に貫通させてから飛び退く。
「ウグォアアアアアアアアッ!」
ユグドラシルは遂に崩れ折れ、辛うじて右腕で体を支える。胸部の傷は癒されず、血液のような液化純シフルが漏出し続ける。
「怨愛の、修羅……くくっ、その強さ、しかと見届けた……余の勝てる相手では、なかったか……嗚呼、だが……永遠なる戦乱は、永年の混沌にも等しい……余は、満足、だ……」
右腕も砕け、完全に全身を地に擲つ。
「受け取れ、余を倒した証をくれてやろう……」
ユグドラシルは残った左手を使い、自身の左目を抜き取ってハチドリへ投げ渡し、程なく消滅する。目を受け取ったハチドリは、その紅に染まり切った眼球を見る。
「……」
射殺すような、それでいて深遠な野望を備えた眼球を、ハチドリは自身の体に取り込む。彼女の体に、一瞬紅雷が迸り、そして左手に背の太刀と同じような刃渡りの、赤黒い刀身の太刀が握られる。いつの間にやら背に交差するように現れた鞘にその太刀を収め、ハチドリは立ち去った。
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