エンドレスロール:暗き底の冥河
エンドレスロール 忘れられし裁きの星河
星空に埋め尽くされたような空間に、無明の闇で足場が象られていた。円形の広い足場には、暗緑色のボーラスが佇んでいた。
「遂に我の下に来たか」
伏せていた眼を開き、正面を見やる。立っていたのは、総身から蒼黒の闘気を発するハチドリだった。
「ジーヴァはソムニウムではなく貴様に託したか。ニヒロとユグドラシルを一人で下した実力、上々だと言えるだろう」
「生命の王……」
「如何にも。我こそは〈生命最高の王〉原初三龍が一、王龍ボーラスだ。創世のコトワリにおいて、中庸を司るものでもある」
ハチドリが脇差を抜き、その刀身に赫赫たる怨愛の炎が宿る。
「極楽浄土の顛末……当然我も見ていたが、貴様も哀れな兎よ。なまじ武に秀でていたがゆえに宙核に見初められ、奴の妻というこの世で最も苦難を齎す道に捻じ込まれた。だが……貴様のその炎の色、この運命も満更でもなさそうだな」
「私は自分の意志で、旦那様に全てを捧げ、旦那様の全てを託された。平和を食い破り、永久に戦禍が渦巻き続けることを……成すために」
「我は退屈な仕組みに閉じ込められた、生命と言う存在が何を成そうと干渉するつもりはない。エメルや貴様がもし、レメディを葬ろうとしても、貴様たちから我を狙わぬ限り相手をするつもりはない。それどころか……我と貴様には、似た役割がある」
「似た……役割?」
「我も貴様も、命の循環を監視する役割に押し込められたと言うことだ。生きている者にしか出来ぬこと、それを率先して行い、そして怠るものを激しく罰する、そういう役割にな」
「……」
「貴様の中に宙核とジーヴァが居るのなら当然貴様も知っているだろうが、以前は宙核がそれをやっていた。そうだ、蒼の神子と言う自ら呪われに来た獣と共にな」
「奥様……」
「女神より零れた三果実……盲目の王が落とした瞳……原初三龍を除いた命の最高点、それらと我は生命の成すべきことを行い続けた。喰らい、分かれ、産み、模索し、進化する。一か所に留まらず、常に回転し続ける。その命の循環を、強制する、実践する、ひたすらにな」
「……」
「現実では、貴様と我が刃を交えることは決してない。命の循環と、永劫の戦禍は表裏一体。干渉するものではなく、共にあるものだからだ。だがこのルナリスフィリアの記憶の世界では違う」
ボーラスの言葉に対し、ハチドリは脇差を構えて応える。ボーラスは身をまるめていたところから両翼を広げ、咆哮する。
「ソムニウムとディードが我を上回る力を誇るのは既に知っている。貴様が本当に我を超越した存在なのか……知りたい」
「喜んで……」
「これが知識欲か。確かに蠱惑的なものだな、アプカル」
鈍重な動きから右前脚を叩きつけ、前方扇状に強烈なシフルを噴出させる。ハチドリが瞬間移動で避けつつ右前脚に脇差を突き立て、捻じ込みつつ切り開く。だが傷口は切り裂かれつつ修復され、最後には突き刺さったままの脇差が修復した皮膚に捕らえられて抜けなくなる。
「ッ……!?」
「ジーヴァと切り結んだのなら知っているはずだ。我の体はメギド・アークが龍の形を成した、純シフルエネルギーそのものだとな」
ボーラスは軽く力んで波動を放ち、ハチドリを脇差ごと吹き飛ばす。
「だが我とて不死身と言うわけではない。貴様と同じだ。生命力が尽きれば、それで消えてなくなる」
挑発するように右前脚を掲げて足の甲を見せつける。
「我は少しの力も出してはいない。この指の一本でも吹き飛ばして見るがいい」
返し、指先からそれぞれ光線を放つ。ハチドリは分身を盾にして光線のそれぞれを潰しながら急接近し、撒き散らした火薬がボーラスの眼前で蒼黒い爆発と共に赫赫たる火炎を吐き出す爆発を起こして視界を潰す。そして赤黒い太刀を抜き、紅雷を落として帯電させ、そのままボーラスの右前脚を根元から断ち切……った瞬間に再生し、ハチドリは左前脚に掴まれ、投げ飛ばされる。即座に受け身を取って立て直すと、ボーラスは追撃することなく悠々と構えている。
「ふん、この速度で脚を斬られるとはな。天国の外側……既存の全ての規範から解放され、戦いに狂い続ける楽園……それを導くに相応しい実力と言うことか」
そう呟いて、胸部から凄まじい輝きが放たれ、体表を血管のように巡る。凄絶に過ぎる輝きが宿り、全身が鮮やかな朱に染まる。
「貴様はあらゆる戦いの経験を啜り、無尽蔵に強くなる。そうだ。既に殆どの者が歯が立たぬ貴様は、まだここから強くなり続ける」
右前脚を全力で振り抜き、恐るべきシフルの波動と共に扇状にシフルの爆発が続く。ハチドリが難なく躱した瞬間に、偏差射撃的に口から極太の光線を放ち、読み通りに直撃させる。ハチドリは咄嗟に右半身に鋼を纏い、右腕で光線を一旦受けてから爆発しつつ瞬間移動し、ボーラスの頭上で莫大な火薬を撒き散らす。
「この世の涯はただ一つ……」
赤黒い太刀を抜いて紅雷を落とし、それで着火させて壮絶極まる大爆発を直撃させる。ハチドリは斜め後方に着地しつつ薙ぎ払って電撃を与え、蒼い太刀に持ち替えて舞うような連撃から、怨愛の炎でリーチを伸ばした状態で横縦と渾身の力で振り抜く。
「戦いに尽きる、死の淵のみ」
土煙を払ってボーラスが飛び上がり、直下に蒼炎を吐き出す。
「フハハハ!よかろう、修羅!貴様の力に応え、我が根源、見せてやろう!」
一瞬にして地表は蒼炎に覆われ、ジーヴァのものよりも遥かに威力の高いそれによってハチドリは全く身動きが取れない。そして蒼炎が満ち満ちたと同時に螺旋を描いて微上昇し、極限まで凝縮された純シフルの雫を一滴落とす。ゆっくりと落ち、地表に触れた瞬間にほどける。比肩するもののない絶対的な衝撃が解放され、一周回って生命の息吹を感じるほどの力がのたうち回る。ハチドリは敢え無く吹っ飛び、激しく後方に引きつけられ、受け身も取れずに地面に叩きつけられる。すぐに立ち上がり構え直し、ボーラスはゆっくりと着地する。
「なるほど、これが死力を尽くすと言うことか。宙核、貴様がこれに魅せられたこと、理解を示さんこともない」
「旦那様の、ため……」
「
ボーラスは四肢でしっかりと地面を捉えると、彼の下に、まるで召し寄せられるように大量の純シフルが集結していく。表皮には血管のごとく巡り、翼膜に碑文のごとき模様が浮かび上がる。
「我が貴様を上回る事よりも、貴様がディードを上回るか、それを知らず消え去るのは実に惜しい……」
次の瞬間、先ほどの雫と同等の威力の衝撃波が解放され、更にもう一度閃光が迸り、激甚な衝撃波が轟く。ハチドリは全身に鋼を纏いつつ、籠手から展開した鋼の盾で受け切る。眼前に現れたのは、余りにも凄まじく迸るシフルエネルギーによって完全に透き通り、白い炎を漂わせたボーラスの姿だった。
「アルヴァナが崩れ去ることなど読めていた。だが……ディードに摩さんとする存在が、この世に再び生まれ落ちるとは思わなかった」
「私は……旦那様の、願いのため……」
「それでいい。貴様の力を、その極限を、我に見せてみろ」
ボーラスが咆哮すると、極彩色の波動が解き放たれ、今まで燃え盛っていた怨愛の炎が消し飛ばされる。
「吹き消えた焔……月と太陽の狭間に浮かびたる、中庸の牢獄」
「ニルヴァーナ……」
左前脚を振り抜くと、波動と同じ色の連続的な爆発と共に、扇形の光の柱が次々と生成されて弾け飛ぶ。それを合図に、ボーラスの動きとは関係なくハチドリを狙う光の柱が次々と生成されては消えていく。ハチドリは分身を盾にしながら潜り抜けつつ太刀を振り下ろす。しかし、ボーラスの周囲に湧き出る凄まじいシフルエネルギーに阻まれ、ボーラスの表皮が変形して棘となり、ハチドリを突き刺さんと狙う。棘はハチドリの鋼の鎧を貫通することなく、鈍い金属音を撒き散らして拮抗する。左手で棘を掴み、握り潰しつつ蒼黒い闘気を発し、太刀をボーラスの左目に突き刺す。
「涙か。龍の涙を拝む……修羅が成すべきこと、その一つだな」
極限まで凝縮されたシフルの雫がカウンターのようにボーラスの額から飛び出て、即座に爆発する。当然のようにボーラスは自爆することなく平然と空へ飛び、ハチドリへ向けて雫を乱射する。超新星爆発のような煌めきが無尽蔵に乱造されていく。想像を絶する威力の最中をハチドリは鎧を硬化させ続けて突っ切り、それに応えるようにボーラスは威力を跳ね上げた雫を吐き出し、それは絶対に躱せない力を帯びてハチドリへ向かう。着弾した瞬間、閃光が全てを包み込み、あらゆる形容詞が生温いとばかりに焼却する。響き渡る絶類なる衝撃波が空間を引き裂き、割れたそこから次元門が飲み込もうと溢れ出てくる。
「覚悟……!」
ハチドリは雫の威力を耐え抜いて現れ、肉薄した瞬間蒼黒い闘気を帯びた太刀を突き立て、火薬を撒き散らしつつ赤黒い太刀を抜き、紅雷をボーラスの核へと飛ばしつつ、その先端に宿した蒼黒い闘気で攻撃する。紅雷が核に届いた瞬間、ボーラスの体の構成が乱れる。
「……」
生じた隙に乗じてハチドリは核へ肉薄し、蒼い太刀を深々と突き刺す。そこから滴る白い炎の雫を左手で受け、ボーラスは霧散していく。
『貴様の内側から、貴様の辿る末路を眺めてやろう。くれぐれも退屈させてくれるなよ』
雫が取り込まれると同時に、核も消滅する。やがて空間の全てが次元門に飲み込まれ、視界が白ける。
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