第25話 異文化こみゅにけーしょん
「相変わらず、銃の扱いは見事と言うしかないな」
「へいへい、先生に教えてもらった刀の出番がなくて悪うござんした」
戦いが終わり、ゴブリンたちが殺したオークから武器などを剥ぎ取っているのを遠巻きに眺める。
サダマサと軽口を叩き合いながらも、俺はMP7A1に新たな弾倉を装填し薬室に初弾を送り込んでおくことを忘れない。
今の時点でゴブリンたちから敵意は感じられないが、あくまでも不測の事態に備えた用心だ。
それこそ、何かあれば腰の後ろに
ちなみに、我らが
さすがに、物語に悪者として出てくることが多いというかほとんどの生物を目の当たりにしているのだ。
さぞや新鮮な光景に感じているようだが、同時にまったく未知のものなのでどうしていいかわからないのだろう。
まぁ、余計なことを言わない、しないでいてくれる時点で、この場における
そうして、ひとまずはゴブリンたちの作業が終わるのを待ちつつ、その様子を見ていると、彼らの中で何匹かのゴブリンの存在感が、戦闘前のものと比べて増していることに気付いた。
「気になったみたいだな。ゴブリンの生態は人並みにしか知らないが、知性を持つ魔物は倒した生物の魔力を吸収して強化されていくらしいぞ。まぁ、コレについては多分人間も似たような部分があるようだがな」
変化のあった個体に向ける俺の表情から疑問に気付いたらしく、サダマサは俺が訊くより先に解説をしてくれる。
なるほど、上位種は突然変異というわけではなく、倒した生命から魔力を吸収することで進化したようなものなのか。
ある意味では、魔物の方がシンプルに強さなどで上下関係が決まっていいのかもしれないなどと考えてしまう。
まぁ、それこそどこの世紀末のモヒカン集団だよって話だけど。
『……あんさんたち、失礼なことを訊ねるけれど人間やんな?』
群れを率いていた一回り大きな黒みがかった緑の身体を持つホブゴブリンが、やや恐る恐るといった調子ながらも俺たちに近付き話しかけてくる。
10歳を前にした俺よりは頭ひとつ分くらい大きいが、やはり生物として見ればゴブリンとも呼ばれるだけあって小柄だと言えた。
だが、その喋り方から思ったよりもずっと知性があるように感じられるのは、やはり
俺の感じた疑問はあながち間違ってはいなさそうで、横に副官のように黙ってつき従っていたゴブリンメイジも、その辺でギイギイ言っている一般ゴブリンと比べると知性を感じさせる顔つきをしていた。
うーん、ローブのようなものを纏っているからわかりにくいが雌のゴブリンーーーーゴブリナか?
『見てのとおりな。同じような見てくれで人間じゃない種族がいるなら、後学のために教えてくれると嬉しいかな』
『はぁ~。なんやえらい変わった人間はんでんなぁ。いやぁ、それにしてもほんまびっくりしましたわ。うちらと人間は絶対に言葉通じひんと思うとりましたからなぁ』
俺の言葉にギギギと笑うホブゴブリン。
どうやら冗談といったものを解するようだ。こちらとしても会話をする上では少しばかり気が楽になる。
もっとも、ほんの少し前までは一番最初に銃弾で頭を吹っ飛ばされる運命にあったゴブリンたちと会話しているのだから、随分な皮肉にも感じられたが。
『変わっているから言葉が通じたのかもしれないな。元々、俺たちはここにはあんたらみたいな魔物……で意味は通じるな? それの討伐に来ていたんだが……』
俺の言葉に、ホブゴブリンとゴブリンメイジの身体に緊張が走る。
だが、その緊張の次に発生したものは敵意ではなく、むしろ焦りに近いものに感じられた。
おそらくは群れを率いる者として仲間をどう守ればいいかという感情だろう。
下手に俺たちに敵意を向けてしまえば、この場にいる全員が容易く殺されることは、先ほどのオークとの戦闘を通してイヤというほどわかっているはずだ。
そういう意味では、目の前のゴブリン二体は、俺の持つ得体の知れない武器やイゾルデの魔法の威力、そして最大の脅威となるサダマサの存在をそれぞれきちんと理解していると言える。
意外と言っては失礼だが、一連のその反応は群れを率いるに足るだけの知性があると感じさせるものだった。
『当初はそのつもりだったんだが、来てみれば不思議なことにお前たちゴブリンとオークが何喋ってるかわかっちまった。とりあえずどうしていいかわからなかったから、縄張りに侵入してきたっぽいオークをぶっ殺したって感じだな』
俺の言葉を聞いて、ひとまず大丈夫かという安堵の溜息をつくホブゴブリン。
結果的に意地悪をするような形になってしまったが、そういう
『はー、うちらは運が良かったんやなー。ほんなら何をお望みで?』
……おいおい。
目の前にいるホブゴブリンのあまりの物分りのよさに、ゴブリンが下等種族なんて言い出したヤツはどれだけバカなんだ? と思ってしまった。
いや、たまたまこのホブゴブリンが優秀な突然変異種なのかもしれないが、それにしたって驚きである。
まぁ、この驚きは多分この世界始まって以来のものであると断言できるわけだが、それと同時になるほどなとも思ってしまう。
そもそも、ゴブリンなどの亜人とも呼ばれる魔物は深い森を好む。
どちらかというとそれは暗がりのジメジメした森で、エルフなどの住む日の光が差し込む森とは正反対とも言える種類の場所である。
エルフがヒト族に次ぐほどの勢力を持っているのは、彼らが得意とする魔法と技術によるものだ。
森の種族とも呼ばれるエルフによって清浄に保たれた地域は、魔物にとっては好ましい生存環境ではない。
そのため外敵に生存が脅かされなかったことと、エルフ自身が早期に魔物の発生原因のひとつである魔力を、生態環境に影響を与えないレベルまで取り込んで長寿化させる術を身につけたからであろう。
それらは、エルフの文明に一定の発展をもたらすと同時に、亜人の住みやすい環境を根絶してしまったのだ。
そして、この時点で、亜人はエルフから文明化レースで大きく差をつけられてしまった。
もちろん、それだけではない。
他種族から平原の民とも言われるヒト族の存在も大きく影響している。
ヒト族は魔法こそエルフに及ばないながらも独自の進歩を遂げ、高い繁殖能力と何でも取り入れて発展させるタイプの文明形態により、今では人類圏最大の勢力を持つに至り、これまた亜人を遠い昔の時点で置き去りにしてしまった。
極めつけは言語である。
比較的早期から生存環境が隣といえるほどに近いヒト族とエルフ族、その他の人類種族の間には交易が存在していた。
内情を見てしまうと、今もなお多くの
ざっくり地球風に言ってしまえば、先進国同士が適当に交易しつつ独自の文化を保ちながらも進歩を続ける中で、完全放置されたせいで超スローペースな発展速度で独自過ぎる言語とささやかな文化を持った未開の部族みたいな扱いになってしまったわけだ。
もちろん、種族のカテゴリーが違って魔物寄りである亜人種は、何らかの幸運を経て一般種から上位種へ進化しなくては知性すらロクに伸びないという、発生時点からイヤガラセを受けているような不利な条件も持っているので、無理に人類と比べて論じることも間違いなのだが。
ともかく、そういった諸々の不幸が重なりまくった結果が、人類共通語さえ知らず、『亜人』などと呼ばれ人類圏(ヒト、エルフ、ドワーフ、獣人)の中にも含めて貰えない現状なのだ。
『物わかりがいいのは助かるが、そう構えないでくれないか。理不尽な要求がしたいんじゃない。ちょっとした『取引』がしたいんだ。あんたらの仲間を集めて欲しい』
ホブゴブリンにそう持ちかける際の俺の顔は、きっと『勇者』と呼ばれるような存在であれば浮かべることのない類の表情を浮かべていたと思う。
その証拠に、隣のサダマサが俺を見て心底呆れたような表情をしていたのだから。
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