第182話 Run To The Hills~後編~
たちまちに怒号と悲鳴と剣戟で奏でられる
雄叫びとともに繰り出される棍棒での攻撃により、金属の鎧ごと中身を叩き潰されて倒れる人間。
動きやすさを重視した革鎧ごと、
速度差によって先制攻撃を受けた形となった傭兵たちは、ロクな反撃もままならず浸透されるがままになっている。
いきなり溶かされ始めているんですが。
「……しかし、こうして実戦を見てみるとわかるが、今の帝国銃兵の運用段階で獣人と全面戦争するハメにならなくてよかったと心底思っているよ」
繰り広げられる戦いの光景を見ながら、俺はサダマサに話しかける。
「そうだな。たしかに、この機動力は脅威的だ」
現在、帝国の前線部隊に配備が進められている
また、一発一発の発射間隔が長いことから、弓なり槍なりの別兵力でカバーしてやらねば、獣人のような単体で騎兵に迫るほどの浸透力の強い敵を相手にした場合、そこを起点にして一気に蹂躙されかねない弱点を持っている。
もっとも、マスケット銃が敵に与える効果は破壊力以外――――心理面にも影響を及ぼすため、一概に獣人相手に使えないとまでは言わないが、それでもあまり分の良い戦いはできそうにない。
やはり、後装式
いや、まずは
しかし……。
怒号や剣戟が飛び交う戦場だが、どうも既に相手の軍勢がこちらへ流れてきているような気がするのだが。
特にさっきまでぶつかり合っていた最前列は既に潰走気味である。
「……なぁ、なんかずるずると押されてきてない?」
「あぁ、どうも兵力を割り振るのに長けたヤツがいるな」
俺の言葉へ同意するようにサダマサが漏らす。
気のせいか、言葉の端々から、今すぐにでも突撃したくてうずうずしているのが伝わってくるんですが。
「あれじゃ最前列に配置されたヤツは気の毒だな。見てみろ、本命以外の突破力はそう高くない。こりゃ完全に遊ばれている」
状況だけ見ればそうなるかもしれないが、要するにまんまとやられたと言うべきなのだろう。
そりゃ傭兵だってまるっきり馬鹿の集まりじゃない。
ただの肉壁にしかならないのなら、農民でも徴兵してきた方が費用面でまだマシだろう。
つまり、そんな戦いのプロを翻弄する策を持った将帥が相手側にいるわけだ。
獣人側は、その身体能力を活かして一斉に突っ込んで来ているわけだが、その実それは正確な表現ではない。
一部に突破力の高い兵力を重点的に配置して突破を狙いつつ、他の部分ではまず一撃をかまし、その防御の厚さを測っているのだ。
自分たちを押し返せるだけの力を持っている箇所には、それ以上の浸透を強行するような真似はせず、他の脆い箇所を探す。
そして、綻びが生じた場所を見つけるやいなや、そこへ一気に通常戦力を集中する戦術をとっている。
そして、その間にも突破力の高い兵は敵内部へ侵入しつつ、戦況を攪乱を継続する。
「おいおい。このままじゃ、後詰めの正規軍による騎兵突撃もできないぞ」
間違いなく、こちらの想定よりも相手側の進軍速度が大幅に速い。
まるで対応できていないし、後方の動きもまだ見られない。
「いや、仮にできたとしても、前列から何本かの線の形で浸透され始めているこの状況では騎兵突撃も最大の効果は発揮しない。突撃で敵を駆逐する前に、こちらの歩兵がすり減るだけだ。まぁ、最初から騎兵突撃を実行しなかったのが最大のミスだな」
しかも混戦で、敵味方入り乱れているとなれば、もはやどうにもならない。
いくらヒトと獣人が身体的な差異があっても、乱戦のさなかにそれを瞬時に識別して、敵だけに一撃を加えることのできる有能な騎兵がいったい何人いるだろうか?
「こちらの指揮能力にも問題あり、か。ますます気が重くなるな」
おそらくこちらが戦力を温存したいのを、向こうの目鼻の利くヤツに上手いこと見透かされたのだろう。
さらに正規軍騎兵をポーズでも両翼なりに配置して、敵の浸透への牽制さえしなかった指揮官の采配ミスもある。
獣人軍がそこまで理解して動いているのだとすれば、いい読みをしていやがる。
だが、感心してばかりもいられない。
このままでは遅かれ早かれどこかを深くまで突破され、それを皮切りに今度はこの丘を制圧しに来るだろう。
そうなれば、今度は相手側の弓矢の一方的な射撃に曝されることになり、騎馬突撃をしようにも本来の効果を最大限に発揮できなくなる。
援軍による形成の逆転が見込めないとわかれば、あっという間に士気が崩壊する。
あぁ、こちらの軍は総崩れになるな……。
「ダメだ。事態の進展が早いのと、後ろがこちらが押されていることにまだ気付いていない」
後方を動かす素振りでも見せて敵の動揺を誘い、その間に合流して態勢を立て直すべきだ。
だが、あまりにも早い段階からの突撃でぶち抜かれているのと、傭兵たちが犠牲を出しつつもなんとか踏ん張っているため、正規軍はまだこちらがヤバい状況にあることに気付いていない。
それに加え、緒戦の空気で頭に血が昇っている傭兵たちは、ほぼ確実に引き際を見誤る。
そうなれば、損害に気付いて退こうと判断する頃には、相当数の戦力を失っている可能性が高い。
もしここで大きく負けると、今後に少なからぬ影響が出てしまう。
「どうする、クリス。なんなら俺が斬り込んで流れを変えてもいいが」
物騒な提案がサダマサから発せられた。
「突破力の高いヤツらを数人倒せば少しは怯むだろう。あるいは、一点突破で敵将を討ち取るのも悪くはないかもしれん」
いやいや、それやると一気に流れが変わっちゃうから。
それにサダマサの場合、『一点突破(単身)』になるだろうが。目立ちすぎだよ。
「……いや、やめておこう。それが一番確実な方法なのはわかってるよ。だが、まだ戦いは始まったばかりだ。俺たちが使えるとわかれば、面倒な役目を押し付けられる。それは避けたい」
「消極的な意見だな」
サダマサが嘆息する。
俺が最大のカードを切らないことで傭兵をはじめとしたノルターヘルン軍に犠牲が出ることは避けられない。
だが、今の俺にはどうしようもない。
彼らにも傭兵としての立場があるように、俺にも立場がある。
いたずらに、手の内を晒したりやこちらの正体が露見する危険性を曝すわけにはいかないのだ。
「おいおい、なにもしないとは言ってねぇだろ?」
「……となると、何かやらかすつもりか」
俺の言葉と表情からなにかを察したのか、興味深そうな表情を浮かべたサダマサが、意図を測るような目線を送ってくる。
「あぁ、こんなにも早く使うことになるとは思っていなかったが、ちょっと空からのプレゼントをな」
そう空を指さして嘯きながら、俺は『レギオン』のインカムを具現化し耳へと挿す。
「HQ、こちら
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