夢見草子:開闢の気炎

 ゼフィルス・アークェンシー

 コツ、コツ……ヒールが石畳を叩く音が響き渡る。手を縛られ、猿轡を嵌められたゲルンエンデが、怯えた目で足音の主を見る。視線の先にはボーマンが立っており、その横にはヘルムだけを外した鎧姿のニルが居た。

「ゲルン、お加減は如何ですか?」

 ボーマンが優しく問いかけるが、ゲルンは涙を浮かべて震えるばかりで、呻き声すら上げない。

「ふふ、怯えなくても大丈夫。私たちはもうすぐ、楽園に辿り着きます。ただ……」

 ボーマンは跪いて、ゲルンの口から猿轡を外す。

「うぅ……はふ……」

 歯をがたがた鳴らしながら、ゲルンは細かく震える。

「戦う力も、自害する覚悟もなく、流れで殺すことも面倒なあなたを、このまま生かしていては、不確定要素になってしまいます」

「ぉ……おゆるし、を……」

「赦す?そんな権利、私にはありません。あなたを赦すかどうかは、全ておじい様が楽園にて決めること……弱気なあなたを調教するのは、おじい様もさぞ喜んでくれることでしょう。弱く、小さく、無知で、愚かで、美しく、可憐で、淫乱で、依存心の強い……そこまでの要素を兼ね備えた時点で、既にあなたは一人の人間ではないし、そもそも生物の雄や雌に当てはめることもおこがましい……ふふ、自覚はしているのでしょう?」

「ぇぐ……ぐすっ……」

 ボーマンは両手で優しくゲルンの頬に触れる。

「おやおや、泣いてばかりではわかりませんよ。あなたは人間でも獣でもなく、なんですか?ちゃんと答えられたら、楽園に導いて差し上げましょう」

「ふぅっ……ううぅっ……」

「ほら、言ってごらんなさい」

「私、は……」

 ゲルンは嗚咽を抑え、噛み締めるように言葉を返す。

「私は……パパのっ……肉便器、ですっ……!」

「よく言えましたね。偉い偉い……」

 ボーマンは優しくゲルンの頭を撫で、抱き締める。そして放し、手を拘束していた光を消滅させる。

「ではゲルン、今度会うのは楽園です」

 立ち上がり、懐から短く切り詰められた、ドラムマガジン型のアサルトライフルを取り出してゲルンに構える。

「ひっ……!」

「子を孕み、産むのはおばあ様だけでいい。楽園に住む我らは、おじい様の性欲を受け止めるだけの便器で充分です。それをきちんと自覚しているあなたに、敬意を表しましょう」

 銃声が一度轟き、寸分違わずにゲルンの眉間が貫かれて即死する。

「ニル」

 ボーマンは倒れたゲルンの消滅を見届けつつ呼ぶ。

「どうした」

「あなたはどうですか?」

「当然、私は父上に全てを捧げるつもりだ。父上が望むのなら私は、糞尿を垂れ流すことはもちろん、嘔吐でも、なんでもご要望通りにしてみせよう」

「ふふっ、流石は騎士ですね。よい忠誠の誓い方です……では次へ行きましょう」

「ああ」



 メラン・ロイヤルホテル

 入り口のドアの鍵を開け、入室すると、ベランダへの窓の前で、アロアが正座で待ち構えていた。ボーマンは薄ら笑みを崩さぬまま、ニルを伴って彼女の前に立つ。アロアは夕日に照らされて神妙な気配を纏っており、普段のセーラー服を改造したような衣装ではなく、典型的な死に装束を纏っていた。

「時が来たんですか」

「ええ。先ほどゲルンを処理してきたところですよ」

「あの子はメランおば様のことを考えても精神的に脆かったですし、真っ先に処理するのは当然ですよね」

「次はあなた、ですが……」

「覚悟はしています。お母様が持っていたような強大な力の……欠片すら持たない私は、いくら楽園を望んだところで助力することも出来ない。ならば私は、楽園にてお父様のお世話を」

「ふふ、頼りにしていますよ」

「お父様の逸物の下に集い、平伏し、我らの全てをお父様に捧げる……永遠に停滞した、素晴らしき楽園の夢……ボーマン様、きっと果たしてくれると信じています」

 アロアは眼前の床に置いていたドスを手に取り、抜刀する。

「介錯を頼みます」

 頷きで返し、ボーマンはアサルトライフルを構える。アロアはそれを確認すると、首筋にドスを当てる。

「腹を割るのは、私には出来ない。子宮ここに触れていいのは、お父様のみ!」

 目を見開き、アロアは首筋を切り裂く。ほぼ同時に発砲され、アロアの額に穴が空く。間もなく彼女は倒れ、消滅する。

「あなたのことは信頼していますよ、アル・アロア。共に、よりよい楽園を築き上げましょう」

「……」

 鼻で深く息をしたニルに、ボーマンが問いかける。

「どうかしましたか?」

「いや……なぜ彼女は、アル・ファリアの力を受け継いでいなかったのか、とね」

「ふふ、そういう意味では、あなたは十全にゼフィルス・ナーデルの力を受け継いでいて幸運でしたね?」

「ふん、当然だ。私は父上のための楽園を拓くために生まれたのだからな。まあ、ナルドアや宙核に下った者共とは違って、まだ同じ志を持つだけ喜ばしいものだな」

「大丈夫ですよ。ナルドアも……うふふ、きちんと調教してあげれば大丈夫です」

「調教、か。私と君には効かないが、洗脳なり催眠なり常識改変なり、ナルドアを強引に従わせる手段ならいくらでもある」

「では、私たちは私たちの役目を果たしましょう」

「承知」

 二人は部屋を後にした。

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