究王龍ファーストピース Phase3:「蝶は歌い、月より零れる涙」
エンドレスロール 始源
「うぉっ!?」
続いて虚空に放り出されたのは明人だった。既にアリアと燐花がその場に居り、姿を見留めると即座にアリアが抱きしめてくる。
「明人くん!」
「もごぁ!?」
明人が悶えると、アリアは優しく離し、燐花が歩み寄ってくる。
「その……」
「よっ、燐花!」
燐花はバツが悪そうに声をかけるが、明人は気さくに返す。
「アリアちゃん、これどういう状況?」
中腰の状態で頭を抱えられたまま、明人が尋ねる。
「わからないのです。急に燐花ちゃんと一緒にここに放り出されて……ともかく、また生きて会えてよかったのですよ!」
「そうですね、その……最後は最悪な別れ方でしたけど」
微妙な空気になったそこへ、極彩色の波動が響き渡る。
「きゃっ!?」
アリアが非常に少女らしく驚いてすぐ、明人が傍を離れて立ち上がる。
「これは……零さんの!」
【そう、その通り】
続いて虚空を切り裂いて、竜人形態のソムニウムが、左手の甲に灰色の蝶を乗せて現れる。
「白金さん……!」
燐花とアリアは即座に警戒態勢に入り、燐花は旗槍を右手に呼び出す。
「よくものこのこ私達の前に出てきましたね……!」
【どうどう、落ち着いて。私は久しぶりに、杉原くんで遊んでみたいだけだから】
「遊ぶ……?」
一行が意図を理解できないでいると、ソムニウムが続ける。
【ここはルナリスフィリアの生み出す記憶の中、その最果て。私が手に入れられる極限の強さを再現した結末。この力を試す前座として、あなたたちを呼んでみた】
「それって……」
アリアが明人の方を見て、彼も向き合ってくる。
「空の器の力が無いかもしれんわ、俺」
「ええ!?」
驚きはしたものの、すぐに策を思いついて、アリアは背から触手を生み出す。更にその先端から細い触手を展開して、明人の耳元から頭に捩じ込む。
「むほおおお!?」
「オーバーホール、なのです!」
【まあともかく、適当に私と戦えばそれでいい】
ソムニウムは三人と同じ高さに着地し、灰色の蝶は手を離れてラドゥエリアルとなる。
「そうだ。お前たちに華のある最後の役目をくれてやった、ただそれだけのことだ」
ラドゥエリアルが右手にロッドを呼び出し、ソムニウムは真水鏡とルナリスフィリアをそれぞれの手に生み出す。
【せめて君の妄執が、少しでも晴れるようにしてあげる】
「よっしゃ来い!」
明人は乗り気に、アリアから受け取った力で竜化する。変わらず無謬の姿だが、最終決戦時と違って、元々のものに戻っているようだ。
「今日こそぶち殺してやる、零さん!」
【ふふ……ラドゥエリアル、二人の相手を任せてもいい?】
何を言うでもなく頷き、ソムニウムと無謬がゆっくりと歩み寄る。残ったアリアと燐花は、ラドゥエリアルと向かい合う。
「真にあるに足る世界なのか……既にわかりきっていることではあるが、消滅の前に遊ぶこともまた肝要だ」
ラドゥエリアルが翼を広げ、応じるように燐花が怨愛の炎を鎧から吹き出し、アリアが背から巨大な触手を二本呼び出す。
「今度こそ絶対に逃さないのですよ、明人くんを!」
「その通りです、アリアちゃん!」
ラドゥエリアルが握った左手を振り抜き、五頭の蝶たちが前へ進む。燐花が炎で長いマントを背に呼び起こし、それを左拳で巻き込んで地面に叩きつけて炎の壁を生み出し、蝶を打ち消す。翻りながら旗槍を振り抜いて熱波を飛ばし、ラドゥエリアルはその場で翻って蝶となり、回避する。再び現れた瞬間、ロッドに大量の蝶が集り、光の槍となって地面に叩きつけられる。粘ついた火炎が円形に広がり、それを燐花が押し留めつつ、アリアが飛び上がって触手をドリルのように高速回転させて突っ込む。ラドゥエリアルは右手を突き出して音波を生じさせ、それで押し止める。そしてロッドを左手に戻し、アリアの攻撃を止めながら振りかぶる。だが急速に接近してきた燐花による旗槍の投擲でロッドを弾かれ、仕方なく左手の音波も合わせて放ってアリアを弾き返す。右手にロッドを戻し、燐花に対応しようとするが、彼女はそれより速く最接近し、旗槍ではなく単純に強烈な右ストレートを顔面に極める。打面が爆発し、ラドゥエリアルは激しく吹き飛ぶ。追撃としてアリアが右の触手を槍のようにしながら猛烈な勢いで伸ばすが、大量の蒼の蝶に阻まれ、更に彼らが放つ音波によって槍の剛性が失われ、触手はアリアの許へ急速に撤退する。
「現の終わりが近くもあれば、互いの力がこれほどに高いのも納得だな」
なおも猛追する燐花の旗槍をロッドで往なし、再びロッドを光の槍へと変えて応戦する。右へ往なして切り返すと、燐花は素早くマントを振り抜いて一歩退き、切り返しの終わりを狙いすまして刺突し、それでも的確に反応して穂先を槍で下に向けさせ、左手から音波を発して燐花を吹き飛ばす。だが背後で力をひたすらに溜めていたアリアが、触手の合間に生じた力場を燐花へ投げつける。彼女を中心として時間が発生し、強引な受け身から加速して突進する。
「ッ!」
ラドゥエリアルが反応するより速く、燐花はタックルを極め、浮いた彼の身体を左手で掴み、躊躇なく旗槍で首筋を貫く。傷こそ入ったようだが、ラドゥエリアルは即座に蝶へと変わって逃げる。
「十分だ。理由のない戦いに命を賭けられるほど、私は死合いが好きではないのでな」
そして間もなく、灰色の蝶へと変わって逃げ去る。アリアは燐花へと歩み寄り、二人は明人とソムニウムの方を見る。
「手出し無用、でしょうか……」
「助けたくはあるのですけど、ここで明人くんがあの人に勝てば……それで執着を捨ててくれるかも知れないのです」
無謬が地面を叩き、衝撃波が素早く地面を走る。当然のように真水鏡を軽く振るだけで無効化され、駆け寄ってからの渾身の右拳も同じように弾き返され、生じた致命的な隙にルナリスフィリアの一閃を叩き込まれ、光波の爆発で大きく吹き飛ぶ。しかし、怯みの途中でも力を蓄え、強烈な吹き飛ばしでさえも両足で堪え、赫々たる大火球を手元に生み出す。そして衝撃波を今度は地面を蹴る推進力に変え、大火球を押し付ける。ソムニウムは一瞬、何を繰り出すか思案してから真水鏡で受け止める。
「どぉうらあああああああッ!」
【私への憎しみはどうしたの】
「そんなもんあるに決まっとろうが!」
大火球を握り潰し、大爆発を起こす。至近距離で直撃を受けた真水鏡は損壊し、ソムニウムが衝撃で若干怯む。その瞬間に無謬は両手を合わせ、衝撃波に乗せて爆炎を解放する。その追撃をも直に受け、虚空を滑りながら押し込まれる。
【結局はちっぽけな羨みを、空の器で強引に増幅してただけなんだ】
「うるせえ!」
無謬は明人の姿に戻り、籠手と具足を装備して突進する。
【ティアスティラ!】
ソムニウムも同じように、ルナリスフィリアを消して籠手と具足を装備する。明人の右拳とソムニウムの左拳が激突し、同時に弾かれて仰け反り、両手を互いに掴んで押し合う。
【他のみんなはやるべきを成し、自分の人生の意味を果たした。君はそうして、いつまでエンディングを迎えないつもり?】
「あんたに勝ったらハッピーエンドなんだよ!だからさっさと……」
明人がソムニウムの籠手を握り潰し、右手を離して拳を作り、振りかぶる。
「くたばれぇッ!」
だがその大仰な動作故か右手で左手を捕まれ、その場に投げ倒される。しかし明人も即座に反応し、足で彼女の頭を抱えて放り投げつつ起き上がる。更に黄金の双剣を呼び起こし、距離を詰めにかかる。
【あはは。人の全力を見るのって楽しいよね】
ソムニウムは身軽に受け身を取る。
【エクスハート!】
打刀を右手に呼び出し、左手には赤黒い直剣を呼び出す。そして肉薄した瞬間に交わった直剣と片方の双剣が弾かれて手放され、打刀ともう片方の双剣で競り合う。
【世の中には納得できないことなんていくらでもある】
「そんなんわかっとうっちゃ!そげでも納得できんことが……」
打刀をへし折り、左手に再び黄金の剣を呼び戻して斬りつけ、後退させる。
「あるっちゃろうが!」
【うんうん、はいはい】
明人は右手に燐花の旗槍を呼び出す。
【スプリンクル!】
ソムニウムの手にも金属製の杖が握られ、二人が同時に投げつける。
【でもさ、君には愛してくれる人が居る。そもそも君は弱くないし、そうやって被害者面して私を目の敵にしてさ、自分を認められてないだけだよね】
旗槍と杖が拮抗していたが、徐々に杖が押し切ろうとしている。
「明人くん!一人でなんとかしようなんて思っちゃダメなのですよ!ちゃんと私たちがいつでも傍にいることを思い出すのです!」
「そうです!私たちの愛が、あなたの力になれるって信じてますから!頼ってください!」
外野の二人が声援をかけ、明人は旗槍から更に炎を吹き出させて押し切り、旗槍がソムニウムを貫き通す。
【よしよし、それで合ってるよ、杉原くん】
ソムニウムは壊れた真水鏡から、剣の柄を取り出す。
【ルナリスフィリア!】
そして抜刀すると、同時に明人は竜を模した黒い鎧に身を包み、無骨な大剣を右手に握る。刀身には、眩く紅い怨愛の炎が宿っていた。
【そう、所詮は意地の問題に過ぎない。どんなものでもね。生き続けるのだってそう。何か譲れないからこそ、ここで呼吸をする、そうでしょ?】
「もうどうでもいい!なんかもうわからん!あんたをぶっ倒すだけだ!」
説明も思考も放棄した回答から突進し、刺突から抉るように下段に切り込む。ルナリスフィリアで軽く弾き返され、しかし即座に力を溜めて縦振りを叩き込み、漲る爆炎で視界を塞ぐ。左手を地面に当て、主体時間を加速させながら火柱を起こし、ソムニウムを飲む。重ねて起き上がりながら大剣の一撃を与えて後退させ、無謬へと転じる。そしてソムニウムもまた、寂滅へと転じて迎え撃つ。同時に放った右拳が激突し、凄絶な威力を以て競り合う。無謬の炎を纏った拳が押し切り、そして力を溜めて用意していた左拳が寂滅の顎を強打し、その巨体を吹き飛ばす。空中でソムニウムへ戻り、着地する。無謬も同様に明人に戻り、片膝をついて崩れる。
【ふふ。まあ、君にしては悪くないね。じゃ、後はそこでイチャイチャしてて】
彼女はそう告げると、現れたのと同じように虚空へ消え去った。
「やったー!なのですー!」
アリアが笑顔で駆け寄り、明人をこれでもかと抱きしめる。
「よし、後は白金さんの言う通りゆっくりしましょう。戦いはもう十分です」
燐花が呟き、二人は頷く。
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