第24話 仕様上のバグ


 突然の状況に、どうしたものかと逡巡しながら周囲の様子を窺うと、なにやらゴブリンとオーク──総称『亜人』たちは広場で対峙していた。

 魔物の生態には詳しくないが、人間の俺たちにでもわかるほどの剣呑な雰囲気が流れている。


「どう見ても今から仲良く宴会を始めるようには見えねぇな……」


 幸いなことに、亜人たちは目の前の相手に意識を持っていかれており、音を立てないようじっと潜んで観察を続けている俺たちの存在には気付いていないようだ。

 まぁ、亜人にとっては天敵とも言える冒険者のするような格好ではなく、俺が召喚して配っておいた迷彩服を着用している効果は大きいと思う。


 この世界では、多かれ少なかれはあれども生物は魔力を発し、それと同時に魔力を感じることもできるため、本当に特殊な生物を除き周囲の風景に溶け込むべく『擬態』をする生物は少ない。

『気配』という言葉は地球にもあったが、この世界では魔力があることにより、それが本当に肌で感じられるレベルのものになっているのだ。まぁ、『探知』の魔法なんかは、魔力で相手の魔力を無理やり反応させて探っているようなものだしな。


 ともかく、そういう意味では、魔力の放出を意図的にコントロールしている中で、視覚に対する欺瞞ぎまんは非常に効果が高いのであった。

 とはいえ、長距離偵察任務でもないので、さすがに『化粧フェイスペイント』まではしていないが。


「おそらく縄張り争いだな。控えめに見ても、ひと悶着が起きるぞ……」


 サダマサが小声で言うように、ダンジョンに生息するモノと違って、平原や森、山など『フィールド』と総称される場所に生息する魔物には、野生動物と同じように縄張りが存在する。

 群れが小さいうちは、他の魔物の縄張りを避けるようにひっそりとした生活を送っているのだが、一定の規模に達すると食料を確保するべく縄張りの拡大を図ろうとする。

 そうなると、必然的に他の魔物などが生息する縄張りへ侵入することとなり、ぶつかり合いが起きる。

 人間に知られる例としては、人里に下りてきた亜人に食料目当てで村を襲われることがそれに相当する。


「山ひとつ越えるだけで、こんなに魔物やらなにやらがいるとは思わなかったなー」


「おいおい、アンタこの世界旅してきたんじゃないのかよ」


 森狼フォレストウルフやブラウンベアとの遭遇くらいは覚悟していたが、まさか自分の住んでいるエリアからちょっと離れた場所に、ゴブリンとオークが縄張り争いをする規模のコミュニティを形成しているとは夢にも思わなかった。


 厳密にはここも侯爵領ではあるのだが、人里近くではないためこれといって人の手も入らず、侯爵領軍も山を越えての討伐は行っていなかったのだ。

 さらに言うと、こうしてひとつ山を越えるとそこそこ強力な魔物もあえて人間側へ越境してくることはないらしく、そんな背景もあってか今いる辺りの魔物の生息状況はわかっていなかった。

 

「ほとんど街道を歩いて来たからな。魔物との遭遇は多くもないし、ダンジョンにも入ったことはない。ゴブリンとかオークは実は初めてなんだよ」


 こんな時に戦闘力だけバケモノであるサダマサの、間抜けな事実を知るハメになるとは思わなかった。むしろ知りたくなかった。

 俺より先にこの世界に来ていたくせに、これじゃ役に立たないではないか、このサムライ。


『こんクソ豚ども、ワシらの縄張りに入って来るたぁいい度胸しとるやないけ!』


『チビ雑魚ゴブリンの分際で、そげなナマな態度に出て生きて帰れると思っちょるんか、ゴラァッ‼』


「「……は? 日本語?」」


 ゴブリンとオークの罵り合いを聞いた俺とサダマサは、思わず顔を見合わせ声を出してしまい慌てて口を塞ぐことになった。


 いや、正確に言えば、連中が話している言語は日本語ではない。響きが違うことは聴覚で理解しているが、なぜか俺たちの脳内ではそれっぽく変換されて聞こえるのだ。

 なぜだと一瞬疑問に思うも、それが『異世界言語パック』による迷翻訳の結果であると気付く。

 実は、サダマサと訓練をしていく中で、俺と純粋な魔力共有を行うと、俺が持つ任意の知識を与えることができると判明しており、まず手始めにと創造神に与えられた『異世界言語パック』がヘルムントとブリュンヒルトにイゾルデ、ついでにサダマサに分け与えられているのだ。

 正直、コレが一番チートな能力な気もするが、今はおいておこう。


「なぁ、イゾルデ。連中なんて言ってるかわかるか?」


 試しに、こっそり横で亜人たちの様子を見ているイゾルデに、ヤツらの会話がどう聞こえるか確認を取ってみると、超カタコトの大陸共通語に近い言葉に聞こえると言っていることから、この不思議変化は俺とサダマサのみに適用されているらしい。

 おそらく、脳内で翻訳する際のデータベースを構築する言語が、この世界のもの以外にもあるから勝手に最適化されているのだろう。

 言葉の流れからも、一触即発というか殺し合いが始まろうとしているのは既に判明しているのだが、久し振りに聞いた日本語っぽい表現と、それを操る異世界の魔物モンスターという組み合わせに、俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。


「どうするつもりだ?」


「やる気がなくなっちまったよ。でも、さすがにタダで引き返すのもなぁ……」


 うーん、と悩む俺とサダマサ。

 その間にも、既に両種族は殺し合いを始めてしまったらしく、チンピラやヤクザのケンカよろしく罵声交じりの雄叫びを上げつつ、棍棒や錆びた剣などを互いの身体めがけて振り回していた。

 そこでふと俺は思い至る。


「多分コレ、聞いているのと同じようにこっちの言葉も通じるよな」


「そうだな。しかし言葉が通じるとちょっとやりにくいなぁ……」


 正直なところ、サダマサの言わんとするところは俺にも理解できた。


 すごく身勝手な意見であるが、今までそうとわからなかった相手が、実はこちらの言葉を理解できるとわかれば心情的には殺すという選択肢以外のものを探したくなる。

 極端な例で言えば、これから食べようとする家畜から、屠殺する際にいきなり「死にたくない!」と理解できる言語で喚き散らされたら大半の人間は殺すのを躊躇ちゅうちょしてしまうだろう。それと同じようなものだ。


 なにしろ、言葉──つまり言語は、それを操る者同士で意思の疎通を可能にするだけでなく、知識の共有化ないしは情報の共有化までも可能とする、地球では人間にしか許されていなかったツールである。

 後者は文字によりその効果を飛躍的に上げていくわけだが、今ここでしたいのはそんな難しい話ではなく、もっとシンプルに前者の『意思の疎通』部分である。


 言葉による意思の疎通が可能ということは、互いのしたいことや感情などを理解することができ、それらを理解するということは否が応でも共感シンパシーを覚えることにつながる。

 そしてツいていないことに、そのケースにほぼほぼ等しい存在が今目の前にいて、隙を見て殺しにかかろうとしていた俺たちは意図せず初手を封じられたのだ。


「まぁ、実際にアイツら人襲うからな。とりあえず言葉通じるかもしれんから、盗賊と同じ扱いでいいんじゃないか? どうにもならなかったら戦うで」


「……その案でいこう。今さら道徳云々の議論をする余地もない。それで、どちらにコンタクト──というよりも味方するんだ?」


 もっとも、この感覚は俺とサダマサのような地球出身者くらいにしか理解できない感覚だと思われる。


 それは、この世界において人命の価値が地球とは比較にならないほど低いものであり、さらにヒト族の地域では『人間至上主義』が聖堂教会によってわりと普通に唱えられているのもあって、異端派でなくとも他種族に対する隔意かくいを持っているのが当たり前だからである。


 要するに「人の形をしてるだけのモノが、自分たちと同じ言葉喋るだけでも気持ち悪いし気に食わないから死ね」ということらしい。


 なかなか殺伐度レベルの高い世界である。

 日本人相手なら、エルフも獣人も大人気になれる可能性があるというのに。


「オーケー。独断と偏見だがオークをろう。イゾルデ、サダマサをつけとくから魔法で援護。狙いはオークのみ。収束系魔法を選択。森が燃えるから火属性はナシな」


 ヒソヒソ話をするのを止めて即決すると、俺は迷わず指示を飛ばし、サプレッサーを外したMP7A1でオークのリーダーっぽい毛深いオークの脳天に、4.6㎜弾を2発叩き込んでやる。

 突然鳴り響いた大きな音が、オークリーダーの脳天を吹っ飛ばし脳漿のう しょうと血液のミックスを外気に撒き散らして倒れるという光景を生み出した。 

 唖然とする亜人たちを尻目に、俺は素早く森から飛び出して、自分の姿を見せつつもオークだけを狙い掃射を開始する。

 もはや隠密行動など関係ないとばかりに『探知』の魔法を起動させ完全な戦闘態勢に移行。


『なんじゃ!?』


『人間!?』


 予想外の存在の乱入に、亜人たちは口々にどうも聞き覚えのある言葉で叫び出す。やっぱり違和感が強すぎる。

 だが、そんなツッコミたい衝動を堪え、俺は場の空気を支配するべく声を張り上げる。


『おい、ゴブリンども! 加勢してやるからひとまず俺の言うことを聞け!』


『に、人間が喋りおった!?』


 あー、そういうことか。


 俺たちが亜人の言葉が同じような鳴き声としか理解できないように、亜人からしても、人間はいつも安定しない鳴き声で鳴いているようにしか聞こえないのだろう。


 すげぇ異文化コミュニケーションだ。勉強になるわー。


 などと妙な感慨を覚えながら、半ば混乱状態にあるオークの逃げ道を断つように、後衛のヤツから順に一切の容赦なくブチ殺していく。有効射程200mを舐めんなよ豚野郎。……いや、本当に豚だったな。


 逃げようとするオークの足に弾丸を叩き込んで転倒させ、動ける奴から集中して狙ってトリガーを引きつつも、俺はゴブリンに指示を出すべく口を開く。


『遠くにいるヤツは相手にするな、俺が殺る! お前らは集団で近くのオークを囲んで殺せ!』


 ゴブリンたちは、人間という本来は不倶戴天ふぐたいてんの敵対種族の言うことを聞くのをためらっているようであったが、言葉が通じるだけでなく、自分たちへの攻撃を一切せずにオークを容易く撃ち殺しているところを見ると、ひとまず言うとおりにしようと思ったのだろう。

 すぐにリーダーであるホブゴブリンを中心に戦力を整えると、ゴブリンメイジとサダマサに守られたイゾルデからの魔法の支援を得ながら、近くのオークを仕留めていった。


 個体数の差はあったものの、元々は拮抗きっこうに近い戦力同士だったのだろう。

 俺とイゾルデの打撃力が援護に、そして簡単な指揮官として俺が加わっただけであっという間に形勢は決まり、オークは為す術もなく無力化され死んでいった。

 こうして、俺とイゾルデで行う初めての実戦訓練は、意図せずしてゴブリンたちとの共同戦線となってしまったのだった。

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