与太話:デートに行ってみた

 エラン・ヴィタール 屋敷

「……」

 執務室のデスクにて、バロンが思案顔で左手を顎に添えていた。

「マスター、どうかなされましたか」

 横に侍っていたシマエナガが訊ねると、バロンは視線は向けずに遊ばせていた右手を止める。

「……デートをしてみようと思ってな」

「……」

 シマエナガはデスクを挟んで正面に立ち、デスクに両肘をついて掌の上に顔を乗せる。

「……悪いが、相手はエリアルだ」

「ふぁあきゅー」

 シマエナガは立ち上がり、バロンの真横に戻る。

「……もしかして今侮辱されたか?まあいいが……」

「ミリア様やハチドリ様をけしかけて妨害します」

「……おい。今回ばかりは言うことは聞かないぞ。お前とデートしたら全員と個別にしなくちゃならないだろう。そんなにたくさんデートプランは思いつかん」

 バロンは右手を進ませ、手帳を手に取り片手で開く。

「……エリアルが喜びそうなこと、か……何をしても喜んでくれるから、逆に難しいな」




 ニブルヘイム 熱間欠泉広場

「それで、二人の思い出の場所を巡ろう!って?」

 酸性の強い熱湯が薄く張られた広場に、バロンとエリアルは訪れていた。

「……まあ、そういうことだ。君のことだから、家で駄弁るだけでも満足してくれるとは思うが……たまにはこういうことをしてもいいだろう?」

「ま、そうね?フィールドワークに勝るものは無いものね」

「……一応デートだ。後で恋人っぽいことをしよう」

「好きって告白しようとしたら邪魔されたり?」

「……学園祭で抜け出してイチャイチャしたり、か?そういうことはしてこなかったな……」

「バロンのガタイと雰囲気で学生は無理があるわね」

「……ははっ、確かにな」

 エリアルは手持ちの小瓶を取り出し、熱湯を少し掬って密封する。

「よし」

「……それだけでいいのか?」

「あんまり採ると嵩張るし採取元の状況が変わっちゃうでしょ?必要な分だけでいいのよ」

「……ふむ。では次の場所に行こうか」


 パラミナ 熱帯森林地帯

 続いて二人は、砂漠の面影など微塵もない熱帯林に来ていた。エリアルが少し早く歩き、バロンがその後ろからついて行っている。

「……しかし、いつ見ても凄まじいな」

「そうねー。あの砂漠がこんな風になるとはねえ?」

「……肉の味がするプラムがあったな、ここには」

「代替肉として考えればまあまあの味だったわね」

「……こういう森林を歩いていると、原初世界での出会いを思い出す」

「バロンが私の足と尻に釘付けだったって話?」

「……それはいつでもそうだ。いつも思うが、君は今こうやって落ち着くまで、割とお転婆な女の子だったな、と」

「えー、なにそれ?確かに時々ガキっぽくなるとは思うけど」

「……いやもちろん、文句ではないよ、断じて。どんな君も素敵だが、なんというか……どちらが素の君なのだろうとは思う」

 エリアルが立ち止まり、振り返る。

「素の私なんて、バロンが一番知ってるくせに。私にそういう意地悪なこと聞いてくるの、結構珍しいね」

 悪戯っぽくはにかんで見せると、バロンも笑顔で返す。

「……(可愛い……)」

「バロンってば、私が笑うだけで可愛いなーとか思ってるんでしょ?ちょっとチョロすぎるところあるわよね?」

「……もし君がとんでもない悪女で、僕が利用されているだけだったとしても本望だ。それくらいの覚悟で君を好いている」

「またそういう事言う。でもまあ、バロンなら本当にそう思ってくれてるんだろうなって確信できるから、それも凄いわよね」

「……ふふ、ああ、その通りだな。とてもいい関係だと思う」

 二人は微笑みあってから、歩を進め直す。


 古代の城 神子の護所

 洞窟のような道を抜けていくと、天井が裂けて日光が差し込む広間に出る。中央に据えられた巨大な鉱石は中心で割れ、内部の結晶体が光を反射して蒼く輝いている。

「ヘラクレスのためにこの世界を維持してたけど、死の概念を思い出してからは待ち時間が退屈だったわねー」

「……珍しくお伽話の姫のような扱いだったからな」

「ほら私、自分からガンガン行きたいタイプだから、待つだけなのが暇で暇で……それに随分ご無沙汰だったから溜まってたし。その癖セックスってシステムがまず存在しない世界だったからバロンをこっちから仕留めに行くのも出来ないし」

「……君が僕を襲いに来る前に間に合ってよかったよ」

「それもあってアウルに会った時に理性ぶっ飛んじゃった」

「……(すごくいい……!)」

 バロンはにやけそうになったが堪え、言葉を返す。

「……いいじゃないか。緊急事態じゃなかったらエロすぎて僕も正気でいられないよ、あれは」

「そう?じゃあ今度アウル……じゃなくて、あれはカルラか。オオミコトに頼めば出来るかな?」

「……無理なんじゃないだろうか。無意識でも防御できてしまうからな、あの手の干渉は……」

「掠め手を何でも無効化するっていうのも考えものね」

 二人は鉱石の前で立ち止まり、エリアルがバロンに促す。バロンは鉱石の表面に触れ、手頃な大きさに素手で毟り取る。バロンはそれをエリアルに手渡し、彼女はそれを懐にしまう。

「どうする?このまま帰る?」

「……いや、もうちょっと二人でいよう」

「じゃ、一緒にいましょうか」

 エリアルがバロンに抱きつき、そのまま二人は玉鋼に竜化する。

「……これがいいかもな」

「普段はこういう事できないからねえ……」

 玉鋼は飛び上がり、しばらく遊覧飛行を楽しんだ。

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