第157話 晴れ時々爆弾~前編~


 さて、実際のところ、状況はそれほどのんびりとしていられるものではなかった。


 『大森林』を離れた俺たちは、最短ルートでブラックホークを巡航速度を超えた速さで飛ばし帝都へと直行。その際に飛んだ高度にしても3000mの高高度を飛び、飛龍ワイバーンなどの攻撃性の高い魔物からの襲撃を避けたため、不意の攻撃を受けてブラックホークがダウンするような展開にはならずに済んだ。

 俺の持つ不運レベルなら、起こっても不思議じゃないだけに道中の冗談にもできやしなかった。


「世はなべてこともなし、か。このままそうあってほしいもんだねぇ」


 往路で使ったワイバーンとは違って、ヘリでの移動は乗員への負担が著しく低減されるため、ブラックホークの航続距離ギリギリ近くまで巡航速度で飛び、そこで燃料を補充して再度帝都へ向かうという強行プランをとることにしたのだ。『レギオン』様々である。

 とはいえ、途中で安全地帯を探して給油時間を兼ねた休憩時間をとることにはなったが、往路のように強行軍に慣れていない人間はいないため、食事を含めさくっと済ませることができた。

 しれっと操縦士パイロット副操縦士コ・パイロットが混ざって、用意したメシを食べていた気がするが、やはり深く気にしてはいけないと思う。


「助かった。また頼むぜ、デリバー1」


『お呼びとあらば即駆けつけるぜ、ドラグナー 。だが、次はちゃんと装備が整ったヘリで頼む』


 戦闘以外の会話もこなせるらしい。なんという、たとえボッチで召喚されても心細くならない能力だろうか。俺みたいに異世界に転移転生させられるヤツがいたら、是非備わってやって欲しいと切に願う。


「……努力はするよ」


 帝都郊外にある人気のない草原に降り、どうも疑似人格らしきものを持っているらしいパイロットとコ・パイロットに苦笑交じりの軽い敬礼をして別れを告げてから、俺はブラックホークを魔力へと還す。


「……いや、もう慣れたつもりではいたんですけど、クリスと付き合っていると驚きの最低ラインがどんどん上がっていきますよね」


 その魔法では説明のつかない光景を、務めて感情を表に出さないように眺めていた叔母であるブリュンヒルト。

 帝国聖堂騎士団の鎧に身を包んだ姿は、相変わらず磨き上げられた細身の剣を連想させるほどに美しい。

 しかし、そんな彼女も、さすがに腰に手を当ててはいるが、少しだけ表情が引きつっていた。

 ブリュンヒルトには、途中の給油時に無線で帝都のヘルムント経由で連絡を取り、ヘリを降りてから乗り換える馬車を用意してもらっていたのだ。


「やぁ、お久しぶりのところすみません。ブリュンヒルトおば――――」


 近寄りながら挨拶をしようと口を開いたところで、瞬時に浴びせられる無言の圧力プレッシャー……! この感覚はヤバい!


「――――姉さん」


 身の危険を感じ、慌てて言い直す俺。うーん、ブリュンヒルトもまだ20代前半だったはずなんだけどなぁ。

 と、そこまで考えて、俺は大事なことに思い至る。

 あぁ、たしかこの世界だと20歳過ぎてくるとちょっとアレな年齢になるんだっけ。気にはしているんだな。


「……よろしい。それはさておき――――おかえりなさい、クリス。詳しいことは存じませんが、大変だったようですね。兄上も屋敷でお待ちです」


 普段の凛々しいとも言える表情からは想像もつかないほどの柔らかな微笑みを浮かべて、俺の帰還を労ってくれるブリュンヒルト。

 なるほどデレの一種ですね、わかります。


「……ええ、ただいま戻りました」


 真正面から投げかけられたブリュンヒルトのそれに、俺は若干の面映ゆさを覚えたが、ホームへと帰って来た安堵感も相まって、真正面から自然な笑みを返すことができた。




                  ◆◆◆





「アウエンミュラー侯爵からおおよそは聞いてはいたが、見事やってくれたようだな」


 『千年宮』のどこにあるんだかよくわからない部屋で、俺たちはとある人物と面談していた。

 あれから帝都の侯爵家別邸に到着した俺は、ほとんどその足で俺たちを待ち構えていたヘルムントとともに、事態の報告をすべく帝宮へと出向くことになった。


 しかしながら、あまりにもデリケートな問題であるため、謁見の間で堂々と……というわけにはいかなかったのだ。

 まぁ、この時点で誰が相手かわかるであろうが、それにしても『大森林』の時といい、なんだかコソコソしているみたいで少しだけ居心地が悪い。


「ええ、陛下の大御心おおみこころにより幾ばくかのお時間を賜りましたので、何とか情勢を最善の方向へと動かすことができました。しかし、それも私め単身では到底なし得なかったことでしょう」


「よい、そう硬くなるな、クリストハルト。これはあくまで非公式のものだ。謁見と呼ぶようなものでもない。あまり言葉を選ぶことに専念されて正確な情報が聞けぬ方が、余は困る」


 目の前の人物は、俺の言葉を受けて苦笑を浮かべると、落ち着かせるためか鷹揚に手を掲げた。

 そう、現在俺たちはガリアクス帝国皇帝ジギスヴァルト・オイゲン・カイザル・ガリエントゥス陛下と非公式の謁見をしている。

 いくら非公式とはいえ、本来であれば俺のような爵位も持たない貴族の次男坊程度では、絶対に会うことなど叶わない雲の上の人だ。


「なに、今の格好を見れば余が皇帝とは思いにくいだろう。市井の者――――は言い過ぎだな、同輩と接するくらいの気持ちでいればよいのだ」


「はっ、それはいささか……」


 やめてくれよ、とんでもない無茶ぶりは。

 たしかに、今の皇帝陛下は帝族のプライベートエリアで面談を行っているためラフな格好――風の噂では皇太子の若い時分に帝都にて買い求めたと言われる服――に身を包んでいるが、それをこの人物の判断材料とするのはあまりにも軽率である。

 金髪碧眼と帝国人にはよくある風貌だが、見事に整えられたオールバックの髪型と髭がアクセントとなり、より重厚な雰囲気を醸し出していた。


 また、40歳を過ぎたくらいの貌に刻まされた年月を匂わせる皺と、生来の彫りの深さが支配者の威厳を見事に演出し、最後に猛禽類を思わせる鋭い瞳が仕上げをしている。

 そして、それらが合わさってその身から発せられるオーラは、まさにノーブルな者だけが持ち得る特有のものとなっていた。

 世襲制とはいえ、人類圏における大国の頂点に君臨する人物だけのことはあり、そこに存在しているだけにもかかわらず、油断すれば呑まれそうになる。

 役者が違う――――これも選ばれし者のみが持てるカリスマというヤツだろうか。


「まぁ、よい。話が横に逸れた。いずれにせよ、これで動員令を取り下げることができる。諸侯の動員にもカネはかかったであろうが、戦争に突入することに比べれば遥かにマシだ。あとは、それをわかってくれる貴族たちがどれだけいるかだが……」


 頭痛を覚えたかのようにこめかみへと指を当てる皇帝陛下。その反応が示すように、いまだ帝室の権力基盤は盤石のものとなってはいない。

 『大森林』侵攻のための『大義』をでっち上げることが容易にできる中で戦争を回避しようと強引に動くのは、一歩間違えれば帝室の弱腰となじられ強硬派が勢いを盛り返す原因ともなりかねない。それを陛下は危惧しているのだ。


「此度の件も降って湧いたもの。戦働きでの昇爵を狙っていた貴族も、少なからずおりますでしょう。久し振りの戦というのは、不謹慎な物言いながらある意味では祭のようなものではありますからな」


 俺の代わりにヘルムントが嘆息する。


「巻き込まれる民草などどうでもいいのだろうな、ヤツらめは。民なくしては貴族など成り立たぬというのに……」


 誰もいなくなった世界で「自分は支配者だ!」と叫ぶアホと大して変わらないな。


「税と同様に、民も畑から取れるとでも思っているのでしょうね。権利を享受するだけで済む平和の弊害とも言えます」


 とはいえ、俺も一方的に笑える立場ではない。

 地球でも20世紀半ばを過ぎても、そういう認識を持っている国もあったのだから。


「いささか端的な意見だな。しかし、一理ある。現実には、潜在的な敵は非ヒト族国家だけではないのだ。もう少し現実を見て欲しいと思うのは、余のワガママだろうか」


 陛下の口から小さな溜息が吐き出される。

 憂いを帯びた表情といい言葉といい、ネガティブなものであるはずなのに、この人がやると熟練の俳優がやっているのではないかと思うくらいサマになる。

 持って生まれた土台が違うってか。ちょっと世の中不条理が多過ぎませんかね。


「ですが、そのために、温存していた『勇者』のカードを含めて切ろうというのです。不穏な動きが見られれば、彼らとて少しは目も覚めることでしょう」


「だと良いのだが」


 ヘルムントの言葉に対しても、陛下は楽観的な反応は示さなかった。

 だが、トップの姿勢としてはそれくらいの方がいい。


 実際、俺もヘルムントも言葉の通りに進むなどとはハナから思っていない。

 人間は誰しも自分にとって都合の良い現実しか信じようとしないことを理解しているからだ。

 今回の件にしても、現実の見えていない連中は、『大森林』との戦争が流れれば「簡単に勝てる戦いだったのに弱腰な対応だ」と吹聴し、『勇者』が現れ魔族を倒したとなれば「この勢いに乗り帝国が人類圏での勢力を拡大すべき」と拡張路線を声高に叫ぶことだろう。

 それができるのは、彼らにはなんの責任もないからだ。


 もちろん、本当に一切の責任がないわけではない。


 貴族には有事において、国土を守り敵を撃滅する義務がある。そのために、彼らは徴税権を持ち、領土を与えられている。

 しかし、長らく帝国が戦を経験していないことから、多くの貴族がそのリスクに気付いていないのだ。

 必ずしも敵を圧倒することができるとは限らず、そして誰も死なないなんてことは絶対にない不変とも言える法則に。

 そして、その死ぬ可能性を秘めた人間の中に、自らが含まれていることさえも――――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る