エンドレスロール:月の落涙
エンドレスロール 原初零核・コア
「武の頂に立ち、終わらぬ戦乱を望む修羅よ」
ハチドリが広大な草原を歩いていると、天から声が響く。曇天を貫いて、後光と共に
「貴殿は宙核からの欲望を全てその小さな体で受け止めたようだな……あの黄昏の寝床で告げた言葉、宙核は聞き入れてくれなかったか」
「旦那様は……ただ平穏に暮らすことを求めてはいなかった」
「構わない。私は糾弾しているわけではない。ただ、少し哀しいだけだ。全てに決着がついた以上、最近は旧友が傍からいなくなってしまうことが多くてな。ボーラスやソムニウムが居てくれるだけ、まだマシだと言えようか」
「ソムニウム……」
「修羅。間もなく、この世界も崩れ去る」
「……?」
トランぺッターの言葉に、ハチドリは疑問の視線を向ける。
「この空間は、ルナリスフィリアが産み出す記憶の世界。ルナリスフィリアの中に保存された、あらゆる強者の記憶を殺し合わせ、あったはずの未来、決してあり得ない結末を引きずり出し、本当の暴力の極を導く」
ジーヴァは大柄な騎士へと転じ、着地する。背には肉厚の超大剣が備えられ、腰にはシンプルな長剣を佩いている。
「もうすぐこの記憶の世界も、一つの答えに到達する。ルナリスフィリアは一つの答えに辿り着く」
「答え……?」
「暴力の極に立つのが、貴殿か、ソムニウムか、ディードか……これはこの世界そのものの淵源に関わる問題だ」
「……」
「極まった力は、振るう相手を失う。無の無でさえ平伏した後には、もはや何もない。動きが消えるのだ。全ては在るのに、無いにも等しい、完全に止まった世界がやってくる。果たしてそれを齎すのは誰か」
ジーヴァは右手で超大剣を、左手で長剣を抜く。
「その瞬間にこそ全ては審らかになろう。世界の成り立ちを、誰が、何が淵源だったのかを」
ハチドリが脇差を抜いて構えると、ジーヴァも超大剣を盾にして臨戦態勢へ入る。
「来い、修羅。貴殿の全てを私に見せつけてくれ」
ジーヴァがその体勢のまま突っ込み、長剣を突き出す。ハチドリは難なく弾き返し、即座に踏み込んで胸に脇差を突き入れ、彼を踏み台に飛び上がってから降下しつつ脇差を振り下ろして爆発させる。殆ど怯まずに一歩下がり、爆発を超大剣で受けたジーヴァは長剣から光の刃を放出しながら緩やかに三回振る。緩慢な速度ではあるが異常なほど軸合わせの性能が高く、背後を取ろうとしたハチドリへ不自然なほど正面を合わせて振るために隙が殆どなく、最終段に合わせてステップを踏んで弾き、即座に火薬を撒いて着火し、視界を奪いつつ怯ませ、脇差を納刀して赤黒い太刀を抜きつつ後方へ飛び、紅雷を刀身に宿して着地しつつ薙ぎ払い、強烈な衝撃に硬直しているところへ今度は蒼い太刀へ持ち替え、怨愛の炎でリーチを増強しつつ横、縦と振るって吹き飛ばす。
「流石は修羅。この程度では肩慣らしにもならんか?」
ジーヴァの言葉に応えることなく、ハチドリは太刀を収め、脇差を構え直す。ジーヴァは立ち上がると、長剣を吸収し、超大剣を防御ではなく攻撃に使うよう構える。
「深淵を渡った先にある、淵源。月から零れ落ちたその光の種こそ、始まりの火たる、真炎」
煤けた鉄塊のようだった超大剣は刀身の奥底から緋色に滾り始め、その刃を蒼い炎が覆う。
「だが怨愛の炎が真炎に摩するほどの熱量を帯びるとは、私も想定していなかった。ボーラスも、誰もがな」
ジーヴァは大きく振りかぶり、真炎を噴き出しながら超大剣を豪快に薙ぎ払う。巨大な壁のような熱波が起こるが、ハチドリは難なく背後を取って舞うような連撃を繰り出す。ジーヴァは怯まず、ターンテーブルのように不自然に正面に向き直り、切り上げで連撃を中断させ、ハチドリに弾きを強制する。ハチドリは分身と瞬間移動を組み合わせてコマ送りのように現れては舞うような連撃を小出しに加え続ける。だがそれでも怯まず、ジーヴァは超大剣を地面に突き刺し、爆発に続けて火球を周囲に飛ばす。躱しつつ現れたハチドリは太刀を構え、再び横、縦と振るって膝を折らせる。
「覚悟……!」
脇差に持ち替えたハチドリが飛びつき、鎧の隙間に脇差を捻じ込み、左手で引き剥がしつつ爆発させて大ダメージを与えて飛び退く。
「悪くない……」
立ち上がったジーヴァの、胸部の装甲は剥がれている。そこから見える彼の素肌は、当然ながら人間のものではなく、無明の闇が高密度に圧縮されたエネルギーだった。超大剣を消し去り、ジーヴァは(恐らく)笑みを向けてくる。
「宙核は自らの欲望に従い、貴殿をこの世に託した。それが如何なる意図の故か、貴殿自身から教えてもらおう」
鎧が砕け、凄まじい勢いで無明の闇が噴出する。一対の巨大な翼を広げ、蒼黒のボーラスと形容できる、巨大なドラゴンが現れる。
「これが私の本当の姿。原王龍ジーヴァだ」
「原王龍……」
「さあ、修羅の彷徨いたる所以をここに」
ジーヴァは直下へ火炎ブレスを吐き出し、それが次第に無明の闇へと変わり、細く強靭な光線へと変わって上へ薙ぎ払われる。軌道に沿って澱んだ闇でコーティングされた閃光が連続で爆発し、著しく視界を遮りながら周囲に闇を漂わす。ハチドリは右へサイドロールで躱し、素早く六連装をフルバーストする。頭部に全弾命中するも、少しの影響もなくジーヴァは後脚で立ち上がり、豪快に両前脚を使って攻撃する。怒涛の六連撃を繰り出しながら最終段を地面にめり込ませ、それを軸に方向転換し、直下にブレスを吐き出し、光線に変えて空中に逃げたハチドリを狙う。回避されるも、今度は後脚で立ち上がり出鱈目に頭を振って光線を振り回す。光線の軌道では地表だけで起こるものかと思われた爆発が空中でも次々と起こり、瞬間移動で避け続けるハチドリの退路を細かく潰していく。だが光線と爆発の僅かな隙間を縫ってハチドリは急接近し、太刀を脳天に突き立ててジーヴァの巨体を地面に叩き伏せ、生じた傷に左腕を捻じ込んで甲殻ごと豪快に引き千切りつつ爆発で飛び退く。
「良い……それでこそ修羅、理の頂点に向かうに相応しい力よ」
ジーヴァは構え、周囲のシフルエネルギーを凝縮させていく。彼の全身を覆っていた蒼黒の甲殻が透けていく。視界が眩むほど昏い炎が彼の胸部から燃え上り、首をもたげて咆哮すると同時に、彼の体は白く透けて、純シフルだけで構成された姿を顕現する。ボーラスに酷似しているが、彼を縁取る炎は青黒く、中心に据えられた核もまるで宇宙の淵源を垣間見るがごとく蒼昏く澱んだものとなっている。
「これは……?」
ジーヴァ自体は昏く、澱んだような風であるのに、目を細めるほどに眩さを放っている。
「
「盲目の王……」
「妙な感覚だ。ここはルナリスフィリアの内部であるのに、その力の源たるこの光を、こうして解放しているのは」
ハチドリは脇差を持ち、退くことなく構える。
「相手にとって不足なし」
「そうでなくては」
ジーヴァは全身を使って右前脚を振り上げる。それだけで極彩色の波動が彼方まで轟き渡り、空間さえも彼に平伏すように異様な静けさが満ちていく。そこから連続で左右を交互に地面に叩きつける。極彩色の波動に加え、五本の指の方向それぞれに純シフルの柱が生成され、荒唐無稽な威力と速度で爆発していく。余りの猛攻にさしものハチドリでさえ分身を最大限酷使して凌ぐのが精一杯になっている。前半と変わらず六回叩きつけた後、間髪入れずに直下に無明の闇を吐き出し、光線に変えてから上へ薙ぎ払う。光線は恐ろしいほどの威力を以て突き進み、虚空を破壊していく。ハチドリはそこへ赤黒い太刀を抜いて紅雷を落とし、瞬間移動で接近してから紅雷の出力を限界まで引き上げてリーチを伸ばし、舞うような連撃を繰り出し、その全てをジーヴァに叩き込む。しかし、まるで刃は通っておらず、右前脚が地面に突き刺され、そこから猛烈な勢いで純シフルが噴出し、円形に徐々に拡大していく。ハチドリは飛び上がり、赤黒い太刀を振り抜いて紅雷を解放し、胸部へ叩き込む。そこへ瞬間移動で肉薄し、蒼い太刀の一撃で胸を割り開く。逆流するシフルがハチドリを吹き飛ばそうと凄まじい勢いで噴き出し、傷口は瞬く間に塞がっていく。ハチドリは自分ごと傷口に飛び込み、核に左腕を突き刺し、怨愛の炎を注ぎ込む。核の内側から炎が噴き出しながら、その火柱が絶氷に変わる。
「ほう……」
ジーヴァは体内を循環する純シフルと核からのエネルギーでハチドリを吹き飛ばし、射出する。核には紅雷と絶氷が残っており、ダメージを与え続ける。
「これが愛、か。なんと熱く、淫らで、誠実な熱量よ……」
「……」
「ニヒロの氷も、ユグドラシルの雷も、私の体を消し去るには程遠い。もちろん、ボーラスを倒すなど出来ようもない。だが、貴殿なら?貴殿の愛ならば、私の体を焼き穿つことも出来るのではないか」
核の出力が大幅に上昇し、絶氷と紅雷を打ち消す。
「命の循環……命とは、常に安定せぬもの。永遠に変わりゆく、安定と安寧への最大のアンチテーゼ。貴殿のその愛と戦乱をもたらす意志が、全てを断ち切り支配する……力の極へと辿り着くための切符となる」
ジーヴァは飛び上がり、直下に膨大な量の蒼炎を吐き出す。文字通りの火の海となった地表でハチドリは勢いに逆らって構える。1、2秒とじっくり蒼炎を吐き出した後、小さく旋回しつつ上昇して口から眩い雫を一滴吐き出す。まるで宝石のような美しい煌めきを放出しながら落下していき、地面にほどけた瞬間、想像を絶する圧倒的に過ぎる力が響き渡り、やがて終わる。ジーヴァは着地すると、ハチドリは全身を鋼で覆い、赤熱した状態で耐えていた。
「……」
「効かぬだろうな。いや、結構。その鎧を貫いて愛を消し去ることは出来ない。宙核への愛情の深さ……私は大いに貴殿へ希望を持てた。メギド・アークでもレギア・ソリスでも届かぬ、純然たる力の頂点……ディードを葬るのが、貴殿であると」
ジーヴァは核に姿ごと力を凝縮され、ハチドリへ吸収される。
「月の落涙……」
ハチドリは己に宿った力を感じると、妙な温かさを感じる。
「旦那様……?」
気配を感じて振り向いて、そこで景色は暗転した。
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