エンドレスロール:トキシック・ヒューマニティ
エンドレスロール コモンパージスフィア
壁を突き破り、ルクレツィアが吹き飛んでくる。大量の瓦礫と共に広い円形のフィールドに叩きつけられ、遅れて変異したトラツグミが着地する。
「はっ、案外苦戦するもんやな……」
ルクレツィアは刀を構え直し、正対する。トラツグミは右腕を蔦に変え、触手のように伸ばして狙う。右へのステップで躱し、刀を振って結晶の刃を飛ばし、体表で炸裂させる。飛び散った白い粘液が床に付着し、爆発する。トラツグミが怯みつつも咆哮で気勢を取り戻し、右腕を元に戻しつつ大きく振りかぶり、叩きつけ、即座に左腕でも同じ攻撃を繰り出す。ルクレツィアは納刀しつつ素早くステップで後退し、左腕の振り下ろしに合わせて電撃を帯びた神速の抜刀術を解き放ち、瞬きの内にトラツグミの左腕を切り飛ばす。飛んで行った前腕部はしばらく単独でのたうち回った後に消滅し、トラツグミは左腕を再生する。ルクレツィアはその僅かな隙を見逃さず、今度は前方へのステップで一気に距離を詰め、抜刀しつつ切り上げを放ち、自身が飛び上がりつつ納刀し、降下しつつ抜刀することで、トラツグミを両断する。油断せずルクレツィアは反転しつつ飛び退く。二つに分かれてしまったトラツグミの体は、白い蔦が絡み合うことで接合され、また一個の生物のように振る舞い出す。
「ほお、見上げた根性やな。グラナディアの研究の完成形、魂魄大甘菜か……」
ルクレツィアは一歩下がり、周囲に目を向ける。フィールドの外周、擂鉢になっている壁面には、なんらかの物体が充填されているであろうタンクが、四つ各方面に設置されていた。
「(ここがコモンパージスフィアの〝処理場〟っちゅうことか……)」
正面へ視線を戻し、唸るトラツグミを睨む。
「(ゼロ兄とかホシヒメのパワーならともかく、ウチの手札じゃこいつを安全に仕留め切るんは土台無理な話や。使えるもんはなんでも使っとくべきやな……)」
思案しているとトラツグミが真っすぐ突進し、ルクレツィアは飛び上がって躱して、結晶を爆発させてタンクに張り付き、刀を突き立てて切り開く。そこから溢れ出したのは、液化した無明の闇混じりのシフルだった。
「おおっ!こいつなら……!」
フィールドにシフルが流れ込み、薄く水面を張ってトラツグミの足元を浸食していく。
「おのれ……!」
トラツグミは初めて声を上げ、右腕を蔦に変えて伸ばす。ルクレツィアは竜化して飛び上がり、躱して体を翻し、結晶の楔を他の三つのタンクに直撃させ、液化シフルを流出させる。フィールドは瞬く間に液化シフルに埋め尽くされ、トラツグミは呻きながら水面で暴れまわる。同時にけたたましいアラートが鳴り始め、目に突き刺さるような赤の警告灯が光る。
『パージシーケンスに異常発生。緊急隔離モードに移行します』
「緊急隔離モードやと?」
ルクレツィアが鳴り響くアナウンスの意味をわからずにいると、フィールドを囲むように作られていた作業場や操作盤を備えた区画の窓に隔壁が降りていく。
「なるほどな……」
液化シフルの排水を伴いながら擂鉢状の壁が下降していき、フィールドは壁分拡大する。ルクレツィアが人間態に戻って着地すると、黒い岩塊のごとくなっていたトラツグミが開かれ、巨大な怪物となった威容を現す。
「明人……様ァァァァァ!」
トラツグミは巨大な四つの腕で乱雑な叩きつけを繰り出す。サイズもさることながら、先ほどよりも極端に密度が増加しているのか、一撃一撃が非常に重く床を揺らす。
「ちっ……無明の闇だと殺しきれんか……」
ルクレツィアはその殴打を躱しつつぼやく。
『異物排除システム、実行』
アナウンスが響き、フィールドが拡大したことで新たに現れた壁に配備されていた非常にSF的な大型銃を照らすように、光が灯る。
「ウチはあんまり銃は得意やないんやけどなぁ……」
薙ぎ払いを逸し、大型銃目指して駆け出し、続く叩きつけをスライディングで躱す。壁に掛けられた大型銃の上部にある取っ手を鷲掴んで強引に引き剥がし、即座にその場を離れる。
「んと……そもそもウチが使うにはデカすぎるし……まあええわ……」
なおも続くトラツグミの猛攻を飛んだり跳ねたりで躱し続け、銃本体に付属しているホログラムの取説を読む。
「えーなになに……『月香獣、零血細胞、E-ウィルス、無明の闇、シフルエネルギーその他を強制的に非活性化させる〝複合崩壊誘発機能付 歩兵用汎用ステイシスライフル 電磁砲タイプ〟』……その他って曖昧やな、なんやねん……どわっと!?」
ルクレツィアはトラツグミの腕の薙ぎ払いを間一髪、刀で防ぐ。しかしその強烈な一打によって吹き飛ばされ、壁に激突するギリギリで速度を殺す。
「ああもうええわ!ウチは機械も苦手やねん!とりあえず撃てばええんやろが!」
ルクレツィアは体格に合わないステイシスライフルを、姿勢を低くして強引に構え、トラツグミの動体らしき部分に狙いをつけてトリガーを引く。明らかに一人で使うものではないような反動と共に物質的な弾丸が凄絶な威力を帯びた電撃と共に解放され、弾丸が貫き作ったトラツグミの傷跡を電撃が強引に押し広げる。ステイシスライフルは白煙を上げ、ホログラムのエラー表示にて〝エネルギー不足〟と啼く。
「一発だけかいな!?外したらどうするつもりやったんや!」
ルクレツィアのツッコミに応えるように、壁に埋設されていたステイシスライフルを保管したポッドが大量に現れる。
「最初から出しぃやそんなもん……!」
持っていたステイシスライフルを放り投げ、近場にあるものから手当たり次第に取り出してトラツグミへ発射していく。一発ごとにトラツグミの体の崩壊は加速していき、やがて地に伏せる。
「そろそろ終いや、鵺!」
ルクレツィアはエネルギーの充填されたステイシスライフルをトラツグミの頭部まで運び、その脳天に突き付ける。
「とっとと飼い主のところに尻尾巻いて帰るんやな、コラァ!」
接射による絶大な破壊力でトラツグミの頭部は吹き飛び、上半身もすべて粉々に砕け散る。ルクレツィアは反動で後方に吹っ飛び、その勢いでステイシスライフルを手放す。
「ふぅ……へへっ、どんなもんや……よっこらせっと」
ルクレツィアは立ち上がり、一息つく。
『脅威の排除を確認。通常運行モードに移行』
アナウンスが流れ、ステイシスライフルの格納ポッドは壁に戻り、擂鉢状の壁がせり上がり、隔壁が収納される。
「想像より苦戦したわ。これは割増料金やな」
そうぼやいて、ルクレツィアはその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます