☆☆☆エンドレスロールEX:殺生石は斯く語りき

 エンドレスロール ゼフィルス・アークェンシー

 苔生した神殿最奥の広間で、大人の姿のゼナが背を向けて佇んでいた。

「クカ、カカカカカッ。お主、そんな闘気を常に振りまいて、兎とは発情期が長いのう?」

 入口から片耳のハチドリが現れるのとともに、ゼナがそちらに向く。

「始祖様……」

 ハチドリが朧気ながら言葉を発すると、ゼナは口角を上げて、自信に満ちた表情を見せる。

「自分のルーツに興味が湧いたか?生憎じゃが、わしはお主の家系図は知らぬでのう。楽園へと至ったあとに、ボーマンにでも聞くと良いぞ」

 言葉には答えず、ハチドリは脇差を抜く。

「ンフフフフ、初いのう、お主。欲望のままに貪られたことも無さそうじゃ、まるで赤子のような……」

 ゼナは右手を伸ばし、そこに槍を生み出し握る。その槍は、淵源の蒼光で象られており、間もなくゼナの周囲に蒼い夢見鳥が漂い始める。

「さあ存分に踊り狂おうぞ、ハチドリよ!」

「……!」

 構えると同時に、左手に爆炎を滾らせながら飛び込んでくる。ハチドリが後退して躱し、爆炎をそのまま床に押し付けて爆発させ、続けざまに自身の背から竜形態の両翼を生やして床に叩きつけ、強烈な噴水を起こす。ハチドリが分身を盾に進み、踏み込みつつ二連斬りを繰り出すと、ゼナは穂先に炎を纏わせて薙ぎ払いながら後方空中に浮き上がり、後隙目掛けて空中を蹴って接近しつつ、怒涛の連続刺突を繰り出して、薙ぎ払いを防御したハチドリの硬直を伸ばし、溜めて槍を突き立て、急降下して爆発させ、床から炎で象った槍を無数に突き出すことで防御を粉砕し、大きくよろけさせる。ゼナは着地と同時に素早く構え直し、槍を突き出し回転しながら突進してハチドリを押し込みながら、槍を手放して両腕を竜化させ、交差させながら一閃して、迸る飛沫で押し込む。

「……っ」

「動きが鈍いようじゃが、どうかしたかのう?」

 ゼナが悠長に腕を元に戻しながら、槍を右手に呼び戻す。

「始祖様、あなたは……」

「見てわかるじゃろ?わしは主の幸せのため……ソムニウムに、全てを託した。それは即ち……」

「私と、同じ……」

「うむ、その通りじゃ。お主ほど無垢ではないがのう……」

 憂いを帯びた、エメラルドの大きな瞳の奥に、濁った金色が泳いでいる。

「……」

 ハチドリは黙して構え直し、脇差を異形の刀へ変える。

「現実のわしは、きっと幸せなのじゃろう。こうしてお主と刃を交える、その事実自体がルナリスフィリアが、ソムニウムが健在であることの証左なのじゃからな」

 ゼナが飛び上がり、炎を纏わせた槍を投げつける。ハチドリは軽く躱すと、槍は着弾した地点で夢見鳥を撒き散らし、連続で爆発する。意に介さず、空中のゼナを直接空間ごと斬り裂き、躱されたところで空間に広く斬閃を設置する。ゼナは両腕を竜化させ、その場で回転して副尾刃を振り抜いて水刃を生み出し、斬閃を切断しながら縦回転してハチドリへ突っ込む。瞬間移動で躱し、着地と同時に巨大な水刃が直進する。左を取った大振りな一撃をゼナは左腕で防ぎ、右腕を元に戻して槍を生み出し、その場で前転して副尾刃と槍を同時にハチドリに振り下ろす。しかし完璧なタイミングで弾かれ、反撃に居合抜きを繰り出され、空間に大量の斬撃が踊り狂って斬り刻む。そのまま空間を突き破るような強烈な刺突を与え、ゼナを後方に激しく吹き飛ばす。背中で削りながら翻り、元に戻した左手を床に打ち込んで堪える。体勢を立て直すより早く、ハチドリは蒼い太刀に持ち替えて怨愛の炎で刀身を伸ばし、渾身の力で薙ぎ払う。ゼナは寸前で槍を構えて防ぎ、されど弾き飛ばされ、続く渾身の縦振りを、自身を夢見鳥に変えて躱し、即座に元に戻る。

「お主は……いや、聞くだけ無意味か。その滾る、赫の炎だけで十分じゃ」

「……」

 ゼナは左手で、自身の豊かな乳房に触れる。

「こんなものがあっても、主がいないのでは意味がない」

 暗闇で手探るように、左手で耳に触れる。

「主に媚びるために付けられた、こんな獣の真似事も……全て。弄って、愛撫して、精液の臭いを擦り付けてくれる、主が居なければ意味がないのじゃ」

 脱力し、ゼナは諦めたような視線を向ける。

「のう、それはお主も同じじゃろ?本当はお主とて、戦いにて恩義に報いるだけでは物足りないじゃろう?」

「あなたは勘違いしています。私は……旦那様の全てを受け止めた。私たちが同じように己の全てを、愛する人のために擲ったとて……私は、私自身に満足して、納得しています」

「やはりお主は無垢よな。わしはどうしても、愛して、愛されなければ満足できない」

 再び穂先に炎が宿り、両翼を生やして飛び上がる。激流を帯びて錐揉み回転しながら突進すると、ハチドリは分身を盾にしつつ通り過ぎていくゼナに向きを合わせ、ゼナは直ぐ様反転して連続刺突を繰り出し、今度はハチドリが蒼い太刀で的確に弾き返しつつ最終段で強く弾き返し、ゼナは弾かれた衝撃を使って槍で薙ぎ、ハチドリに再びの弾きを強要してから降下し、爆発とともに槍の幻影を生じさせる。ハチドリが衝撃を往なしながらも押し込まれると、間もなく床が大きくひび割れ、激闘に耐えられずに崩落する。


 エンドレスロール OKBハル

 二人は落下し、油断無く着地する。地下に広がる研究施設内部は、紅い靄に包まれ、色とりどりの夢見鳥たちが漂っている。

「のう、獣耳人類が何のために存在しているか、わかっておるか?」

「いつか来る、楽園の日々で……大いなる父の、慰み物になるため」

 ゼナが両翼から水を噴出させ、高速で接近して槍で薙ぐ。ハチドリが蒼い太刀で流し、そのままそちらへ向き、自身も飛んで追撃を行う。空中で得物がぶつかり合い、勢いのまま壁を突き破って格納庫へ突入する。衝撃で両者は離れ、コンパクトな回転で衝撃を逃がしながら、二人は再び向かい合う。

「あの世界で過ごしていた頃は、疑問にも思いませんでした。いつかは私も、楽園に召され、大いなる父……空の器と、愛し合うのだと」

「当然じゃろ。獣耳人類に、そんな聡さは必要ない。触れられるだけで発情し、安易な言葉で惚れ尽くし、都合よく腰を振り、嬲られ続ける。それが獣耳人類の存在意義であり、楽園を支える贄でしかないのが真実じゃ」

 ゼナは竜骨化し、黒い鎧に紅い棘が配されたような姿となり、槍に真炎が灯る。

「私は、旦那様だけのものです。空の器に愛でられるつもりは、微塵もない」

「そうじゃろうな。まあ、それも良いことじゃ。お主のことも、母親もろとも……楽園で同じ人間をアリアに産んでもらえば良いだけのことじゃからな」

 ハチドリは右半身を鋼で覆いながら、左手で赤黒い太刀を抜き、独楽のように回転しながらゼナに突進し、着地とともに蒼い太刀を叩きつけ、二つの力が混じった竜巻を起こす。ゼナは軽い動作で大きく飛び退き、一気に右腕に力を込め、身体を崩壊させながら槍を投げる。槍は投擲された瞬間に分裂して弾幕を作り、散弾のように撒き散らされる。分身による高速移動で躱そうとすると、その移動に合わせて弾幕は尋常でないほどの軌道でホーミングし、驟雨のごとく降り注ぐ。分身による防御を貫通する槍に対して、ハチドリは分身を大量にばら撒き、それらに攻撃を行わせることで相殺しつつゼナに接近し、異形の刀一本に持ち替えて加速しながら斬り擦り抜ける。ゼナは一撃受けつつも槍を手元に戻し、向き直らずに直上に飛び上がり、空中で出鱈目な軸合わせとともに槍を投げつけ、着弾地点で大量の棘を撒き散らして爆発する。それが終わるより早くゼナが槍を手元に再生し、空中を泳ぐように二連薙ぎ払いを振りつつ、予備動作から察したハチドリが大きく引き、ゼナは空中で力んで槍を投げつけ、短い飛翔距離ながら弾幕へと変わり、ハチドリへ一気に突き刺さる。それを好機と見て、ゼナは再生した右手の槍に凄まじいまでの真炎を宿し、瞬間移動で距離を詰め、渾身の力でハチドリに突き立てて床に縫い付け、迸るエネルギーを全て注ぎ込んで爆発四散させ、反動で飛び退く。間髪入れずに槍を再生し、再び身体を崩壊させながらの投擲を行うが、爆風の向こうから現れたハチドリの左拳に弾かれ、代わりに右拳の打突によって飛んできた蒼い太刀に刺し貫かれ、怯んだところに詰め切ったハチドリが、左拳を爆発させて脇差を抜き、掴みながら異形の大剣に変えてゼナを両断する。上下に分かたれながら後方に吹っ飛び、惰性で床を滑る。

「ふっ……クカカカカッ……」

 ハチドリは異形の大剣を携えたまま、歩み寄る。

「その武器……わしへの当てつけか……?」

「訣別の挨拶です。もう私は、獣耳人類ではない」

「クカカッ……お互い、還るべき場所には還れておるのじゃ……二度と、道が交わることはない……」

 異形の大剣を逆手に持ち、ゼナの上半身に突き立てる。炎は一瞬で燃え移り、下半身ごと彼女を焼いていく。

「主……いつまでも……愛しておるぞ……」

 間もなく、ゼナは消し炭となった。

「始祖様……どうか、あなたが報われるよう」

 ハチドリは武装を消し、立ち去っていった。

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