夢見草子:竜の還願、龍の血糊
始源世界 アイアンボトムサウンド Chaos社海上基地
海中に沈んだエウレカの街を見つめ、龍の姿のニヒロが佇んでいる。
「……」
その横に、人間態のクインエンデが並ぶ。
「ニヒロ様。王龍ボーラスが竜の墓場に現れたようです」
ニヒロは静かに頷く。
「ルリビタキに伝え、ユグドラシルにも伝令を入れろ。奴はボーラスと俺が共倒れするのを望んで手を出してこないだろう」
「はっ」
短くクインエンデが会釈し、その場を離れようとすると、ニヒロが尾で通路を塞ぐ。
「ニヒロ様……?」
「貴様も戦闘の準備をしろ。奴は生半可な力で卸せる者ではない」
「はっ」
改めてクインエンデが会釈し、その場を去る。
「貴様はここで散る。あの時の雪辱を、今こそ果たしてやる」
ニヒロは大きく翼を広げる。それだけで、辺り一面が凍りつく。空に飛び立つだけで、空も凍り、全てに羽音が響き渡る。
竜の墓場
モータル・グラッジと古代竜の森林から注ぐ川の水が周囲を満たし、濃厚なシフルが凝縮された巨骨が乱雑に積み上げられている。ボーラスがその巨体を揺らしながら、ゆるやかに光の当たる場所へ現れる。
「……。我を呼んだのは貴様か?」
ボーラスが鋭い視線を向けると、そこには栗毛の長髪の女性が立っていた。その後ろに、巨大な頭足類の姿をした王龍、骸王龍タンガロアが座している。
「タンガロア、アラルンガル。我をここに呼び出すとは、それ相応の理由があるのだろうな」
アラルンガルと呼ばれた女性は、首を横に振る。
「すまぬが、今は話せぬ。全て終わってから、もし、その方の赦しを貰えるのなら話そう」
ボーラスはその言葉で事情を察する。
「わかった。ならば、我はしばしここで待とう。愚かな同胞を葬るには、墓場は丁度よい」
タンガロアとアラルンガルはそのまま暗闇へ去っていった。
――……――……――
ルリビタキは空を飛びながら、ニヒロに言われた言葉を反芻する。
「(ボーラスは凄まじい再生能力を持ってるから、最初から全力を叩き込めって言ってやがったな。一撃でも貰えばまず即死だろうが……)」
見えた竜の墓場の大穴を目掛けて、ルリビタキは急降下し、待ち構えていたボーラスの眼前に着地する。
「よお」
ルリビタキが槍を手元に生み出して肩に乗せる。
「やはり貴様らか。性懲りもなく我に粉砕されに来たということだ」
ボーラスが閉じていた瞳が開かれると、ルリビタキはまるで心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
「ッ……!なんだこれ……!」
「歴然たる力の差を本能で感じ取ったか。流石の完成度だ。凝り性のニヒロらしい」
立ち上がり、凝った体をほぐすように翼を広げる。
「我を滅ぼしに来たのだろう?ならば、その汝の槍で、我を滅ぼして見せるが良い」
ボーラスは非常に大振りな、緩慢な動作で強烈な掌底を地面に叩き込む。ルリビタキは素早い動作で回避するが、地面にめり込んだ拳から、異常なまでの出力のシフルが爆裂する。ルリビタキの機動力ですら逃げ切れぬほどの衝撃が異常な速度で炸裂し、ルリビタキは反射的に竜化して防御する。そしてシフルの暴虐を潜り抜けて突撃し、槍を左前脚の肩口に突き立て、真炎を爆裂させながら切り裂く。が、傷つけられながらもその傷が殆んどタイムラグなく修復される。
「んなぁ!?」
「雑魚が」
ボーラスが上体を上げ、胸部から凄まじいシフルを放出してルリビタキを吹き飛ばす。
「イカれてんのか!?」
続けてボーラスはシフルの光線を吐き出し、ルリビタキは咄嗟に躱し、槍から真炎を吹き付ける。ボーラスの挙動は全体的に緩慢で、付け入る隙こそ非常に多いものの、どんなに全力で攻撃を叩き込もうとも一瞬で修復される。
「いかにニヒロの被造物と言えど、我を滅ぼすのは不可能だ」
「ちっ、どうなってんだよ!真炎って何でも焼けるんじゃねえのか!」
「無駄なことだ」
ボーラスが翼を畳み、力を解き放ち、衝撃と重量に耐えられなくなった岩盤が抜け、ルリビタキは急降下し、ボーラスは緩やかに旋回しながら降下する。
「さて、我は汝を滅ぼすのも構わんが、ここまで我を呼び寄せたのだ。貴様には、せいぜい退屈しのぎ程には暴れて貰わねばな」
「ナメやがって……ぜってえぶっ殺すからな!」
ルリビタキが強烈な爆光を発射し、その軌道に凄まじい爆破が巻き起こる。ボーラスは防御することなく、その攻撃を甘んじて受ける。が、まるでダメージを受けていない。
「効かんな」
ボーラスの緑色の表皮が鮮やかな赤に染まって行き、内部が透けるほどの透明度を見せるようになる。
「貴様の強度を検証してやろう」
ボーラスはやおら飛び上がる。発生したシフルを帯びた強烈な風圧がルリビタキをその場に釘付けにし、ボーラスは口許に凄まじい輝きを見せる。
「こいつは……!?」
ルリビタキはその輝きに、事前に聞いていたことを思い出す。
「まずいッ!」
そう思ったときには既に遅く、予備動作として吹き付けられるシフルの風圧でほぼ身動きが取れない。そうしている内に、ボーラスの口許から、閃光が一滴零れ落ちる。ルリビタキは思わず息を呑む。雫が地表に届く瞬間、クインエンデが急降下してきて氷の防壁を生成する。雫が地表にほどけ、想像を絶するほどの極限の衝撃波が周囲を包み込む。有り得ないほどの凄絶な衝撃波が出力に見合わぬほどの長時間続いたあと、土煙が消えて視界が戻ると、ボーラスが堂々と翼を広げてゆったりとしていた。
「主は姿を見せぬか」
ボーラスが視線を向けると、クインエンデが同じように翼を広げて答える。
「ニヒロ様はあなたのように簡単には姿をお見せにはなられない」
「そうか。つまらん奴だ」
ボーラスが力を解放すると同時に、クインエンデも力を解き放つ。クインエンデからは炎や、氷や、雷が迸り、目眩くほどの凄まじい速度で天災が次々と巻き起こる。ルリビタキも同じように力を放ち、竜の墓場はまるで世界の終わりのごとき様相を呈する。
「ふん、ニヒロめ、相も変わらず抜け目ない。寸分違わぬ計算も、どんな些細な触れ幅をも許容し、己のために変容させる。よかろう。奴が姿を見せぬのなら、まずは貴様らから消し去るとしよう」
ボーラスが翼を広げる。クインエンデの発する強大なエネルギーが翼に纏わりつき、次々と小爆発やスパークを起こす。クインエンデが頭を振るうと、次々と地面から氷柱が発生し、落雷が注ぎ、爆発する。その隅からルリビタキが弾幕のように恐るべき密度で光線を放ち、更に槍から極大の熱線を放つ。
「つまらん」
ボーラスはそう吐き捨て、全ての攻撃が直撃しつつも全く怯まず、またもや傷がついた端から消えてなくなる。そのまま、反撃に口から光線を放つ。幾重にも重ねられた二人の全ての攻撃を打ち消しながら光線は進み続け、クインエンデは咄嗟に飛び退いて回避する。光線はボーラスが吐き終わった後も延々と壁を貫き続け、やがて見えなくなった。
「射程がイカれてるだろ」
ルリビタキが愚痴ると、クインエンデが苦笑する。
「流石は原初三龍の中でも最強の王龍……この世の全ての生命の頂点に座するだけのことはある」
ボーラスは緩慢な動作で上体を上げ、シフルを噴出させつつ前脚を地面に叩きつけ、そのまま地面に押し込む。間もなく壮絶な爆発が大地から噴出する。恐るべき大爆発が周囲を包み、ルリビタキとクインエンデが防御すら虚しく吹き飛ばされる。
「終わりだ」
ボーラスが飛び上がり、大地に猛烈なシフルを吹き付ける。
「まずいぞ!次に喰らったら終わりだ!」
ルリビタキが叫ぶ。クインエンデが体勢を建て直し、全てのエネルギーを放出する。ボーラスの口許から一滴落ち、同じように想像を絶するほどの極限の衝撃波が辺りを包み込む。それと同時にクインエンデが飛び上がり、壮絶なエネルギーが解放されて、衝撃波と激突する。
「うぐぅ……ッ!?」
クインエンデが悶え、ルリビタキは凄まじい風圧に耐えつつクインエンデに力を貸す。
「しばらく耐えろ!あたしも全力出してるからッ!」
壮絶な衝撃波のせめぎ合いの後、全身に鱗が消失するほどの傷を受けたクインエンデがゆっくりと着地する。
「ぎり……ぎり……でしたが……これで……」
クインエンデが倒れ、床が崩落する。ルリビタキは宙回転して着地し、クインエンデは地面に擲たれる。ボーラスは同じように旋回して着地する。
「最下層か」
ボーラスがそう言うと、辺りの空気が変わり、どこからともなく声が響く。
「ここが貴様の墓場だ。貴様はここで、死ぬ」
王龍結界・殷々たる救済の冰獄
竜の墓場より遥かに広い、氷だけで構成された空間に出る。
「ほう、我を自らの王龍結界に引き込むとは。随分と頑張ったものだ。アラルンガルたちを使い、我をわざわざ竜の墓場に誘い込んだのもこのためか?」
倒れたクインエンデと、うずくまるルリビタキの合間から、紫紺の龍が姿を現す。王龍ニヒロが、凍れる冷気と共に顕現した。
「そうだ」
「クライシスで空の器を壊し、今ここで、我をも滅そうというか。くくっ、クハハハハ!」
ボーラスは翼を広げ、更に皮膚が透けるほどの輝きを胸部から放つ。
「いいだろう。貴様はそろそろ身の程を知る時だ。我が万物の王であることを教えてやる」
ニヒロもそれに応えるように翼を広げ、凄まじい咆哮を放つ。
「終演の時だ」
そして全てを粉砕せんほどの勢いで突撃し、それをボーラスは真正面から受け止め、薙ぎ倒し、強力な前脚で首を押さえつけて至近距離で極大の光線を放つ。ニヒロも同じように極限大の氷の光線を放ち、爆裂する。両者怯むことなどなく、単純なパワーだけでボーラスの前足をほどき、素早く地面にめり込むほどのパワーで前足を叩きつけ、尻尾の先端に力を込め、そのまま右回転して氷の連山を生み出しつつボーラスを吹き飛ばし、その勢いでバックジャンプしつつ飛翔し、氷の礫を夥しい量放つ。ボーラスはシフルを全身から放ち、礫を打ち消し、そのまま左前脚を地面に捩じ込んで、シフルの大爆発を起こす。ニヒロは氷の防壁で防ぎ、左の翼を地面に叩きつける。凄まじい氷波を飛ばし、そのまま左翼を盾にしつつ右翼から冰気を発してタックルする。ボーラスは横に飛び退き、ニヒロはその勢いで舞い上がり、急降下して強烈な冰波を放つ。ボーラスの四肢が一瞬で凍りつくが、一瞬で融ける。ボーラスは四肢から光を発し、血管が走るように体表を光の筋が覆う。
「ふん、物臭の貴様もようやく重い腰を上げたようだな」
果てしなく力を増大させていくボーラスを見て、ニヒロは皮肉っぽく吐き捨てる。
「我ら王龍にとって、悠久の時の流れすら数瞬にも満たぬ。不服だが、我と対等と言えずとも戦えるのは、エメルと、貴様だけ。ならば、貴様が我の前に敵意を持って現れたのなら、我が力の全てを以て、滅殺してくれようぞ」
「そうこなくてはな。行くぞ」
ニヒロは身体の端々が凍りつき、自分自身を冰塊へと変えて高空に瞬間移動し、落下する。接地すると同時に冰塊は砕け散り、凄まじい寒波と猛毒が飛び散る。毒で焦げた鱗が燐のように身体の周囲に舞う。
「認めたくはないが、貴様には我を楽しませるだけの力がある」
寒波と猛毒を翼で防ぎ、翼を広げたボーラスが呟く。
「生憎だが、貴様はここで死ぬ。せいぜい、破滅までの一時を楽しめ」
ニヒロが翼から凄まじい冷気を発射して超加速し、ショルダータックルを放つが、ボーラスも翼を盾にしつつ同じようにタックルをぶつける。視界に捉えられぬほどの速度で衝突しあった狭間で、凄まじい力の反応が発生する。氷の足場は一瞬で散々に砕け、両者は翼を広げて飛び立つ。ボーラスが右前脚を振るい、暴力的なまでの出力のシフルが爆裂し、ニヒロが瞬時に張った氷と猛毒の壁を、ビスケットのごとく貫通してニヒロを吹き飛ばす。直ぐ様受け身を取り、ニヒロは体色を白紫に変色させ、強烈な紫雷を放つ。再び炸裂したボーラスのシフルがそれを打ち消し、両者は急接近して、ニヒロは左右に振れながら、ボーラスは直線的に攻めながら、超威力の攻撃をぶつけ合うドッグファイトを繰り広げる。
「どれだけの力で攻撃しようと、どれだけの時間戦い続けようと、貴様が我を葬ることはない」
「貴様を葬れるとは俺も思ってはいない。だが、貴様はここで死ぬ」
至近距離で破滅的な威力の攻防を繰り広げている最中、ボーラスがその言葉に眉をピクリと動かす。
「なるほどな。我をここに閉じ込めるということか」
「俺の結界を貴様にくれてやる。さしもの貴様も、同じ原初三龍の封印ならば動けまい」
空間が収縮を初め、ボーラスの表皮が凍りついていく。
「ふん。こうまでして我を排除したいとはな。いいだろう。ならば、しばしの間、貴様の願いに応えてやる」
ボーラスは身体が氷結していくのを、甘んじて受け入れる。
「礼は言わんぞ。最後の刻まで、そうしていろ」
ニヒロはそれだけ告げて、自らの王龍結界を後にした。
竜の墓場
ニヒロは砕けた自らの翼を修復させ、倒れていたクインエンデの首を尻尾で持ち上げる。
「起きろ。目的は果たした」
クインエンデは朧気に目を開く。ニヒロは彼女を捨てるように離し、ルリビタキの方を向く。
「帰るぞ。もうここに用はない」
と、奥からアラルンガルとタンガロアが現れる。
「終わったか」
アラルンガルとニヒロが視線を合わせる。
「なぜ、ボーラスをこうまでして退けようとした」
「貴様には関係のないことだ。場所を提供したのは、感謝を示してやるが」
「ふん」
彼女は目を伏せて少しだけ頷くと、タンガロアの方を見る。
「我らはこの世の
アラルンガルはタンガロアの触腕を撫で、ニヒロへ視線を戻す。
「ユグドラシルはここには訪れまい」
ニヒロはそう言い残すと、凄まじい冷気を発射しながら飛び去っていった。ルリビタキとクインエンデもそれに従って飛ぶ。
渾の社
大社の帳の向こうにシルエットだけが見えるユグドラシルが、ゆるりと尾をしならせる。
「ニヒロがボーラスを閉じ込めたか。元より、きゃつは余にもニヒロにも、直接の脅威とはなるまいて」
そして尾の先端で、帳を持ち上げる。
「だがきゃつとしては珍しい。必要だから、ではなく、単なる私怨で動くとはな。そうは思わぬか、ソムニウム」
ユグドラシルの視線の先には、大社の柱に寄りかかった零がいた。
「どうでもいい」
零は淡々と言葉を発した。
「ふふふ……そうか。余はニヒロと長年知恵で戦い続けてきた。その好敵手とも言える者の意外な側面を見られたとなれば、殊更に喜ばしいことよ。きゃつは冷静なように見えて、怨みは後々まで残しておく龍だったとな」
「……」
真白い前脚で書物の頁をめくりつつ、ユグドラシルは笑みをこぼす。
「そんなに嬉しい」
「ああ。我らは互いに腹の探り合いを延々としているからな。多くを知れば、それだけ急所を突く計画が立てられる」
「なるほど」
「よもやよもや。これほどの大きな隙をあちらから見せてくれるとは、今日はまことによき日よ。ソムニウム、ユノとジュノンを呼んで来よ。余が甘露を振る舞ってやろう」
「わかった」
零が大社を去り、ユグドラシルはしばしの間、笑みを浮かべ続けるのだった。
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