☆☆☆与太話EX:一握りの幸福

「お婆様」

 ボーマンが会釈し、歩み寄る。ここはセレスティアル・アーク内部の、アリアの部屋だ。得体の知れない液体の入った瓶が並べられた薬品棚がいくつも並び、その中にある冷蔵ケースにはミルク瓶が大量に陳列されている。

「どうしたのです、ボーマン?」

 部屋の最奥にて、何人もの赤子をあやしているアリアが、入口に佇むボーマンへ視線を向ける。アリアの胸は今までよりも大きくなっており、流石にいつもの制服姿ではキツすぎるのか、ゆったりとしたワンピースを着ている。

「楽園を管理するお役目を、私に授けてくださり、無上の感謝をここに」

 行儀よく敬礼すると、アリアは朗らかに笑む。

「ふふっ、そんなこと気にしなくていいのですよ。明人くんを中心にして、みんながずっと永遠に、幸せであり続けるために、必要な人材だっただけなのです」

「勿体無きお言葉」

「うふふ。アロアちゃんとトラツグミさん、それにあなた。みんな、永遠に同じことをしても狂わない……ううん、狂えない人達なのです。ところで、今日の明人くんはどうだったのです?元気にしてたのです?」

「ふふっ、お婆様、全部知っているくせにわざわざお聞きになるんですね」

「もちろんなのです。ここで起きてる全てはちゃんと把握してるのですけど、ボーマンから見てどうだったのか聞きたいのですよ」

「ええ、お爺様……お父様、でしょうか。今日も子作りに励んでおられましたよ。タイシャンとゲルンがすぐに気絶してしまうのを嘆いていたようですが」

 ボーマンは手頃な場所に置いてある椅子に腰掛ける。

「ところでお婆様、一つお聞きしておきたいのですが……」

「この世界は……」

 何を聞かんとしているかを知ってか知らずか、アリアは言葉を紡ぎ始める。

「この世界は、全てが完全に私の手の内にあるのです。あなたも明人くんも含め、この世界に住まうあらゆる生命、物質、非物質、事象は、全て私が管理し、私のお腹から産み直しているのです。だから……私からのどんな干渉も素通しなのです」

「……」

「記憶を改変することも、認知を改竄することも、あらゆる毒物も、私からの干渉を遮ることは、この世界の誰にもできない」

「お爺様がどんなプレイをやりたくなっても大丈夫なように、この世界に僅かな綻びさえも産まぬように……」

「ラドゥエリアルの体内、空の器の内側にあるこの世界は、もう外部からどんな脅威がやってくることもない。完全に、永劫の平和が約束されてるのです」

「都合の良いように産み直すことでシフルによる干渉防御を無力化する……確かに、戦闘ではなく平和に暮らすという点なら、これほど確実な手段はありませんね」

「ふふ、ですから、外の世界ではどれだけ同意の上であっても出来なかったことがたくさん出来るのです。例えば……感度を何万倍にも引き上げたり、服を着るのを恥ずかしくしてみたり、明人くんの言うことに逆らえなくしてみたり」

「ああ、以前ランさんが服を着るのは恥ずかしいからと水着を着ていたのはそういうことだったんですね」

「こういう時、気が強くて素直じゃないランちゃんとかマレちゃん、アルファリアさんとかは可愛いのですよね」

「そうですね。お爺様もランさんとアルファリアさんをよく可愛がっているようですし」

「ふふっ」

 アリアが再び笑い、会話が終わる。

「ボーマンが知りたかったのはこういうことなのですよね?この楽園の、“仕様”を知りたかったわけなのです」

「なんでもお見通しですね、お婆様」

「もちろんなのです。なんせ、私の世界なのですから。みんなの考えてることもわかるのですよ?」

 ボーマンが椅子から立ち上がる。

「ええ、この世界の仕様が知れてよかったです、お婆様。では共に、この性なる楽園を永遠に輝かせましょう」

「よろしくなのです」

 ボーマンが踵を返して立ち去ろうとするところで、アリアは呼び止める。

「あっ、ボーマン。もしあなたも明人くんに愛してほしいのなら、遠慮せずにアプローチしていいのですよ?明人くんは可愛い女の子が相手なら、身長とかそういう些細な外見の要素を気にしたりはしないのです!」

「ええ、肝に銘じておきます」

 立ち去ったのを見届けてから、アリアは独り言を呟く。

「これも全部、みんなが心を一つにして明人くんを求めた結果なのです……絶対に崩れない、至高の楽園……幸せ以外、有り得ないのですよ」

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