エンドレスロール:閃光のラン

 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

『……』

 ルナリスフィリアが突き立てられたまま放置されている。エメルはバロンの下へ遊びに行ったようで、先の事件のゆえか、持っていってもらえなかった。仄かに光が放たれ、周囲に閃光が満ちていく。


 エンドレスロール セレスティアル・アーク

 地下庭園で眠っていたゼナは、不意に頬に日光が射したことで目覚め、起き上がる。

「む……にゃ……?」

 目を擦り、背伸びして立ち上がる。

「こんなところで居眠りなど……ふわぁ~。主はどこに行ったのか……」

 ゼナが適当に体を動かしながら歩き出し、地下庭園を抜ける。黒楢の廊下を進むと、不自然に隔壁が降りているのが目につく。

「ふむ……道は屋上へ続いている、か……」

 仕方なく、彼女は道なりに進んで屋上へ出る。


 セレスティアル・アーク 屋上

 青と黒の境界が頭上を覆い尽くし、足元にはオオアマナが絢爛に咲き誇る。超高空であるというのに無風の異様な空間、それが方舟の屋上である。花の向こうにある教会の前に、豊満な体つきの少女が立っていた。

「来おったか、ゼフィルス・ナーデル」

 少女は自分の胸を窮屈そうに押し込んで腕を組んでおり、下げていた視線をゼナに向ける。

「んー……お主は確か、ラン、じゃったかのう?」

 ゼナが後頭部を掻きつつ尋ねる。

「いかにも。やつがれこそラン。空の器を守護するためにここにいる」

 ランと向かい合ったゼナは、その言葉に首を傾げる。

「何?それはどういうことじゃ」

「今言うた通り。それ以上でも以下でもない」

「ふむ、まあわしもお主も所詮は社の備品。問うても答えぬか。ならば……」

 両者は同時に己の得物たる槍を構える。

「お主の体に聞くまでのことじゃ」

「ふん。狐風情が大きく出たものだな!」

 ゼナが自分の足元から飛沫を起こし、瞬時に上空へ飛び出して両腕だけを竜化させて激流で加速し、突撃する。ランは高速で槍を振り回し、電撃を纏った穂先を上空へ向けて瞬間的に雷雲を呼び寄せ、電撃を放ってゼナを牽制する。ゼナは腕の竜化を解いてもう一度上昇し、穂先を下に向けて雷雲を突き抜けつつ急降下する。ランは即座に槍を引き戻して打ち返し、ゼナは宙返りしながら着地する。その瞬間を狙ってランは槍を背に戻して地を蹴って後方に小さく跳躍しつつ正拳を突き出し、怒涛の電撃で攻撃する。ゼナが槍の石突きを床に突き立てて水流の壁を産んで電撃を上下に散らせ、その壁を穂先に集中させて槍を投げる。ランが槍を持ち直してゼナの槍を弾くと、穂先に溜まっていた水が爆裂し、槍は持ち主の下に帰りつつランにダメージを与え、ランは背後から大量の魔法陣を産み出してそこから雷球を発射する。ゼナが穂先に激流を迸らせつつ振るい、産み出される流れによって雷球は空の向こうへ消えていく。両者が距離を詰め、同時に突き出した槍が穂先で触れ合い、擦れ合って柄の中腹で競り合う。

「単なる愛玩動物じゃと思っていたが、中々やりおるのう」

「狐に化かされる僕ではないわ!」

 互いに力んで離し、ランは大きく翻って大上段から振り下ろし、ゼナはそのまま切り返す。互いの属性を纏った穂先が削り合い、ゼナが押し勝ってランを大きく怯ませ、体重をかけて強烈な刺突を腹に極め、貫きはしないものの傷を刻む。ランは雷雲を呼び寄せて電撃を起こし、両者は離れ、着地する。

 武器を構え直し、ランは腹の傷を修復する。

「おのれ、僕の体に傷を……」

「傷つくのを厭うのなら、そもそも戦場には向いておらんぞ。わしも喜び勇んで傷つくなどせぬが、戦う上では仕方あるまい」

「お前の話など知らん」

「クカカカッ、それはまあそうじゃな。じゃがお主も、わしと同じ主に仕える以上、この作り物の体で良かったと思うじゃろう?わしらは、夜の供もせねばならん。その時に、戦いの古傷があっては興醒めじゃ、そうじゃろ?」

「猥談は嫌いだ。そういう話は、実際に愛するものと閨に入ってからするべきだ」

「どちらにせよ――」

 二人は頷き合う。

「ここは通らせてもらうのじゃぞ」

 ゼナは全身を竜化させ、体を素早く翻して翼から生える鞭のごとき刃を叩きつける。特大の水の刃が地面を走り、爆裂した飛沫が急降下して気を散らせる。だがランは落ち着いて刃を躱し、電撃を纏わせた穂先を大上段から全身を使って振り下ろす。ゼナは錐揉み回転しながら突っ込んできており、隙の大きなリスキーな行動ではあったが……放たれた強烈な電撃の刃が猛進し、突進してきたゼナと激突する。ゼナは回転を遅く、強めて身に纏う渦潮に刃を巻き込み、小型の竜巻にしてランに飛ばす。ランは槍を高速で振り回して竜巻を受け止め、槍を突き出す。ゼナは竜化を解いて両腕で槍を持って叩きつける。相殺した反動でゼナは翻って構え直し、もう一度ぶつけ合った槍が閃いた瞬間、ゼナは急降下してランの力の行く先を狂わせる。

「なっ――」

 ランが呆気に取られた瞬間、ゼナの槍が蒼光を放って装甲を展開する。

「散れッ!」

 装甲の隙間から激流が噴き出し、猛烈な速度の刺突がランを貫く。そのまま槍は手元を離れ、彼女を吹き飛ばす。

 ゼナは歩み寄り、自ら槍を引き抜こうとしていたランに、更に深く槍を突き立てる。

「うぐ……」

「どうせ主のことじゃ。防御形態付きのセーフティモードがあるじゃろ。それで死にはせんようにしているはずじゃ」

 槍を勢いよく引き抜くと、ランが崩れる。

「くそ……恩の一つも返せんのか……」

 ランが呪言のごとく呟いて、気絶する。

「ふむ……主ならば、わしは通してくれると思っていたが……何が起きているのじゃ、この世界は……?」

 ゼナが思考を巡らせていると、頭上に漂っていたルナリスフィリアは満足したのか、閃光を放つ。


 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

『……』

 ルナリスフィリアは同じように、ただただ淡い光を放つのみであった。

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