エンドレスロール:泡沫の死装束
エンドレスロール ちはやふる神代の泡河
「相棒、ここは……」
「始源世界の渓流、だな」
アーシャとレイヴンが二人で訪れたのは、巨大な泡が空中にいくつも漂う渓流だった。
「わぁ、綺麗ですね……相棒、デートするならこういうところが良いかもですね。静かでロマンチックで、すごくいいと思いま――」
歩調をずらして前に出ていたアーシャをレイヴンが抱き寄せ、浅瀬を転がる。
「わわっ、わー!やっぱり相棒は脳味噌下半身……」
言葉を遮るように、突然爆音が鳴り響く。アーシャがレイヴン越しに見ると、川のほとりが炎上している。レイヴンは素早く体を起こし、アーシャの手を掴んで立たせる。
「何が起きたんですかっ、相棒!」
「泡がすっ飛んできたのさ。ロマンチックな雰囲気にちょうどいいパーティーグッズだな」
「んなわけないじゃないですか!」
レイヴンが左手を伸ばし、アーシャは剣になってそこへ収まる。次々と泡がレイヴンに向かってきて、着弾と同時に爆発する。レイヴンは軽やかな動作で飛び回って一通り避け、最後の一つを両断する。そして少し離れた正面に特大の泡が着弾し、大爆発を起こす。そこへ舞い降りたのはしっとりとした毛並みを持つ優美な竜……天王龍ヤソマガツだった。
「アタシの領域でいちゃつくなんて、いい度胸じゃないのぉ」
彼は尾を水面に擦り付け、独特な質感の粘液を生成する。
「悪ぃな、俺はバロンの旦那と違って男には配慮しない主義でね。それに、嫁もいるもんでね」
左肩に乗せた剣の鍔を右拳で軽く突く。
「昔みたいにワンナイトラブ……ってわけにもいかない」
「クソどうでもいいわよぉ、そんなこと」
ヤソマガツは飛びのきながら泡を二つ飛ばし、それらがものすごい速度で迫ってくる。レイヴンは剣を振り、魔力の剣を二つ飛ばして器用に割る。同時に爆発し、爆炎が視界を遮る。ヤソマガツはその瞬間に、人間数人を繋げてもまだ余りある長大な体を凄まじい速度で滑らせながら、流れるように右から距離を詰めてくる。レイヴンは魔力の剣を展開し、進路を塞ぐように地面に突き立てていく。ヤソマガツは構わず猛進し、接触するたびに魔力の剣は砕けて爆発する。ヤソマガツは滑りながら天を仰ぎ、頭を振り下ろしつつ口から激流を放つ。レイヴンは魔力の壁で受け流しつつ錐揉み回転して前に出て剣から衝撃波を二発飛ばす。激流を即座に口許へ戻し、尻尾を巻きこみながらそれで前方を縦に薙ぎ払い、防御したレイヴンを空中へ打ち上げる。続けてせわしなくとぐろを巻いて泡を乱造し、それを片っ端から発射する。レイヴンは全て魔力の壁で凌ぎ切り、そして重ねて放たれた激流に対して溜め込んだ衝撃を解放し、激流を伝ってヤソマガツの顔面に激しい一撃を直撃させる。ヤソマガツは仰け反って大きく怯み、レイヴンは一瞬だけ融合竜化して地面を叩き、強烈な波動で追撃して竜化を解き、剣先で水面の粘液を掬ってヤソマガツへ放り、拳銃を抜いて撃ち抜き着火する。ヤソマガツは波動こそ受けたものの、更なる追撃からは身軽な動作で逃げ、滑って距離を取る。
「ハッ、逃げ足が随分速いこった」
レイヴンが拳銃をホルスターに戻しつつ、肩を揺らしながら振り向く。
「クソが……!」
ヤソマガツの毛並みがその激昂を表すように赤く染まり、見るからに危険そうな湯気が立ち昇る。
「(相棒、凄まじい怒気を感じます……!)」
「ああ、ありゃ完全にキレてるな」
「(気を付けてください。怒りに身を任せた猛攻は狙いも隙も甘くなりがちですが……その分、身を砕くほどの破壊力が乗せられていますから!)」
「あいよ。さっさと勝ってデートの続きと行こうぜ」
「(相棒……!はい、もちろんです!)」
ヤソマガツはその惚気を掻き消すような絶叫を轟かせ、失明している右目に焔が灯る。
「きさんごとき乳臭いクソガキが、わしの体傷つけていいと思っちょんのかボケが!」
ヤソマガツは罵倒の言葉と共に身を立てて構え、次の瞬間凄まじい縦回転をかけながら背面ボディプレスを放つ。レイヴンが軽く左に飛び退くと、砕け散った地面が川の水と粘液と混じって礫となり、空中で発火して爆発する。威力こそ爆竹のようなもので大して強くはないが、激しい閃光と煙で視界が潰れる。その向こうから空中を錐揉み回転しながらヤソマガツが突っ込んできて、レイヴンは魔力の壁で受け流す。突進の軌跡を示すように粘液が配置されて続々と燃え上り、ブレーキをかけて反転し、後ろ足で上体を支えて立ち上がり、右前脚を構えて滑りつつ接近し、発火した粘液を纏わせて振り下ろす。この間にかかった時間はごく僅かで、受け流したレイヴンを拘束したまま、一撃を与える。剣に阻まれて直撃とはならなかったが、レイヴンが少し地面に埋まるほどの圧力が与えられ、直線状の大爆発が起こる。
「確かに、いい一撃だな」
レイヴンは半笑いで細かく頷く。ヤソマガツは足を離し、サマーソルトで後退しつつ牽制し、大量の泡を吐き出して退路を閉じつつ、特大の水の塊を吐きかける。魔力の壁で威力は往なすが、大量の水がコートにかかる。
「(相棒っ、これはまずいですよ!)」
「オイルか。また買い直しか?」
炎上していた粘液からコートへ燃え移り、一瞬にしてレイヴンを火達磨にする。が、彼は融合竜化して火を無力化する。
「ったく、せっかく買ったコートがお釈迦になっちまったじゃねえか」
レイヴンが飄々とした態度を崩さずにそう言い放つと、ヤソマガツは再び絶叫する。そして出鱈目に泡を生み出してレイヴンに弾幕のごとく飛ばし、凄まじい空中制御で背面プレスをかまし、勢いのまま滑り、距離を取ってから錐揉み回転突進を見せ、ブレーキをかけながら渾身の激流を吐き出す。レイヴンは連続瞬間移動で猛攻を往なしきり、強烈な魔力でヤソマガツの周囲の空間を圧壊させて独特かつ強力な衝撃を与えて怯ませ、自身の周囲に魔法陣を展開する。魔力の剣を伴いながら剣舞を見せ、周囲に力が満ち満ちていく。そして両手で構え、祈るようにすると、蓄えられた力が弾け、大爆発する。ヤソマガツは吹き飛ばされ、斜面に叩きつけられる。が、なおも起き上がる。レイヴンも構え直し、互いに錐揉み回転しつつ突進を繰り出す。
その瞬間、両者の間に蒼い電光が現れ、吹き飛ばす。現れたのは叛王龍シュンゲキだった。彼はレイヴンの方を見る。
「はーいストップストップ。このバカの相手してくれてありがとーな。こいつ短気なうえにキレたら後先考えなくてよ。ボコボコにしてくれて助かったぜ」
シュンゲキは翼で器用にヤソマガツを持ち上げる。
「こいつはしばらくテウザーに説教してもらうとして、てめえらはしばらくここでゆっくりしていけよ。そんじゃあな!」
彼は片翼で飛び上がり、去っていった。レイヴンは竜化を解き、アーシャも元に戻る。
「ふう、疲れましたね相棒」
「そうだな、お嬢さんには急な運動はきつかったかもな」
「お嬢さんではありません、お嫁さんです。それはともかく、せっかくなので休憩がてらデートでもしましょう!」
アーシャは右手を差し出す。レイヴンは鼻で笑いながら手を取り、気障に返す。
「それではお姫様、共に参りましょう」
「ふふっ、苦しゅうないぞ♪」
それからアーシャはうっきうきで歩を進めるのだった。
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