エンドレスロール:アストラム・コルンツ
エンドレスロール 政府首都大橋
そこだけ分断されたように濃霧の立ち込める中、潜り抜けるとそこは、超越世界の政府首都に掛けられた大橋だった。
「……君か」
バロンの視線の先には、こちらに背を向けたアストラムが腕を組んで立っており、傍に双頭斧が突き刺さっていた。
「なあ、バロンの旦那よ」
「……何か」
「俺たちは戦うために生まれてきた。そうだよな」
「……そうだな。他の存在がどうかは知らないが、僕と君は少なくともその見解で一致しているだろう」
アストラムは振り返りつつ、右手で双頭斧を掴む。
「ここじゃありとあらゆる強者と、永遠に、自分が死ぬかどうかすら気にせずに戦い続けられる。だが俺はよ、この空間の欠点を見つけちまったのさ」
「……」
「死への恐怖や好奇心が薄れるってところだ。どれだけ命をかけて、限界まで削り合ったとしても、死んで蘇ってまた同じ対戦カードでぶつかりゃ同じことだ」
「……一口に戦闘狂と言っても、色々な嗜好の存在が居る、それだけのことだろう。君は死線が見える戦いにこそ喜びを得る。僕はただ、自分と同じか、それ以上の力を持つ相手と暴力をぶつけ合うことに快感を得る。己の力を誇示するためだけに戦うとしても、強者を狙うか、同格のものと鎬を削るか、弱者を嬲るか……多くの複合的な視点があるものだ」
「バロンの旦那、俺はあんたが俺に死を思い出させてくれるって信じてるぜ」
「……善処しよう」
バロンが拳を構えると、アストラムは双頭斧を引き、低く構える。そして素足とは思えぬほどの鈍い音を合図に戦闘が始まる。
アストラムが低く跳躍する。まるで何らかの飛翔体のように高速で接近し、双頭斧の薙ぎ払いから、大きく翻って捻りをかけつつ、縦に振り下ろす。バロンは薙ぎを左腕で受けるも、火花を散らしながら表皮を削り取られ、続く縦振りを後退して躱す。橋に突き刺さった双頭斧を引き抜きつつ尾側の刃を振り上げ、その振りの勢いに任せて頭上で腕を一回転させてもう一度振り抜き、そのまま体をしならせて蹴りを繰り出し、空中を蹴って後退する。バロンは双頭斧による二回攻撃を防御し、蹴りを左手で強く弾き返し、飛び退く彼女へ闘気を繰り出して、想定外に吹き飛ばす。アストラムは空間を大きく使って立て直し、着地する。
「攻めが甘いな、バロンの旦那」
「……どうだか。競技ならば消極的なのは問題だろうが、これはあくまで死合いだ。無理に絵面を派手にする必要もない」
「んなら、一足先に地獄に墜としてやるよ!」
アストラムの表皮はヘドロ状の闘気に覆われる。竜化したようだ。如何にもな爪が歪に生え揃った左腕を伸ばして、貫かんとする。しかし地面から湧き出た鋼の盾が左腕を切断し、バロンは光の速さで彼女へ肉薄する。当然、守りの薄くなった左半身へ拳を繰り出す。双頭斧はその長さゆえに超近接戦闘向きではなく、だがアストラムは、胴体から爪と似たような鋭利な突起を生成し、一気に伸ばすことでバロンを貫く。力むことで全て砕くが、生じた隙を潰しきれず、バックステップから大きく振りかぶったアストラムの一閃が直撃し、大きく後退させられる。
「……ふむ」
「旦那、あんたも感じてるんじゃねえのか。ここは物足りない。いや、永遠に戦い続けることそのものが、求める快楽とは程遠いってことを。戦いに飢えてるならわかるはずだぜ、死んでも蘇るって事実は、この上なく戦いを白けさせるってことを」
「……すまんがアストラム。僕は、戦いを惰性のものにしたい。何の緊張もなく、何も思わず、ただひたすらに、戦い続ける。それが僕の望む戦いの世界だ」
「はんっ、まああんたのことを否定するつもりはねえよ」
双頭斧の尾側を橋に突き刺し、振り抜く。するとヘドロの波が橋いっぱいに広がり、バロンへ突き進む。バロンも竜化し、鋼の波を生み出して迎え撃つ。
「なあ旦那よ、俺に足りなかったのはなんだと思う」
「……さてな」
アストラムは右手に幻影剣を生み出す。
「つっても俺は、大概何でも出来んだ。だが足りねえのは……」
そして握り潰す。
「腕力だよ、単純にな」
彼女は力み、身を屈める。すると背から一対の巨大な腕が生えてくる。急に飛び上がり、背腕を揃えて橋に叩きつける。一直線にヘドロが沸き上がり、続く猛獣のごとき気迫の接近から、殆ど後隙など考慮していないような豪快な薙ぎ払いを繰り出してくる。
「……違うな、アストラム」
薙ぎ払いが届く前に黒鋼の右腕の振り上げによって胴体に斜めの傷がつけられ、そこに、両手を合わせた掌から鋼の激流が放出され、アストラムは吹き飛ぶ。立ち上がるとともに彼女の体に纏わりついていたヘドロの鎧が消える。
「……君の中には実に多くの力が渦巻いているが……君自身はどこに行った」
「……?」
「……それがわかったらまた相手をしよう」
黒鋼は竜化を解きつつ、濃霧の向こうに立ち去った。
「ちっ、後味悪ぃな」
ぼやきつつも、アストラムは橋の欄干に腰かけて休憩するのだった。
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