☆☆☆エンドレスロールEX:次元の狭間、逸脱せしザナドゥ

 エンドレスロール 王龍結界 ゾア・エンブレイス・ガーデン

 巨大な木々が乱立し、異形の花々が足元を埋め尽くし、不快な菌類が木々を腐らせるようにびっしりと表面で躍る。

「……」

 一足踏み込み、足元から滾る炎がそれらを焼き尽くす。片耳のハチドリは変わらずの表情で、淡々と歩を進めていく。間もなく開けた場所に辿り着き、そこは木々の合間から夕焼けのような朧な光が差し込んでいる。

「全く、不躾な兎よな」

 玉座のように紡がれた蜘蛛の巣に、エンゲルバインが座っていた。

「覚悟……」

 ハチドリが脇差を抜くが、エンゲルバインは余裕の態度を崩さない。

「まあそう急くな」

「……」

「我も、そなたの夫が欲しかったのよ」

 上空から槍のように蜘蛛糸を注がせ、だがハチドリは身体から漏れる怨愛の炎だけでそれを焼く。

「恨んでいると言えば勝手なことだろうが、だが色恋沙汰ではよくあることだろう?」

 ハチドリが少し目を閉じ、間もなく開く。

「こんな腐った寝床に旦那様を横たえるわけにはいきません」

「住めば都、というものだ。我にとっては過ごしやすさ極まる場所だが、無論バロンには辛いものである可能性もあろう」

 エンゲルバインは右手を差し伸べ、そして全身から力を発する。それに合わせて風が起こり、不快な胞子を巻き上げ腐らせていく。

「だが、智慧の膿に爛れ、宿痾に臥せるより、我と共にある方がよほど良いだろう」

 間もなく彼女は竜へと転じ、ステンドグラスのように透き通る複数の翼を持った姿を現す。顕現した魔王龍バアルは、ゆるりと天を仰ぐ。

「それはそなたもわかっているだろう。エリアル……蒼の神子ならばともかくと、始まりの獣からは引き剥がさねばならないということくらいは」

「あなたは知らなくて良い」

 バアルは日光を浴びるようにして喉を鳴らした後、ハチドリを見下ろす。

「狂人共の逃避のために全てが焚べられて、そんなものに価値はない。そなた諸共、全ての夢見鳥を喰らい潰してやろう!」

 右腕を掲げ、力を込めて掌に凄まじい腐食の力を生成する。投げつけると、ハチドリは瞬間移動で躱し、木々が励起されて菌類が一気に巨大化し、阻む防壁になる。しかし当然のように炎を纏わせた脇差で両断し、バアルがその向こうで羽撃き、鱗粉のように腐敗を巻き上げる。翼を立て、光の槍を大量に撃ち出して弾幕を形成し、脇差を回転をかけて投げつけて光の槍を弾きながら、火薬を纏わせた赤黒い太刀を投げつけ、そのまま蒼い太刀を抜いて刀身に怨愛の炎を纏わせ、バアルは全身から闘気を放って赤黒い太刀を弾き返しながら右手で受け止める。

「そなたはどうして、そうしていられる?そなたの夫の心には、始まりの獣が居座っているのだぞ?」

「私は、旦那様の全てを受け止めました。それだけで……」

 右手の上部を切り飛ばし、左手に呼び戻した赤黒い太刀と共に、豪快な交差斬りを放つ。バアルの巨体が押し込まれ、咄嗟に繰り出された咆哮によって追撃を阻まれ、次いで地面から異常に刺々しい木の根が次々に這い出て貫かんと急成長する。続く菌類の成長で再び防壁を張り、その合間を縫うように根が茂っていく。ハチドリは赤黒い太刀を背に戻し、左腕を滾らせて爆裂する。

「この世の涯はただ一つ」

 強烈な大爆発で周囲の木々ごと根も菌類も吹き飛ばし、焼滅させ、だがそこに重ねられたバアルの咆哮によって焦土は一瞬にして緑で生い茂り、木々が乱れ立つ。更にその上からハチドリから滾る火の粉が降り注ぎ、二つがせめぎ合って低木が乱れ咲く。バアルが翼を畳んで直上に飛び上がり、ゆるりと翼を開きながら力を溜めて総身から闘気を放つ。そして一瞬で翼を畳み直しながらハチドリへ急降下し、避けられても構わず地面に激突し、衝撃で火の粉を払いながら木々と菌類を一気に成長させ、翼を花弁のように開き、瞬間に莫大な毒素を解放する。常人ならば噎せ返り、間もなく死ぬほどの雑多な種類の粉末が空間を漂い、バアルは地上で咆哮する。ハチドリが防御して後退しつつ、正面に捉えるように着地する。バアルが立っている場所には、彼女自身を見立てたと思しき、巨大な花の幻影が佇んでいた。視界が眩むほどの強力な毒が覆い尽くし、空気を腐らせ重くしていく。

「教えてやろう、小鳥よ。我は〈崇高なる天の主〉、魔王龍バアル。生きとし生けるを滅ぼす嵐と、死して地に溶けた淀みに再びの生を与える慈雨を司る王龍なり」

「凄まじいまでの腐敗の力……」

「戦いに尽きる、死の淵など……我が全て削り落としてやろう」

 周囲に吹く風が強まり、もはや暴風と言えるほどのものになる。木々と花々が巻き上げられ、バアルの頭上で一つの巨槍となって飛んでくる。ハチドリは右に瞬間移動しつつ左手を振り、細い熱線を乱射する。それは地面から突如として巻き起こった突風に阻まれ、バアルが左腕を地面に叩きつけてから削りながら薙ぎ払うと、扇状に茨が生み出され、まるでプロミネンスのような挙動で前進していく。ハチドリはふわりと浮き上がりながら左手に赤黒い太刀を持ち、それを雷霆に変えつつ茨が通り過ぎてから着地し、雷霆を地面に叩きつける。V字状に紅雷が降り注ぎ、バアルは飛び退いて躱しながら、再び翼を畳んでハチドリへ突進する。ハチドリは翻りながら余燼に竜化し、バアルへ右翼を盾にして真正面から激突する。バアルは衝突した瞬間に直上へ逃げ、余燼が通り過ぎてから急降下し、もう一輪の幻影の大華を咲かせる。極大の衝撃波に余燼が煽られ、間もなくバアルの翼から大量の幼虫が生まれ、即座に蛹に、そして機甲虫となって余燼へ特攻を仕掛ける。機甲虫たちはカブトムシ、クワガタムシの種類を問わず雑多で、翅も使わずにミサイルのように突っ込んでくる。最初の数体を翼で凌ぎ、次が来る前に竜化を解いて狙いを崩し、機甲虫の弾幕を擦り抜けて急降下していく。背を向けていたバアルが向き直り、右手を振り抜くと、過ぎ去っていった機甲虫たちが突風に煽られて天へ昇り、雨のように降り注いでくる。ハチドリは異形の大剣を繰り出し、空中で横一回転して薙ぎ払い、迸る蒼炎で注ぐ機甲虫たちを焼き払いながらバアルを正面に捉え、絡みついた剣を解いてルナリスフィリアの姿を表し、切っ先から極太の光線を撃ち出す。

「淵源の……蒼光か!」

 バアルは両脚でしっかりと踏ん張り、天へ吼え猛り、自身に暴風を纏って光線を弾きながら、三度直上へ飛び上がる。

「そなたのような小娘には理解できぬだろうが、産むための莫大な力は当然、滅ぼすための力にも、殺さずに腐らせつくす力にもなる」

 吹き荒れる嵐に任せ、胞子も毒素も何もかもが乱雑にかき混ぜられている。

「我は天の主。万物を睥睨し、慈愛で包み、秩序も混沌も中庸も、その全てを許容する」

 嵐の最中、中天から眩い光が放たれる。

「王龍式……!」

 ハチドリが警戒を示すと、彼女を狙わずに巨大な光の矢が次々と地面に突き刺さる。ハチドリが突き刺さったそれを見やると、決して光の矢などではなく、大華の幻影であった。その事を認識した瞬間に花が咲き、衝撃ごと毒素を撒き散らし、刺さっていく光の矢が花開き、間もなく地上は花で覆い尽くされる。

「天地を愛の種で埋め尽くし、白濁の津波で天使の鉄杭を熱し尽くし、堕落と暴力を以て、原始のコトワリを今此処に!」

 輝きを纏ったバアル自身が螺旋状の光の矢となって落下し、ハチドリは空中を泳ぐようにして躱す。

「王龍式!〈アィヤムル・アシェラトゲバル・アルビオン〉!」

 バアルが嵐の中心、最初に咲いた大輪へ突き刺さり、光は巨大な柱となって、無数の枝分かれを作りながら超巨大な花を咲かせる。ハチドリは咄嗟に竜化して全身を怨愛の炎で覆って防御し、咲いた瞬間に生じた超絶規模の衝撃波を防ぐ。咲き誇る、巨大な異形の花々からは光の粒子が舞い上がり降り注ぎ、絶大な威力を以て怨愛の炎の鎧を腐食していく。飛び上がったバアルが高度を合わせ、余燼と向かい合う。

「これも耐えるか」

「この程度の腐れで、私は穢せない」

「……。可笑しい。そなたが強者と言えど、何の因果も見えぬその身体にこれほどの力を……特異点でもあるまいに……」

 バアルは一瞬思案した後、余燼から滾る赫々たる炎を見て目を見開く。

「まさか……そなたはバロンの妻ではなく……バロンの全てを、その身に……?」

「……」

「智慧の膿も、盲目の火種も、何もかもをその身体に……!?」

 バアルは口を大きく開き、哄笑する。

「そうか、そうか……くふ、くはははは!それが!それがバロンの望みであったか!細やかなものよ……永遠に戦い続けることに全てを懸けた、らしいと言えばらしい末路よな」

 首をもたげ、猟奇的な視線を向ける。

「気が変わった。ならばそなたを縊り殺し、我が傍に置けば、バロンとともにあると変わらぬということだな」

 余燼が即座に熱線を発射すると、バアルは右腕を振り、腐敗の毒素で形成された巨大な斬撃を飛ばして相殺し、爆散した毒素が周囲を汚染していく。動作の隙を潰すようにバアルは翼を立てて大量の光弾を撒き散らし、余燼は紅い蝶の塊を乱射して迎え撃つ。即座に身を翻して構え、自身を紅い蝶の塊を爆発させた衝撃で瞬間移動させて肉薄し、右翼での刺突、切り払いを当て、左翼を盾のようにしながら体当りし、尾での刺突を叩き込み、交差した両翼で一閃し、凝縮した闘気を一瞬で爆散させて追撃する。突然に激甚なダメージを受け、バアルは爆煙を発しながら高度をやや下げる。立て直す時間すらなく、両翼を前に構えた余燼がミサイルのように突っ込んでくる。

「くくっ、そうでなくては……我を討つのは、我が愛した者にのみ許された特権よ……!」

 バアルは翼を畳み、余燼の攻撃を受ける瞬間に花を咲かせる。至近距離で衝撃と毒素が解放されるが、余燼は構わずにバアルごと貫通する。

「嗚呼、安心したぞ……」

 バアルは地面に激突し、余燼は竜化を解きながらその眼前に着地する。

「そなたの、その炎……バロンが夢を見た、無垢なる愛……そうだ、それこそが……生命の腐れを焼く、智慧の膿を焦がし尽くす、新たな世を見出す、火種……」

「……」

 ハチドリは蒼い太刀を抜き、刀身に怨愛の炎を宿す。

「おお……おぉ……」

 バアルは反射のように、右手を伸ばす。ハチドリの背丈よりも大きな、それを。

「それだ、それだ、それだ……爛熟した生命を、腐りきって膿と汁に満ちた世界を、平和を……焼き尽くす、修羅の、炎……龍の涙を束ねて、灰にする……」

 ハチドリは歩み寄り、両手で太刀を構えてバアルの目に突き刺し捩じ込む。

「我も、世に張り付いた腐れに過ぎなかったか……」

 バアルから力が抜けていき、残った肉体に菌類や花、木が一瞬で生い茂っていく、間もなく怨愛の炎が燃え移り、それごと死体を焼き尽くしていく。

「……」

 ハチドリが太刀を背に戻すと、咲き誇っていた異形の大華たちは萎びて、消滅する。

「あなたと私は結ばれない、それだけのことです」

 背を向けて、去っていった。

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