第26話 死の商人はじめました?~前編~


「なぁ、クリス。ひとつ訊きたいんだが」


 不意に、サダマサが口を開いた。


 あの後、俺がゴブリンたちに対してなにをするか見極めようとしたのか、サダマサは一連の行動に口を挟むことなく護衛役に徹していた。


「なんだよ、藪から棒に」


 ちなみに、今の俺たちは、ゴブリンの集落でひと仕事して屋敷に戻るべく森の中の来た道を引き返している最中である。

 ゴブリンたちとは、あの後しっかり話をつけていたが、動物が変化したような知性の低い魔物は依然として生息しているので警戒は怠らない。


「連中に『日本語の言語パック』をくれてやったのはどうしてだ?」


「んー、さすがに大陸共通語を与えるのはヤバいと思ってね。言葉は悪いがゴブリンたちを『ちょっと知性ある害獣』くらいに思わせられるようにしときたい」


 会話を繰り広げるこちらを隙だらけと判断したのか、茂みから飛び出してきたフォレストウルフが牙を誇示するようにして飛び掛かってくる。


 直前まで気配と音を殺して、必殺の一撃を狙っていたのだろうが、既に察知していた俺の小太刀が、狙い澄ましたように口腔に侵入し上顎を貫通。

 脳まで一瞬で蹂躙じゅうりんしたところで、片足を引いて半身を作りながらずるりと引き抜くと、突撃してきた勢いのまま俺ではなく地面に突っ込んで動かなくなった。


「それにしたって知識を与えすぎな気もするが。地球の途上国支援じゃないんだぞ」


 突然の襲撃に、一行の注意が俺の方へ向いたと判断したのだろう。

 俺に殺された不幸な囮がその役目を果たしたと言わんばかりに、今度は3匹のフォレストウルフがサダマサに向かって一斉に飛び掛かってきた。


 だが、フォレストウルフたちが空中に躍り出た時には既に侍の刀は腰の鞘から抜き放たれていた。


 一般的に、武術・武道の世界では、踏ん張りのきかない空中に長時間身を晒すことは、とんでもない悪手と言われている。

 それは、身体全体の筋力の連携を生かした攻撃や行動を生み出せないからだ。


 もちろん、そんなことを知らない森狼たちは、予め決められた放物線を描くように宙を進み、自分たちの進行方向から振るわれた一閃により首をはね飛ばされる。

 緊張の空気すら発生しないまま、フォレストウルフたちは死骸となって地面に転がっていく。


「知ってるか? 意思の疎通ができなきゃ、相手の知性はきちんと測れないんだぜ? まぁ、それでも理解できないヤツもいるみたいだがな」


「……なるほど、そういうわけか。言葉がわからないから、勝手に相手を侮ってバカだと決めつけてくれると」


 納得したようなサダマサの声。


「そういうこと。『人類』に列せられている獣人でさえ、ヒト族の国じゃ結構強めの差別をされているんだ。亜人まで組織立って皆殺しにしようなんてマヌケなキャンペーン打ち出されたら、それこそ戦争大好きの魔族どもに隙をつかれちまう」


「だから、『なんだか知らんが勝手に生活している人間未満の生物』程度の認識にしておけばいいと?」


「そうそう。言語学者なんか国に独占されてる世界なんだから、奇特な冒険者が万が一冒険者ギルドとかに報告したって誰も調べやしないしな」


 結局、俺がゴブリンたちと『取引』したのは、ちょっとした知識を魔力共有に乗せてくれてやる代わりに、侯爵領の中心部に繋がる山の東側に縄張りを広げないようにしつつ、越境しようとする魔物を狩って生活してくれというものであった。

 少なくとも、東側に進むことにこだわりのないゴブリンたちにとっては、破格としか言いようがない条件であった。

 また、準リーダー格の個体数匹に魔力を与えることで、それぞれが上位種へ進化した。

 例えば、あのホブゴブリンの場合はゴブリンナイトなどだ。

 騎士爵だが貴族の端くれになったっぽいので、そのうちもっと強くなっていくだろう。

 目指せゴブリンキングとひそかに応援しておいた。


「それなら、べつに獣人の言語でも良かったんじゃないのか? 大雑把に言えばまだ近い方なんだろう?」


 さらに、ついでというには少し豪勢かもしれないが、こん棒や錆びた剣を使っているようでは他の魔物に対する優位性アドバンテージにはならないだろうと、『取引』に際して青銅や鉄製の剣や斧・槍など、彼らも使ったことのある武器を中心に『お取り寄せ』してオマケとしてくれてやった。

 サダマサにはサービス過剰と思われていそうだが、俺は別にこれくらいであればさほど問題ないと思っている。

 気の毒ではあるが、多少個体としての能力が強くなったところで、ゴブリンの種族としての能力自体は他の亜人と比べて特筆するほど強いわけではないのだから。

 余談だが、くれてやった武器類は、名剣とかそういう特殊なものは魔力消費量が不思議なほど跳ね上がるため用意できなかったが、標準的な仕様のものはかなりローコストで取り寄せが可能だった。これは21世紀の地球でほとんどの武器が、一品モノオーダーメイドではなく統一規格にて管理されている部分が大きいからだろう。

 そういうところだけは変にリアリティのある能力である。


「んー、たぶん逆効果になるな。獣人もエルフほどじゃないがプライドが高い種族らしいじゃないか。魔物モンスターとしてではなくて、意思の疎通ができる未開の種族見つけたら奴隷にしたくなるだろうね。勘だけどさ」


 万が一にでもそうならないよう、ちょっとばかりドーピングしてやったけどな。

 ちなみに、ゴブリンたちには縄張りを東に広げるなとは言ったが、侵入してくる人間(ヒトやエルフや獣人)などがいた場合、攻撃されたりしたら容赦する必要はないとも伝えてある。

 何らかの用件がある場合は、言葉の通じる人間を行かせるか、俺自身が出向くからだ。

 だから、その人間以外で彼らの縄張りに入ってくるヤツは、人里から少し離れた場所にアジトを作ろうとする盗賊バカか、功名心に焦った三流冒険者アホだろうからどうなろうと知ったことではない。


 ただ、後者に関しては、一応冒険者は国の財産みたいな部分もあるので、侯爵領の冒険者ギルドには侯爵領西側の山向こうでの魔物討伐依頼は出さないよう、ヘルムントに事情を説明したうえで頼むつもりではあるが。


「文明レース下位で迫害される種族は、さらに下の階層を作りたがるか。それで、調子に乗ってヒト族と戦争か?」


「まぁ、獣人側が吹っかけるか『やっぱり獣人は亜人と変わらない』とヒト側が言って始まるかの差だと思うけどな。『歴史は繰り返す』ってヤツだね。世界線さえ関係ないってのはイヤな新発見だけど」


「だから、異世界の言語を成り変わらせて、ひとまず独自の文化を作らせるつもりなのか」


「ご名答ー。別に亜人全体を糾合して文明化させるとか、人類何番目かの種族にしたいわけじゃないけどね」


「うそつけ。そんなヤツが小学校の教科書とか置いてくるわけないだろう」


 ……バレていたか。


 せっかく日本語が読み書きできるようになったのだから、ちょっと文明化をさせてみたくなったのだ。

 日本の教科書を使うというのは、侯爵領でもまだ導入していない教育方式なので、それがたとえ小学校低学年向けのものであっても、ゴブリンにどのような変化をもたらすかは正直興味がある。

 その内容が理解できるかどうかも含めて。


 ちなみに、見たことのない書物を与えられたゴブリンたちは、大層驚いて「聖典や」などとなんやかんや言っていたので、あまり変な宗教を作ったりはしないようにと進化した個体である祭祀さいし役のゴブリンシャーマンには言い含めておいた。


「いやー、昔やったゲームでリアルタイムストラテジーがあったんだけど、マイナーな文明で他に勝ったりすると達成感があるだろう?」


「いくらなんでもそれが理由だったら、さすがに趣味が悪すぎるぞ。それに、もし本当に文明化したらどうするつもりなんだ? 先住民族の文化をぶっ壊す宣教師役にでもなるつもりか?」


 全部説明するのは面倒なのでかなり端折はしょった説明をしたら、サダマサが呆れ返ったような声で返してくる。


 あぁ、これは事の善悪がどうとか自己完結せず、きちんと説明しておかないと後々不信感に繋がるパターンか。独善系主人公がよくやるやつだわ。


 さすがに100%ゲーム感覚で生命や文明に干渉したと思われるのは心外だ。

 少し頭の中で思考をまとめてから、俺なりの考えを補足しておく。

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