与太話:銀幕スターもほどほどに

 黄金郷エル・ドラード 宮殿

 ディードが豪奢な椅子に足を組んで座り、開けた窓枠から外の間欠泉を眺める。

「ねえアグニ、なんか面白いことない?」

 ふっと視線を、テーブルを挟んで向かいに座るアグニへ向ける。

「姉貴に面白いとか思えることあんのかよ。まあいいが……ほら、これとかどうだよ」

 アグニはテーブルの上に置いてあったDVDのパッケージをディードの前に滑らす。彼女はそれを手に取り、適当に眺める。

「何々……『スパイ・レクイエム』?」

「産業スパイがロマンスとかコメディとかなんやらしながら最終的に悪の企業の親玉を倒す……ありきたりなやつだな。端的に言えばクソ映画なんだが、主演のやつを見てみろよ」

「ふん……?…………。ブフッ、フフフフ……」

 ディードは失笑する。パッケージに描かれていた大柄な優男……言うまでもなく、バロン・エウレカだった。

「くくっ、ぐふふふ……無理無理、こんなの笑うって。バロンが主演してるの?クソ映画に?」

「そうなんだよ。俺は研究のためにバロンが関わってるもんは大抵持ってるんだが、そん中でもかなりの問題作だぜ」

「へえ?これ以外にもバロンが妙なもの作ってるの?」

「シチュエーションドラマCDとか、連ドラとか、香水とか、お菓子とか、女性用のアダルトグッズとか……まあ、性別問わずあいつが許諾を出してたり出演してたりするものは大量にあるな。定例会見にもあいつがよく出てくるんだが、テスタ・ロッサでいうリーズとか、レミューリアでいうメイヴみたく、あいつが出るだけで視聴者数がすげえ増えるんだよ」

「なるほどねえ。なんか、バロンのマルチタスカーぶりとサービス精神の旺盛さがよく分かる話だわ。ねえねえアグニ、これについての話本人に聞きたくない?」

「お、おう。姉貴がそんな食い付いてくるとは思わなかったぜ……じゃあそれ見てから行くか、エウレカに」


 絶海都市エウレカ 行政庁・首長室

「……ふう……」

 バロンが仕事を一段落させて脱力していると、部屋の扉がシフルへと分解される。バロンは直ぐ様立ち上がって臨戦態勢に入るが、現れたディードとアグニの姿を見て、そのままデスクチェアに戻って脱力する。

「……ディードか。アグニも、来るなら事前に連絡を入れてくれとあれほど……」

「ねえバロン、アンタに聞きたいんだけどさぁ……」

 ディードは言葉を意に介さずDVDをバロンへ差し出す。

「……ああ、これは……」

「アンタ的にこれってどうなの」

「……僕は基本的に自分をフリー素材としているし、公務に支障がなければ民間の娯楽には積極的に協力している。それはその活動の内の一つだ」

「そうじゃなくて、私の言いたいことわかってるでしょ?」

「……わかっている。確かに作品の出来は……なんとも言い難いが、製作チームは熱意があった。それにCGの出来は目を見張るものだっただろう」

「ま、バロンのファンなら喜びそうな感じだったわね。アクションもラブシーンも」

「……フィクションなのだから、歯の浮くような台詞も仕方ないだろう」

「にしても、アンタっていい演技できるのね。伊達に色男やってないわ」

「……色男かどうかは知らないが、演技に関しては真摯に取り組んでいる。スケジュールの都合で何テイクも撮っていられないというのもあるが」

「へえ、ちゃんと考えてるのね。ところでさ、今アンタ暇?」

 ディードの言葉の裏の意図を読み取ってバロンは露骨に嫌そうな表情をする。

「……暇じゃない……と言いたいところだが、あいにく丁度一段落ついてしまった」

「じゃあ秘書のエリアルあの子とかメイヴとか呼んでバロンのグッズの中で何が好きとか聞いてみない?」

「……なんだ、拷問か?まあ構わんが……エリアルはともかくメイヴは国家元首だろう。そう簡単に話が――」

 バロンの言葉など気にせず、ディードは携帯端末でメイヴと通話する。

「うんうん、そうそう。ってことで今からバロンを連れて向かうわ」

「……おい」

 ディードが通話を切り、バロンの方を向く。

「知ってるでしょ。私ハマるのが早いと飽きるのも早いの。飽きる前にバロン同人作品業界を知り尽くさないと!」

 勇み足で彼女は部屋を出ていく。バロンが抗議の視線をアグニに向けると、アグニは肩を竦める。

「俺を睨むなよ。てめえが民間人を大切にしてる証だろうが」

「……お前が僕のことを研究しているのはもちろん知っているが、出来ればディードに教えては欲しくなかったな。彼女は自分から情報を集めないくせに興味がある事柄はとことん突き詰めるということは、お前が一番知っているだろう」

「我慢しやがれ。姉貴がああなったらもう止められねえから」

「……恨みや憎しみは殆ど抱かないと自負しているが……今回ばかりは覚えておけよ、アグニ……」

 珍しく少々の怒りを滲ませたバロンと共に、アグニは首長室を後にしたのだった。

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