☆☆☆エンドレスロールEX:覇たる鋼の行軍

「旦那様のために修羅へ堕ちて、幾星霜」

 赫赫たる炎が大地を包む、草原にハチドリが腕を組んで立っていた。

「ときたま、思うことがあるのです」

 脇差を引き抜き、刀身に怨愛の炎が宿る。

「私は旦那様の子種を宿して、全てを終えた世界に戦乱を撒き散らし続ける役目を頂きました」

 刀身を吟味した後、振り抜いて構え直す。

「その経緯、あなたの辿った道……それ故に、叶わなかったこと……」

 正面を向くと、そこにはバロンが立っていた。

「……」

 彼はいつものような優しい視線を向けつつも、その奥深くから身震いするほどの殺意を発している。

「旦那様と、本気で殺し合いたい……!優しい命の遣り取りじゃなくて、本気で心の臓を奪い合いたい!」

 ハチドリは前屈みになりながら、胸元に左手を当てて叫ぶ。

「旦那様!私のこの疼きを……受け止めてください!腸を見るに耐えないほどに掻き混ぜて、命の沼地を焼き焦がして!」

「…………いいだろう」

 バロンは静かに返す。ハチドリの甲高い声が通り過ぎたあとの静寂は、焔が滾る音に掻き消される。

「……暴力で僕に比肩する妻は、君だけだからな」

「そうこなくては……」

 ハチドリは左手を頬に寄せ、心地よさそうに喉を鳴らす。そして右腕から頬までを鋼で覆う。

「……くくく……」

 バロンは不敵に笑む。

「……僕はエリアルやアウルでは感じられない焦燥を、君から好きな時に感じたかったのだろうな……!」

 竜化し、黒鋼の姿を顕現する。

「大丈夫ですよ、旦那様。他人など、所詮は道具に過ぎない……」

 黒鋼の右腕が振り抜かれると、莫大な量の鋼の波が呼び起こされる。ハチドリは分身で受け流しつつ、脇差を突き出して物凄い速度で突っ込む。瞬間、黒鋼は直上へ高く飛び上がり、拳を下に向けて急降下する。ハチドリは即座に反応して分身を盾にしようとするが、流体の鋼に足をとられて拘束され、拳骨の直撃から、急激に加熱された鋼が破裂して吹き飛ばされる。黒鋼は着地の隙を素早く動いて潰しつつ、右半身を引いて構え、踏み込みつつ右腕を振り上げる。絶大な闘気を帯びた鋼が大地を走り、ハチドリは分身を盾にして体を翻し、即座に肉薄して舞うような連撃を繰り出す。黒鋼は両腕を揃えて防御する。まるで壁のような防御力に対して、さほどのダメージを与えられてはいない。だが斬撃に伴う真空刃や闘気、怨愛の炎が防御の上からでも確実に傷をつけてはいる。そのままの勢いで空中に舞い上がりつつ二連斬りを繰り出し、大きく振りかぶってもう一閃叩き込む。一閃に合わせて黒鋼は強く防御を解除して相殺し、上段からの振り下ろしでハチドリを狙う。彼女は空中で後退して避け、即座に着地しつつ納刀し、背の太刀を引き抜き、身を引いてから刀身を怨愛の炎で補強して、渾身の十字斬りを繰り出す。その二発が産み出す猛烈なストッピングパワーによって黒鋼は僅かによろける。太刀を納刀しつつ構えて脇差を抜刀し、遠隔で精密に黒鋼を切り裂く。

「……いいぞ……!」

 黒鋼は飛び上がりつつ、ハチドリを地面から湧き出る鋼で拘束しようとする。だが二回目となれば読まれて躱され、黒鋼が右拳で地面を殴り貫く。その衝撃に合わせて励起した鋼が地面を破砕しながら噴出し、更に重ねて彼の体内で圧縮され行き場を失った壮絶極まる闘気が大爆発を起こす。回避に専念してなお直撃に近いほどの衝撃を受けてハチドリは吹き飛び、脇差を地面に突き立てて堪える。黒鋼はゆるりと右腕を引き抜き、両者は再び向かい合う。

「……この総身がひりつくような緊張感……これでこそ戦いだ」

「ふふ……旦那様……」

 ハチドリは立ち上がり、構え直す。

「全く格好いいですぞ……流石は私の旦那様……!」

「……そう言われて悪い気はしないな、僕のハチドリ」

 黒鋼は小さく飛び上がって右拳を地面に突き刺し、三方向に鋼の棘を産み出す。その軌道が遅れて爆発し、銀粉を撒き散らす。脇差を振り抜いた熱波で銀粉を掻き消し、再び脇差を突き出しつつ急接近する。黒鋼は自らに流体金属を纏わせ、巨大な金属球になって飛び立つ。ハチドリの突き刺しを避けつつ、急降下して地面を抉りつつ突進する。それは躱されるが、彼女の周囲を超光速で旋回しつつトドメに着弾し、膨大な量の流体金属を周囲に撒き散らす。だが意趣返しとばかりに頭上から現れたハチドリが脇差を振り下ろして爆発させ、至近距離で太刀による十字斬りを放って後退させ、身を翻して渾身の一刀を繰り出し、それに伴う衝撃波で押し込む。黒鋼は怯みつつも豪快に上体を振るい、頭を振り下ろして鋭利な鼻先でハチドリを叩き伏せ、腹を貫く。そのまま地面を引きずって空中に放り投げ、それに合わせて再び体内に溜まった莫大な闘気を解放し、自身を中心に大爆発を起こす。ハチドリはその驚異的な激流を大量の分身を生み出し続けて受け流し、後隙で硬直している黒鋼の首にしがみつく。左手から大量の火薬を注ぎ込み、力尽くで脇差を首に突き立てる。猛烈な爆発によってハチドリは吹き飛んで距離を取り、黒鋼は怯みこそすれ、全力を解放して周囲の広範囲を流体金属へと変える。

「ッ……!」

 ハチドリは分身を乗り継いで滞空時間を稼ぐ。溶けた金属が急速に黒鋼へ集められ、大量の礫になってハチドリを狙う。迎え撃つは先ほどの分身たちで、彼女らが銃弾と斬撃をばら撒いて抉じ開けた道を、ハチドリは突き進んでいく。それを潰すように地面から巨大な鉄柱が突き出してハチドリを打ち上げ、挟むように瞬間移動した黒鋼が上から右拳を放ち、鉄柱に押し付ける。ただひたすらの剛力と熱による融解で地面へ急降下していく。そして地表に到達し、そこで急激に圧縮された鋼が輝きを放ち、本体と共に際限なく出力を高めていく。黒鋼自身が抑えられぬほど高まった瞬間、彼は左拳を叩きつけた。絶類なる力が迸って巨大な光の柱となり、重ねて黒鋼の体内から弾けた闘気が周囲へ果て無く衝撃波を轟かせる。

「まだ……ですよ……旦那様……!」

「……ふっ」

 叩き伏せられ、壮絶極まる連続技の直撃を受けたはずのハチドリは、黒鋼の左拳を太刀にて受け止めている。

「……僕も詰めが甘いな。改めて拳を重ねるのではなく、そのまま破壊していた方が良かったか」

「参ります……!」

 ハチドリは太刀の刀身を左手で支えていたが、その手で強く握り、己の手を切り裂くように振り抜く。爆発が黒鋼の拳を押し返し、ハチドリが構える僅かな隙を用意する。身を翻し、構え、極限まで高めた怨愛の炎を太刀に纏わせ、全霊の十字斬りを叩き込む。エネルギーを一時的にとは言え出し切った状態で大技の直撃を受けたためか黒鋼は大きく体勢を崩す。ハチドリは飛び上がり、逆手に持った太刀を黒鋼の額に突き刺し、両手で支えて全体重をかけてかち割る。ハチドリの着地に合わせ、黒鋼は人間体に戻る。

「……」

「私の……世界で一番素敵な……旦那様……」

 バロンは倒れようとした体を持ち直し、正座で構える。ハチドリは察し、彼の背後に立って太刀を構える。呼吸を整えてから太刀を振り上げ、寸分違わぬ見事な一閃で、彼の首を断つ。

「……見事、なり……」

 前向きに倒れ、その衝撃で塩となって砕け散る。

「その名に恥じぬよう、これからも永遠に、精進して参ります」

 太刀を背に戻し、ハチドリは踵を返した。

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