夢見草子:我が天が朽ちるまで
渾の社
「クライシスの最中産まれたかの意識。それを汝の力で測ってくるのだ、ソムニウム」
白く、長大な体躯と、一対の翼を備える竜――祖王龍ユグドラシル――が、社の天幕の向こうから声を放つ。ソムニウムと呼ばれた白金零は軽く頷く。
「常のよう、理由など問うな。汝は、我の思うままに動けばよい」
――……――……――
輪転世界
焔に包まれた空間に、零とレイヴンが向かい合っていた。周囲にはリータ、ロータ、ルータ、ラータが倒れている。
「貴様は……そうか、ユグドラシルの尖兵か」
レイヴンは、
「訳あってあなたの力を試しに来た」
零は真白い長太刀の柄に手をかける。
「丁度いい。ユグドラシル謹製の貴様を子袋とすれば、より我の力が手に入る」
レイヴンは身の丈ほどの長剣を背から抜く。
「私をこの世から消し去る気も無い者に負けるようには作られてない」
零は納刀したまま一気に踏み寄る。
「馬鹿め!」
レイヴンが勢い良く長剣を振り下ろすが、児戯にも等しい雑な振り方故に躱され、零が放つ強烈な拳を腹に食らう。露骨に怯んだところに長太刀が抜き放たれ、その長大さではあり得ぬほどの速さの一撃を受け、瞬間に凄まじい量の斬撃を叩き込まれ、レイヴンは過剰なほどのリアクションで後方に激しく吹き飛ばされる。
「そもそも、私は外部からの書き換えを無効にされている。例えアルヴァナであろうと、私を手駒にすることはできない」
零は長太刀を放り投げ、落ちてくるところを鞘で受け止めて納刀する。
「う……ぐ……ぅ……」
レイヴンはなんとか体を起こす。そしてシフルを触手のように伸ばし、周囲の四姉妹を取り込み、光に包まれる。そして光を破り、紫光を放つ竜人……まさしく、現代での〝無謬〟と全く同じ姿へ変化する。
「これが我の姿だ!」
放たれるシフルのパワーは先ほどとは比べ物にならないものになっていたが、零は涼しい表情でその姿を見る。
「なぜ、あなたは生きているの?」
零はヴァナ・ファキナへ問いかける。
「無論、我こそが全ての頂点に相応しいからだ。我が生きていることで世界に意味が生まれる。我が頂点である世界こそ、存在する意義がある」
「……」
「他の全ての生命は全て我のための供物だ。故に、その供物を最大限活用するために、我はレイヴンを作った」
ヴァナ・ファキナは右の掌の上に五つの光の玉を産み出し、順に吸収する。
「この世界は実にいい世界だった。なんの手違いか、殆ど人間は雌しかいなかった。人間は感情の振れ幅があるお陰でシフルの励起の効率は良いが、繁殖に難があるからな。いくら我の化身たるレイヴンの生殖能力が高くても、器の数や質に難があってはしょうがない」
「(戦乱の世界の余波でこういう世界が産まれたのが、彼がここで事を起こすのに丁度良かった、ってことか)」
零は心中でそう思いながら、ヴァナ・ファキナの演説に頷く。
「人間とは哀れなものよ。少し愛を囁くだけで、自分に利益が無くとも簡単に股を開くのだからな。しかし、我の化身は本当に良くできていた。少々手荒に扱いすぎて壊れた人間も多くいたが、そのお陰で我は力を充分に得た」
「そう。ならその力、もう少し試させてもらう」
「良かろう。この小娘どもの力、今に我の力へと変えてくれるわ!」
ヴァナ・ファキナが地面を叩くと、衝撃波が辺りを包む。零は棒立ちでその衝撃波を受けると、それに少々の違和感を感じる。
「ふん、少しは貴様も危機感を覚えたようだな。我の力を受けたものは、我の望むままの傀儡となるのだ!」
零は右手を振るう。
「だからさっきも言ったけど、私への干渉は無意味」
零のその、やけくそな性能にヴァナ・ファキナは絶句するが、すぐに威勢を取り戻す。
「我の力はこんなものではない!」
猛然と零へ突進する。
「邪魔だしうるさい」
零は右手を握りしめ、渾身の力で地面に叩きつける。それだけで、莫大と言うのも足りぬほどの凄絶な冷気が爆発し、ヴァナ・ファキナは吹き飛ばされる。受け身を取って周囲を確認すると、焔に包まれていた空間は全て凍りついていた。
「普通の宇宙だから手加減が難しい」
零がそう呟くと同時に、宇宙の破片が空から落下してくる。
「化け物が……!」
「それはお互い様」
「だが我にはまだ力がある!」
ヴァナ・ファキナが体を反らし、吼えると、再び触手が無数に現れ、そこかしこから人間の女性を持ってきては吸収していく。
「感情を食らって肥大化する、賢者の欲望の化身……」
みるみる内にヴァナ・ファキナは零が見上げるほどの巨体になり、それでも更に巨大化していく。
「我こそが天地海、全ての頂点、全ての支配者!ヴァナ・ファキナ也ィ!」
ヴァナ・ファキナは巨大な左腕を天に翳す。そして左腕を振るい、零を見下ろす。
「どうだ。これが我が真の姿だ!」
「ふむ。少し打つだけで奥の手まで見せてくれてありがと」
零は踵を返し、次の瞬間には僅かな氷の結晶を残して消えていた。
「逃げたか。まあ、当然と言えば当然か」
ヴァナ・ファキナは翼を広げ、浮かび上がる。それに応えるように、彼方から長大な竜が現れ、両者は激突し合う。
渾の社
零が社まで戻ると、ユグドラシルの気配はなく、ユノが佇んでいた。
「お帰りなさいませ、お姉さま」
ユノが綺麗なお辞儀をする。
「目的は果たせましたか?」
「ヴァナ・ファキナはかなりの力を持っていた。エリアルから欲望が抜け出たというエンゲルバインの情報は、充分信頼に値すると思う」
「ふふ、それは幸運ですわね」
ユノは微笑みを見せる。
「ところでお姉さま、これから時間はありますの?」
「ユグドラシルが次の使命をくれるまで何もない」
「では、お散歩でも一緒にいたしませんか?」
零は頷き、ユノと共に紅葉が舞い落ちる道を進む。
「わたくし、お姉さまの横を歩くことができて幸せですわ」
「そう」
「お姉さまは、どうですの?」
「私は……別に、何もないかな」
「そう、ですか……ところで、お姉さまと一緒に作られたという、空の器とやらの進捗は……いえ、お姉さまと一緒に居るのに、他の存在に気を取られてはいけませんわね」
勝手にヒートアップするユノに対し、零は何も興味がないのか、ただ景色を眺めていた。
「と、言うことがありましたの」
ユノが満面の笑みを投げ掛けてきたことで、ようやく零はそちらを向く。
「あの……聞いています……か……?」
ユノが控えめに尋ねると、零はただ頷く。
「返事を要求しないなら、聞いていた。返事が必要なら、聞いていない」
「え……っと……そ、そうですわよね!最初から返事が欲しいって言ってから話しかけないと、お姉さまも困りますわよね!ごめん……なさいですわ……」
「わかったならいい。聞く」
零はユノの長話を一言一句逃さずに聞くのだった。
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