エンドレスロール:脳髄の地獄より来たる者

 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 バロンが長い階段を登ると、いつものようにエメルと、ルナリスフィリアが彼を迎える。

「……何か、面白い記憶でも産まれたのか」

 バロンが尋ねると、エメルが頷く。

「中々の面白さだとは思いますよ。小鳥であろうと、群れれば多少は強いでしょうし。でも……いったいどういう末路を辿れば、こんな未来があるのでしょうね」

 エメルは突き刺さっているルナリスフィリアを引き抜く。

「準備はよろしいですか?」

「……もちろん」

「では」

 掲げ、閃光が辺りを包み込む。


 エンドレスロール ニルヴァーナ

 昼と夜が半々に空を覆う、水晶の足場にバロンたちはいた。視線の先には、倒れた明人と、それを抱くラン、悲しさを噛み殺すように堪えるアオジと、号泣するミズナギがいた。

「……」

 バロンが歩を進める。

「なぜじゃ、宙核よ。やつがれたちはただ、明人と共に安らぎを迎えたかっただけだ」

 明人が消え、シフルの粒子が三人に注ぐ。ランが立ち上がり、バロンの方へ向く。

「……ぼくは僕のやるべきことをしたまでだ。そこに恣意性はあっても、恨みはない」

 アオジがすぐに続く。

「だろうね。あなたならそう言うと思ってた。けど……私たちのささやかな幸せすら、奪う必要があるの!?」

 ミズナギも間髪入れずに口を開く。

ぼくのお腹を一杯にしてくれる唯一の人間だったのに!ぜぇえぇぇぇぇったいに許さないぞ!」

 三人は一斉に己の得物を手元に産み出し、ランが槍をバロンへ向ける。

「宙核……いや、バロン!我ら脳髄の地獄より来たる者……」

 そしてランが槍を構えると同時に、左右の二人も構える。

「「「全霊を懸けてお前を討つ!」」」

 その掛け声と共にアオジが飛び出し、パイルバンカーの一振が放たれる。バロンが光速で躱すが、その移動先を潰すようにランが雷雲を呼び出して落雷を起こす。更に躱してランへ向かおうとしたところにミズナギの分身の大群が現れ、物量で強引に押し止める。落雷はバロンに直撃するもまるでダメージにならず、分身は一撃で破壊される。頭上から落下してきたパイルバンカーを拳で打ち返し、続けてランへ距離を詰める。ランは脚部に雷を纏い、飛び立つ。バロンの頭上を通り過ぎ、逆回転をかけてその背後を狙う。バロンは当然のように向き直って槍を受け止めつつ反撃の拳でランを吹き飛ばし、それをミズナギの分身が受け止め、ランは防御を分身に任せて怒涛の雷球を発射する。バロンには一発も当たらないが、アオジがワイヤーを伸ばしてパイルバンカーを投げる。もちろんそれもバロンは躱すが、急激に引き戻してワイヤーをバロンの胴体に巻き付け地面に叩き落とす。バロンはすぐ立ち上がり、ワイヤーを掴んで引き合う。

「……まさか、ぼくと純粋に力比べでもする気か……!」

 ワイヤーはこれ以上無いほど張り、アオジが徐々に押し負ける。

「力には……ッ、自信があったつもり……なんだけどね……!」

 だがそこへ電撃を纏わせた棒を構えた、ミズナギの分身たちがバロン目掛けて飛びかかる。バロンは全身から闘気を発するが、なんと分身たちはそれで消えずに、闘気は攻撃を防ぐに留まる。更に遠距離からランが槍を振るって雷の刃をいくつも飛ばし、分身たちが退いたところに怒涛の雷球と共に特大の雷撃がバロンへ向かう。瞬間バロンは膂力を極限まで振り絞ってアオジを一気に引き寄せようとするが、拘束は十分と判断したアオジが自らワイヤーを切断して離れ、バロンは強引に体を動かして雷撃から逃げる。その進行先を潰すように足元の薄水からミズナギの分身が次々と天に向かって飛び出してくる。

「行くぞッ!アオジ!ミズナギ!」

 ランの号令に応え、三人が更に力を解放する。彼女たちからは白黒の粒子が立ち上ぼり始める。

「……(まさか、空の器と共鳴しているのか……!?僕のよく知る、ゼナのように……!)」

 アオジのパイルバンカーの杭が格納され、そこから極大の熱線が放たれる。地表を覆い尽くすほどの紅蓮から空中に逃れると、それを狩るようにランが槍を放り、凄絶な電撃を天地に降らす。それすら紙一重で躱したバロンへ、紅蓮と電撃の狭間の中空を潰すようにミズナギの分身が玉砕覚悟で突撃してくる。バロンは遂に竜骨化し、それに伴う竜骨闘気の波動で分身を蹴散らす。先に着地したランが無数の雷球を放ち、それが直線上に光線を吐き出し、バロンはもはや回避せずに突っ込む。割り込むようにミズナギの本体が現れて棒を薄水に突き立て、怒涛の分身が足元から現れる。竜骨化したバロンの剛体にさえ強烈なストッピングを起こさせ、硬直したところに光線と雷撃が叩き込まれ、そこへアオジのパイルバンカーが密着し、その状態で杭が叩き込まれてバロンが吹き飛ばされる。

「手を緩めるな!」

 ランが叫び、追撃に再び槍を放り、凄絶な電撃を撒き散らす。バロンは敢えて受け身を取らずに距離を稼ごうとするが、それによって生まれた隙にミズナギの分身が背後に回り込み、それの対処をさせることで強引に電撃の射程範囲に留まらせる。追い付いたアオジが爆炎を纏ったパイルバンカーを振るい、ミズナギの分身たちによる決死の猛攻で回避できないバロンはそれを真正面から受け止める。強烈な衝撃が響き渡り、バロンの体が再び硬直する。現れたミズナギの本体がバロンの纏う竜骨闘気の上に強引に飛び付き、棒を高く掲げる。その瞬間にランが大量の雷雲を召喚し、落ちる全ての雷がその棒に落ちる。ミズナギ諸共凄まじい電流がバロンに走り、ミズナギはバロンに引き剥がされて投げ捨てられ、再びの強烈な一撃を加えようとしたアオジを渾身の裏拳で吹き飛ばす。だが二人はすぐに立て直し、ランが三度槍を放って天地に雷撃を迸らせる。ミズナギの分身が再び水面から飛び出し、ランの雷撃を受けてバロンをホーミングして突撃する。更にワイヤーを伸ばしてパイルバンカーが頭上から現れ、落下してくる。バロンはとにかく動いて躱し、ミズナギの本体を狙って光速で動く。ミズナギは棒を薄水に向け、急激に伸ばしてバロンの攻撃を躱し、そこに同じく光速で接近してきたランが素早い刺突を連続して放つ。バロンは真正面から打ち合わずに後退し、アオジがパイルバンカーを構えて頭上から急降下してくる。弾き、ランを狙うが、割り込んできたミズナギに阻まれる。素早い上段蹴りを左前腕で防ぎ、鋭く右拳を放つが上体を反らされることで外れ、そのまま股で頭に組み付かれて宙返りで放られる。すぐに受け身を取るが、杭を格納した大砲から、アオジは火球を連射して狙う。凄まじい爆炎と煙が辺りを包み、槍がバロンの眼前に突き刺さり、それを中心とした空間に極大の光線が沸き上がり、バロンを焼く。

「ここまでしてもまだ死なないなんて……!」

「怯むなアオジ!奴が消し飛ぶまで何度でも全力で攻撃を叩き込むんだ!」

 ランが槍を振るって電撃の壁を産み出し、前進させる。アオジが回り込んだ反対側からパイルバンカーを薄水に突き刺して爆炎の壁を産み出し、前進させる。その隙間の左右から、ミズナギの分身が棒を薄水に突き刺し、上下より大量の分身が飛び込む。バロンは瞬間的に事態を把握し、怒涛の分身の中から本体を見つけて頭を掴み、そのまま振るって爆炎の壁を壊す。抵抗するミズナギに渾身の一撃を加えて消滅させ、そのままアオジに急接近して猛然と拳を放つ。アオジは咄嗟にパイルバンカーで防御するが、バロンはアッパーで防御を砕いて肘でぶち、渾身のストレートで貫いて消し飛ばす。バロンがようやく一息つくと、ランが降下してくる。

「……ここまで手こずるのは、正直に言って想定外だった。だが残るは君だけだ」

 珍しくバロンは息が上がっており、かなり消耗しているように見える。

「いいやまだだ。我らの全力はまだこの程度ではない!」

 ランが槍を掲げると、白黒の粒子たちが集い、彼女の背後に巨大なユニットが現れる。

「お前の因果をこの世から消し飛ばすまで、負けるわけにはいかないのだッ!」

 ユニットから光線がいくつも放たれ、それらがバロンを追尾して向かう。凝縮された真如の光たるその光線は、掠っただけでも表皮を削り、それでもバロンは前進してランを射程範囲に収める。ランは急速に後退し、ユニットを前方に展開して槍を放り、圧倒的な威力の極大光線を放つ。バロンは全身から竜骨闘気を立ち上らせ、それを凝縮して放ち、迎え撃つ。呆れ返るほどの輝きが両者の視界を包み、超爆発を巻き起こす。瞬間を逃さず、バロンは最接近して正拳で貫き、全ての力を込めてアッパーカットを極め、ランが吹き飛ぶ。水晶の床に彼女は叩きつけられ、ようやく動く活力を失う。

「……はーっ、はーっ……」

 バロンは片膝をつき、竜骨化を解く。

やつがれたちが……ここまでの力で挑んでも……勝てぬ、か……済まぬな、明人……」

 遺言を遺して、ランは二人の後を追うように消えた。

 やがて閃光が訪れ、全ての景色が白く染まる。


 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

「……ぐっ」

 目を覚ましたバロンは崩れ折れる。

「まさか、あそこまで善戦するとは予想外でしたね……」

 エメルがルナリスフィリアを手近な地面に突き立て、呟く。

「……あそこまで決意に漲った、捨て身の力は久しぶりだった。恐ろしい臨場感だ……」

 バロンが立ち上がる。

「ええ。強力な行動原理に、不退転の覚悟、そして誰かを思う心、そこに空の器が交われば、始まりが如何に弱小でもあそこまでの莫大な力を発揮するということですね」

「……そういうのは、お前も該当してるとは思うが……今回、改めて身に沁みたな」

「今回の強者の記憶はこれだけです。尤も……その様子では、流石のあなたでももう一戦は厳しそうですね」

「……ああ……」

 エメルが岩に座り、バロンに両腕を向ける。

「……なんだ」

「疲れたでしょうから、ぎゅーってしてあげますよ。最近は、戦わないときは胸の柔らかさも戻しているんです」

「……それは別にどうでもいいが……まあ、頼む……」

 バロンがエメルに身を預ける。

「よしよし。今日はよく頑張りましたね……♪」

 エメルは愛おしそうにバロンを抱いて、妙な無音がしばらく空間を支配していた。

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