☆☆☆エンドレスロールEX:赫焉燦燦
産まれ 活きて 死ぬこと
感情の訪れ 渇望の去来
どれほどの力を求め 得て 振るおうとも
全て虚しき 一場の夢
この天は永からず
この地は久しからず
創すら付かぬこの身に 世にある価値は無し
叫び壊すは破滅の鬨
降り注ぐは破壊の礫
諦観と剛力に満ち足りた 覇王の力
現世と幽世を遍く喰らい尽くし 何処へと彷徨い消える
エンドレスロール 絶海都市エウレカ
紅に染まった天から驟雨のごとく巨大な隕石が降り注ぎ、その破壊によって全てが巻き上げられ、天へ還っていく。
「下らない……」
都庁の屋上にて積み上げられた瓦礫の上に座すはディードその人だった。膝に肘をつき、そして頬杖をついている。注ぐ隕石は彼女が操っているらしい。
「私の力、それを振るう相手……概念でさえ、私に跪いて。形あるものも無いものも征してしまったら、どこに行けばいいの?」
ディードが今にも眠りそうなほどの細目で前を見ていると、瓦礫の無い平面にルナリスフィリアが突き刺さる。遅れて着地したのは、既に竜人形態のソムニウムだった。
「ディード・オルトレ。随分と凄い力。それがあなたの望みだった?」
ソムニウムがルナリスフィリアを右手に掴み、左腕に真水鏡を産み出す。
「私は……ふん、まあそうだったのかもね……力を高めて、全ての道理を捻じ伏せる……目的は果たせた。でもこうなっちゃうと、消えようがなくなった。死にようがないし、生きようもない」
「……」
瞬間、ディードが爆発する。瓦礫が吹き飛び、即座に爆炎が消滅する。平面になった屋上に、ディードは無傷で立っていた。ソムニウムの横に、片耳のハチドリが現れる。
「戦いの匂い……」
ディードは呟くハチドリに、僅かばかりの片笑みを見せる。
「なるほど、バロンの置き土産ね……」
「旦那様のため……世が滅びるのは看過できません……」
「その覚悟は良し」
ハチドリが脇差を抜き、その刀身に炎を宿す。
「そうでないとね……全部終わって永遠に退屈になる前に……最高の時間を過ごさせてもらうわ!」
ディードから紅い闘気が立ち昇る。ハチドリとソムニウムでさえ気圧される圧倒的な力が渦巻き、注ぐ隕石の量が増えていく。緋色の蝶の群れが天から降り、周囲を漂い始める。
「どこからでも来なさい。私の力……見せてあげる」
彼女は堂々と構えており、ハチドリが先陣を切って脇差を突き出して突進する。しかしディードから漲る闘気に阻まれ、ロクに接近も出来ずに押し返される。そこへ直上から真炎の塊が急降下して着弾し、筆舌に尽くし難い蒼炎にハチドリが飲み込まれる。
「くっ……なんて火力……!?」
闘気の暴威を貫いて即座に背後を取ったソムニウムがルナリスフィリアを振るが、ディードの背中に激突して止まる。
「ほう」
ソムニウムが思わず驚嘆すると、反撃として流出した闘気が彼女を吹き飛ばし、真水鏡での防御すら意味を為さないほどに押し返される。上空で立て直し、ハチドリの横に着地する。ハチドリもまた、蒼炎を振り払って立ち上がり、納刀し、背の太刀を抜く。
「これが旦那様が求め続けた、力の終着点……」
ハチドリの呟きに、ソムニウムがかぶりを振る。
「バロンだけじゃない。原初三龍にもアルヴァナにも破れぬ、あらゆる限界を突破した力の化身。私でも特異点でも、決して辿り着けない極致」
「むぅ」
ハチドリは己の左手の親指を噛み千切り、滴る血を太刀に撫で付け、そして刀身が宇宙の淵源を示すような蒼色に染まり、彼女の右半身が鋼に覆われる。
「総力を以て死合う……それが戦いのあるべき姿!征きましょうソムニウム殿!力と力を……限界を超えて、極限の更に向こうまで!」
「勝てるかわからない手合と戦う……そんなことに出会えるなんて、この体ではありえなかったからね。私もちょっと気分がいいよ」
ソムニウムの体に紅と蒼の粒子が凝縮され、絶対的な破壊力が周囲に迸るが、ハチドリにもディードにも毛ほどの効果も無かった。そうして力を高めたソムニウムの体には、発光する緑のラインが走っている。ルナリスフィリアを振ると次元門が開かれ、そこからシフルの激流が噴き出す。だがディードには届かず、ほんの僅かな力みから次元門が逆流し、ソムニウムへ飛ぶ。真水鏡で弾き返し、威力が倍化して再び進む。ディードは仁王立ちしたまま、次元門の猛威を動作無しで受け流し続ける。そこへハチドリが現れ、大量の真空刃を伴いながら舞うような連撃を繰り出す。ディードの体には一撃も入らず、振り切った瞬間に指で弾かれる。最終段を弾かれたことによって多大な隙を晒すが、ハチドリは強引に体を動かして刀身に怨愛の炎を宿し、全身全霊の十字斬りを繰り出す。ディードの纏う闘気を、二段目の縦斬りが薄く削ぎ取り、それに彼女が驚いたところに威力の増した次元門と共にルナリスフィリアの一閃が重ねられ、ディードが少しだけ後退する。
「へえ、産まれて初めて攻撃を直接貰ったわ。最高の気分」
ディードは余裕の態度を崩さずにそう言う。ルナリスフィリアの一閃が届いた胴体には、少しの傷も無く、それどころが衣服にダメージが入っている様子もない。
「なんと……」
ハチドリが驚きの声を上げる。
「こういうのを不死身って言うんだろうね」
ソムニウムはいつもの口調で返す。
「不死身……旦那様もこうであれば、今でもこうして……ディード殿と永遠に拳を交えていられたのに」
「ふん」
ハチドリの言葉を、ディードが一笑に付す。
「終わりのない物事なんて、あるべきではないわ。バロンが何を思ってその力を託したか……私にはよくわかるけど、それがあいつと私の間にある、絶対に破れない力の壁だって、死ぬまで気付かなかったようね」
「……」
「全てを支配し、己の望むように捻じ曲げ頭を垂れさせる。あらゆる何もかもを……全ての万物を捻じ伏せる暴力を得て、無の無さえ粉砕する。それが……」
ディードは目を見開き、総身から更に激しくシフルを噴出させる。彼女を中心として周囲の空間が捻じ曲げられていくような異様な感覚に飲まれ、それを越えて実際に空間が歪んでいく。
「わあすごい。アルヴァナを倒すとか、エメルやボーラスがどうとか、もうどうでも良くなるね」
「こんなことが実際に出来るなんて……」
二人の驚嘆を余所に、ディードは体から紅い闘気の粒子を放出し始める。
「さあ、もっと私を楽しませて見せて。この体に刃を届かせて、まだ私に夢を見させて」
注ぐ隕石が一粒、両者の間に着弾する。真炎を帯びながら大爆発を起こすが、戦場にはまるで影響もなく、ハチドリはその場で太刀を振り抜いてディードをピンポイントで切り裂く。強烈な一撃ではあったが、彼女の体表を覆う闘気を削ぐだけに終わり、不快な金属音のような音が響き渡るに留まる。重ねて頭上に瞬間移動し、怨愛の炎を纏った太刀を振り下ろしつつ着地し、流れるように渾身の十字斬りを再び繰り出す。太刀は闘気を破り、ディードの右腕に刃を届かせる。しかしそこで完全に止まり、ハチドリは首許を掴まれて持ち上げられる。
「ぐっ……」
「少なくともバロンよりかは強いわね。それは間違いない」
ハチドリは抵抗を示してディードの右腕を左手で鷲掴む。
「この世の涯はただ一つ……!」
左手を着火点とした壮絶極まる大爆発が起こり、自ら諸共ディードを巻き込む。それに合わせてソムニウムが現れ、輝きに満ち満ちたルナリスフィリアの一閃を放つ。切り裂いた軌跡に合わせて空間が膨れ上がり、極限まで励起された次元門が大爆発を起こし、ディードの纏う闘気の鎧を一瞬ではあるが完全に引き剥がすことに成功する。右手の戒めから脱したハチドリがその隙を逃さず、太刀をディードの胸部に深く突き立てる。ディードの傷口から生じた、最早説明を放棄したくなるほどのエネルギーの逆流によってソムニウムが吹き飛び、ハチドリは全身全霊を懸けてその場に留まる。
「くくっ……あっはっはっは!いいじゃない!私の体に創をつけるなんて……!こんなこと、産まれて初めてよッ!」
ディードは刀身を掴み、ハチドリへ狂喜に歪んだ、常軌を逸した笑みを見せる。
「なんと……!?」
「もう痛みなんて感じられないのが惜しくてしょうがないわ!素晴らしいわ……最高だわ、アンタたち!」
ハチドリの込める力など存在しないかのようにディードは太刀を容易に引き抜き、狂った笑い声と共に更に力を放出する。
「っ!?」
堪えられるはずもなく即座に吹き飛ばされ、ソムニウムに受け止められる。
「申し訳ありません、ソムニウム殿……」
「大丈夫。いやあ、それにしても……」
ソムニウムは無尽蔵に力を解放していくディードを見やる。
「夢でも見てる気分」
「本当ですぞ……荒唐無稽とは、まさにこのことです……」
ハチドリは立ち上がり、二人は態勢を立て直す。
「ああっ、力、力、力!力をもっと……もっと出させてッッッ!」
莫大、膨大、極限大……形容詞が意味を為さない力を帯びながら、ディードは竜化する。その姿は、シュバルツシルトの竜化体〝常闇〟に瓜二つだったが、眩いマグマのような色に染まっている。
「手に入れた力の使い道……それが出来て本当に嬉しいわ!本当にありがとう、ハチドリ!ソムニウム!」
少年のように無邪気な声を出して、一瞬で蓄えた漲る闘気塊を三連続で射出する。ソムニウムが次元門を割り開いて往なそうとするが、それが次元門へ入った瞬間、虚空を粉砕して爆裂する。しかしそれでもソムニウムは慌てず、ルナリスフィリアと真水鏡で残る二つの闘気塊を渾身の力で受け流す。その影からのハチドリの瞬間移動による肉薄より続き、全ての力を込めた流れるような連撃を繰り出す。だがディードの右手の溜めを見た瞬間に止めて離脱し、読み通りに右拳が叩きつけられ、その前方に螺旋状の闘気が解放される。先の人間形態とは違い、隙を長時間晒す攻撃を好機と見て、ハチドリは上空から太刀を左手で掴みながら降下する。一閃と同時に火薬を炸裂させ、ディードの頭部を斬り付ける。更に重ねて、後方からソムニウムがルナリスフィリアから極太の光線を解放し、ディードの腹へ注ぐ。火薬と光線、その二重の爆裂がディードの行動を中断させて強制的に後退させ、二人が並ぶ。
「こんな形じゃ満足できない!」
ディードは吼え、竜化体を破壊して更に尋常ならざる力を発揮していく。
「なんて凄まじい力……!」
「ハッ、流石にね……」
二人の言葉は猛烈な力の奔流に掻き消され、ディードは竜化体を破壊しながら巨大な前脚を顕現させ、そのまま超巨大な長蛇へと変貌していく。地の底から都庁に巻き付くようにし、前脚で屋上の縁を掴み、胸部から、長い首、巨大な頭部を二人へ見せ、絶叫する。既に周囲は無に還っており、緋色に染まった空間にただ、都庁が浮かんでいるだけだ。
「ハハッ、どう思う?」
ソムニウムが呆れたように笑って見せると、ハチドリは困惑する。
「確かに強敵と斬り結ぶことは歓びに相違ないですが、これは……」
「ま、出来るとこまでやってみようね」
「無論です!ここで退く選択肢は……ありません!」
二人の戦意を感じ取り、ディードは天へ吠える。流星群が二人へ降り注ぎ、ハチドリが流れるような連撃で全て砕いていく。重ねて蒼炎を口から吐き出し、一瞬で火の海へと変えると即座に本命たる莫大なエネルギーをブレスとして投射する。避けられぬと悟ったソムニウムが前に出て、ルナリスフィリアから全エネルギーを解放して受け止める。
「がっ……!」
ソムニウムでさえ悶えるほどの極限の衝撃が伝わり、止めに圧縮した光線を捻じ込み、防御を破壊し、右脚で薙ぎ払う。
「クソが」
短くぼやくと、その直撃を受けてソムニウムは遥か後方へ吹き飛ばされる。そこへハチドリが現れ、右脚の甲に太刀を突き立てる。
「なっ――」
が、ディードの表皮には歯が立たず、太刀が折れる。ディードが右脚を勢いよく振るってハチドリを屋上へ叩きつけると、身を引いて大口を開き、突進と同時に彼女を飲み込む。同時に爆発が起こり、ディードの口から黒煙と太刀と脇差が噴き出て、抜き身となって屋上に突き刺さる。構わず、ディードは再び力を溜める。
「ちょっとだけイラっとする」
ソムニウムが覚悟を決めた、遺言のごとく言い残す。程なくして到達した、ディードが解放した力によって彼女は消し飛び、ルナリスフィリアも真水鏡も破壊される。ディードは都庁を縊り壊して消滅させると、永久に緋色の空間を漂い続けるのだった。
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