与太話:見てはいけないもの

 エラン・ヴィタール 屋敷

「そう言えば、庭の野菜がもうすぐ出来そうですよね」

「そうですね!収穫したら、マドルさんに頼んで調理してもらいましょう!」

 ミリアとハチドリが並んで廊下を歩いていると、バロンとエリアルの部屋の扉が半開きになっているのを見つける。

「お兄様のお部屋が……」

「旦那様にしては不用心ですね……?」

 二人は示し合わせたように足音を殺して進み、扉の隙間から部屋内を見る。

「……」

 覗くと、ベッドに座ったバロンが、並んで座っているエリアルの髪を一房掬い上げて匂いを嗅いでいる。

「お兄様何を……!?」

 ミリアが思わず小さい声で驚き、それにハチドリが続く。

「あっ、これ私もされたことありますよ」

「ハチドリさんも!?」

「まあ私の場合は耳と耳の間に顔を埋めて嗅がれるんですけど……」

「まさかお兄様にこういう倒錯的な趣味があったなんて……」

 二人は口々に言いつつも、継続して眺める。

「……いつもながらいい匂いだ」

「ほんと好きよね、匂い嗅ぐの」

 バロンが遠目に見てもわかる満足げな笑みを浮かべ、エリアルが肩を竦めて反応する。

「ずっと嗅いでもいいけど、三つ編みにしてくれるんじゃないの?」

「……さてどうしようか。君に違う髪型をしてもらうのも魅力的だが、この匂いも幸せでな……」

「へえ。じゃあちょっと意地悪しよっかなー」

 一瞬のフラッシュとともに、エリアルは子どものような姿になる。

「………………………………」

 身長が縮んだことで髪はスルスルとバロンの手を擦り抜けベッドに掛かる。

「どう?」

「……元に戻ってくれ」

「えー?嫌いだった?」

 バロンが首を横に振ると、エリアルが寄りかかり、首に抱きついて耳許まで顔を近づける。

「見物人が居るから自重してる?」

「……君にそういう、アウルみたいな趣味があったとは意外だ」

「違うわよ、あれはオオミコトが勝手に半開きにしたの」

 隙間から見ていた二人は、バロンたちの距離感に釘付けになっている。

「お、奥様が小さくなって、あ、あんな近くに……!」

「やっぱりお兄様は……」

「「ロリコン……?」」

 無駄に二人がハモったところで、エリアルが元の姿に戻る。

「さて、もっと苦しめてあげてもいいよ?」

「……わかった、では失礼するぞ」

 エリアルが離れ、最初の位置関係に戻る。そしてバロンがエリアルの髪に触れ、丁寧に編み込み始める。

「うおお、旦那様そんなことも出来るのですか……!」

「そう言えば、アリシアさんの髪のセットもお兄様がなさっていたような」

「妾を呼んだか?」

「「うわああああ!?」」

 二人が同時に大声を上げて驚き、隙間からドアを開放して部屋に雪崩れる。

「なんだ、貴様ら……」

 声をかけたアリシアが困惑し、そして視線を上げて部屋内にいたバロンとエリアルと目が合う。

「主、ドラセナと妾主催でゲーム大会を今からやるぞ。主は優勝賞品だから必ず来てくれ。場所は奥の大部屋だ」

「……了解した。後で向かおう」

「それと貴様たちも参加だ、いいな?」

 アリシアが目線を下げると、重なるようにして倒れていたハチドリとミリアが頷く。

「あと、その……さっきの話は誰から聞いた?」

「ええっと……アウルさん、ですが……」

「ふん。オオミコトがデリカシー皆無だから仕方ないか……」

 不服そうだが納得してアリシアが去っていった。

「……二人はそこで何をしていたんだ。僕たちが何をしてたか気になったのか?」

 バロンが訊ねると、ハチドリがミリアに手を貸しつつ、二人が立ち上がってから答える。

「正直に言いますと、旦那様たちの部屋の扉が開いていたので、つい……」

「……そうか。まあ見られて困るようなことはしていないからな、自由に見ていってくれ」

「で、では……!」

 ハチドリが頷くのを遮るようにミリアが押されたように一歩前に出る。

「ではお兄様でも見られては恥ずかしいものってあるのでしょうか!?」

「……そうだな、ここでこれからも平和に暮らしていきたいなら、知らない方が良いな」

 それを聞いたミリアが恍惚とした笑みを浮かべていると、近くの空間に気配を消していたヤマガラが鼻血を出す。

「(ヤマガラさんの鼻血のせいで虚空に輪郭が出来てる……)」

 その隣にいたホオジロが、もはや姿も気配も微塵も隠さずにやたらと自信に満ちた表情で気絶しているのを見て、ハチドリは思わず目を逸らすのだった。

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