エンドレスロール:月影の女帝
エンドレスロール 月詠の帝都アタラクシア
上空に浮かぶ巨大な空中要塞、その中枢たる広間にて、白金蜂美は玉座に座っていた。
「我が治世を侵すものは無し、今日も実に平和なものよ」
肘をついて拳先に顎を乗せ、吐息を一つ。
「欲を言えば、そなたにも姿を保って傍に仕えていて欲しかったものだ、バロン、我が愛しき夫よ」
呟くと同時か否か、広間の正面、巨大な門が焼失し、片角の鬼が現れる。
「礼儀のなっていない小娘だ」
蜂美が不敵な笑みを向けるが、ハチドリは常日頃と変わらぬ薄ら笑みを崩さずに歩み寄る。
「ん……ほほう、なるほどな。その腹の中に我が夫と同じ気配を感じる……
「旦那様の望みは……終わりなき戦乱……」
「旦那様、とな。くはは、羨ましい、羨ましい限りだ……」
蜂美は組んでいた足を入れ替える。
「男に阿る人生を歩みたかったわけではないぞ?自分を常人と信じてやまぬものはすぐに揚げ足を取ろうとするが」
ハチドリが脇差を抜刀する。
「ただ……バロンと、そういう形で愛し合ってみたかった、ただそれだけのことよ」
「旦那様の中に、私はいない。もちろんあなたも。あの人の中に居るのは奥様と、僅かな好敵手のみ」
「知った風な口を……と言いたいところだが、そなたから感じる意志の姿は、間違いなく我が夢見たバロンのそれだ」
蜂美は立ち上がる。
「いいだろう。そなたの力、我が試してやる」
左手に刻まれた
「そなたの名を聞いておこう」
「ハチドリ」
「良い名だ」
蜂美が杖を振るって赤黒い電撃を繰り出すと、ハチドリは脇差で受け止めて薙ぎ払い、電撃を返す。杖が電撃の刃を纏って二刀流となり、蜂美は姿を消す。大量の分身をばら撒いて幻惑しながら、ハチドリの背後を取って凄まじい速度の連続刺突を放つ。ハチドリは体を向けるのが遅れていたが、こちらも分身を使い、それを盾にして躱し、向き直って舞うような連撃を繰り出す。お互いの攻撃が打ち消し合い、レイピアで脇差を強く弾いて杖で首筋へ突き入れる。ハチドリは左手で脇差を強く握り締め、火薬に着火させて暴発し、右に自ら吹き飛ぶ。杖が虚空を突き、脇差から太刀に持ち替えたハチドリは着地し、左半身を引いて構え、怨愛の炎でリーチを増強して横、縦と続けて薙ぎ払う。咄嗟の防御を真正面から貫通して大ダメージを与えつつ押し込み、脇差を力強く抜刀して真空刃を繰り出し、推進も無しに直接蜂美を切り裂く。
「くっ、なんという絶技!」
蜂美は大きくよろけるがすぐに立て直し、両手を杖に持ち替えて床を叩き、帯電した結晶を発生させて滑らせる。ハチドリは律儀に横から回り込んで結晶を躱しつつ接近すると、杖から魔力球の怒涛が注いでくる。着弾するごとに小爆発し、滞留して電撃のトラップをいくつも生成する。ハチドリの眼前にその内の一つが着弾したことで急ブレーキをかけ、脇差を床に突き立てて振り上げ、強烈な熱波に蜂美を巻き込む。流石の熱量に魔力球の発射を中断させられ、ハチドリは続けて火薬を脇差に乗せて放り、着火して蜂美が爆発する。次いで左手から莫大な量の火薬を撒き散らし、脇差の切っ先で着火して凄絶極まる爆炎を自分中心に巻き起こす。蜂美は分身を活用した瞬間移動でなんとかそれから逃れ、玉座を背にした立ち位置に戻る。ハチドリがそちらへ向き直ると、右半身は鋼に包まれ、左半身は怨愛の炎に包まれていた。
「紅く、眩い怨愛の炎……これほどまでの熱量を持ちながら、これほどまでに紅い炎を滾らせるとはな……純粋ゆえに、疑うことを知らない、そなたに最初に唾をつけた、バロンの慧眼と言えるか」
「死の色、命の色……」
ハチドリが左手を翳すと、蜂美の体が不意に燃え上る。
「もうそなたを塗り替えることは誰にもできないのだろうな……そうだな、バロンの意志の全てをその腹に宿した、そなたのその在り様こそが……奴の、子供ということか」
蜂美は炎を打ち消す。いつの間にか得物が変わっており、左手には星虹剣、右手にはルナリスフィリアが握られていた。
「子とは往々にして分かり合えぬものよ。母に加勢したかと思えば、ただ剣を二振り託したのみで立ち去ろうとは」
そして彼女は着地し、鋼の鎧を纏う。
「のう?そなたも己の腹に宿った、戦乱の種……それの考えていることなど分かるまい?」
「……」
ハチドリは左手で下腹部に触れ、離し、掌を見る。そこにはべっとりと液状の鋼が付着しており、それは沸騰したかのように波打って掌に吸収される。左手を握り直し、蜂美へ視線を向ける。
「旦那様が望むものを遺し続ける……それが私の存在意義。子の意志など知らぬ。世の意義など知らぬ。ただ、永久に平和が訪れないこと、戦い続ける歓びを……世界に撒き散らすためにここにある」
「……。ふん、理解できないな、相も変わらず」
「この炎は、そのためにある。際限なく戦火を広げ、全ての平和と平穏を焼き溶かし、次元の全てを混沌で覆い尽くすために」
「虚しいとは思わないのか?」
「虚しいことは、この世に有るもの、無いもの、その全て」
「根本から発想が違うらしい」
蜂美はルナリスフィリアを横に振り、虚空を割って次元門を解放する。ハチドリは噴き出るシフルの暴威を脇差で受け止め、一瞬その勢いを押し返して斬り払う。次元門は縦にも割かれ、ハチドリとは反対側、つまり蜂美の方にもシフルが解放される。彼女は瞬間移動で避けるが、両側にシフルを噴出する次元門は螺旋状の勢いを纏って、二人を吸引する。ハチドリは脇差でシフルエネルギーを掠めつつよろけた蜂美へ急接近し、吸い込まれつつも器用に位置を合わせ続けて舞うような連撃をぶつけつつ、一振りごとに直前に火薬を撒き散らし、怨愛の炎と真空刃を組み合わせた怒涛の猛攻を叩き込み、次元門の閉鎖と共に火薬を撒きつつ飛び退き、同時に怨愛の炎で苦無を象って三つ投げつける。蜂美は次元門へ逃げ、ハチドリの背後の空間を突き破って交差した剣を振り抜く。が、剣は虚空を切り裂き、大量の火薬と共に分身が残されており、爆発する。ハチドリは頭上から蜂美に飛びつき、脇差を首筋に強引に突き立てて引き抜き、飛び退く。着地しつつ納刀し、背の太刀に右手を伸ばす。
「させんぞ……!」
先手を打って蜂美が星虹剣を突き出す。ハチドリは即座にそれを見切って右手を脇差に戻して抜刀しつつ、勢いよく蜂美の左腕を切り落とす。主の手を離れ宙を舞う星虹剣を即座に飛び上がって奪い取り、脇差と共に腰に佩く。蜂美はルナリスフィリアを突き出し、切っ先から光線を放出する。ハチドリは太刀を抜き、その腹で光線を受け止めながら重力に任せて落下し、だがそれで光線を押し切り、一閃にて怯ませ、翻って兜割を繰り出しつつ着地する。
「さらば」
ハチドリが立ち上がってそう言うと、蜂美は悪魔化が解けつつ後退する。
「修羅か……くくっ」
蜂美は乾いた笑い声を上げ、ルナリスフィリアへ視線を落とす。
「そういうことか、ソムニウム……修羅と切り結ぶ、その盾とするために……」
背から倒れると同時に塩となって砕け散り、ルナリスフィリアを手放す。ハチドリはそれを拾おうと歩み寄るが、ほどなく激しい閃光に包まれて消える。
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