与太話:何の話だったっけ?

「……ハチドリ」

 執務室でいつものようにデスクについていたバロンが、書架のすぐ傍で読書していたハチドリへ話しかける。彼女は本から視線を外し、バロンへ体ごと向き直る。

「はい、なんでしょうか旦那様」

「……君は自己流の鍛錬で、あそこまで強くなったと言っていたな」

「そうですな!いわゆる我流というやつですぞ、えへへ!」

「……それでふと疑問に思ったのだが、君のチャンスをものにする技術がどこから来ているのかとな」

「チャンスをものにする……ですか?」

「……ああ。大きく体勢を崩させた瞬間、それ専用の追撃を様々な形が繰り出すのは、我流だったとしても経験値の蓄積はかなり困難だと思ってな。ほら、君の人間サイズの相手に繰り出す追撃は……まあ、獣耳人類や吸血人類が相手なら間違いなく致命傷になるだろう。僕やエメルのような相手でも、大幅に生命力を削ることが出来るだろう。どうやって練習したんだ?」

「うーん、私自身よくわからないんですよね」

「……わからない?」

「旦那様の言う通り、私が戦闘の時にやってるようなことは、生物相手に練習で繰り出せるようなものじゃないですよ。心臓を一突きしたり、脳天をかち割ったり、利き腕を封じながらトドメを刺すとか……それに、旦那様についていって、命がけの戦いをするまであんなことやったことなかったんですよ」

「……ほう、アドリブだったのか。流石だな」

「はい、そうですね!旦那様の言う通り、思い付きでやってるだけなんです!旦那様はああいう追撃とかはしないんですか?」

「……僕は戦闘スタイルの都合であまりやらないな。どちらかというと相手の攻撃をカウンターで潰しながら大技に繋げる戦法でやらせてもらっている。基本的な暗殺術はもちろん身に付けてはいるが……使う機会はないな。立場的にも正面衝突が多いということもある」

「ほほう!ぜひ旦那様に、普通の暗殺術と言うモノをご教授願いたいですなぁ!」

「……ふむ。では、技をかけてもいいか?」

「えと……はい!お手柔らかに……?」

 ハチドリは本を手近なキャビネットに置き、立ち上がって部屋の中央に立つ。

「……普段のように臨戦態勢でいてくれて構わないぞ」

「お!言いましたね旦那様!気配を見切るくらい、流石の私でも簡単ですぞ!」

 ハチドリは脇差を抜き、警戒を示す。バロンは小さく口角を上げ、姿を消す。ハチドリが周囲に注意を散らしながら、僅かに空気が振れた方に斬り払う。と、背後を取ったバロンの両手に、優しく頭を挟まれる。

「ぬあ!?」

「……ここで瞬時に力を込めて、首をゴキッ……とするんだ」

「ほうほう……」

「……こっちもあるぞ」

 バロンは右腕をハチドリの首に回し、左腕で彼女の左腕を巻き込みながら右腕に交差させる。

「……締め落としは加減が要るから面倒なんだが、何らかの理由で生け捕りにする必要がある時は便利だ。まあ、呼吸が出来なくなったら意識が遠退いてくれる手合じゃないかぎり使えないが……そもそもこれが通用するような敵しかいない状況なら、薄く闘気を部屋中に散らすだけで気絶させるくらい片手間に出来るだろうから、あまり役に立たないな。あとは……」

 バロンはハチドリから手を離し、右手で彼女の口を塞ぎつつ、左手に生成した鋼のナイフを首筋に宛がう。

「……単純なこれだな。首を一突きして終わりだ。どれも完璧な不意打ちでなければ成り立たないし、これで死んでくれない敵の場合、至近距離では反撃を回避できないし、防御も出来ない位置関係だからな。正対した状態から的確に致命の一撃を加えられる君には不要だと思うぞ」

 バロンはハチドリを離し、ハチドリは向き直って脇差を納刀する。

「確かに、これを旦那様やエメルさんに決めるのは不可能ですし、仮に完璧に成功しても相手の闘気に飲まれちゃいますね」

「……そうなんだ。だから君の技術は羨ましいところだ」

「私は……さっき旦那様に、〝お手柔らかに〟口を塞がれたのが……ちょっといけないことされてるみたいで楽しかったですぞ」

「……ふっ……惚けたまま死ねてラッキーだな」

「そうですぞ!旦那様は知らず知らずの内にこういう触れ合いで篭絡して、逃げられないように依存させてくるのです!」

「……それだとまるで僕が意図的に人をかどわかしているみたいじゃないか。まあ覚えがないとは言わんが……」

「証人がここにいますぞ」

「……」

「旦那様の巧みな暗殺術に引っかかってしまいました!お陰で毎日幸せですぞ!」

「……時々君と話してると、底抜けに明るすぎて若干の恐怖を覚えるぞ……」

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