第27話 死の商人はじめました?~中編~
「結果としてそうなるならそれから考えるさ。はっきり言うと、あのゴブリンたちには侯爵領の西に広がる山側の壁になってもらいたいんだよ。そのためには弱いままでいられるのもバカなままでいられるのも困るんだ」
アウエンミュラー侯爵領は、帝都から西に早馬で半日程度進んだ場所にあり、背後を山々に囲まれている。
その山々から先には、遥か遠くまで人の住んでいる場所もない(らしい)ため、ここさえ押さえておけば北と南だけに防衛戦力を割くことができるのだ。
恒例行事になっているとはいえ、所領軍を動員して魔物の討伐を行うのもそれなりに費用と兵力を必要とする。
それが南と北だけになるということは、かかる経費も単純計算で2/3、兵士の移動なども考えればもっと節減することができる。
そして、その節減した費用で、さらに街道の整備や産業の発展などを行ってもらいたいのだ。
「あぁ、産業を興したからか」
「そうだよ」
サダマサが指摘するように、アウエンミュラー侯爵領には他に投資なければいけないことが山のようにあるのだ。
2年前に俺が作り方を伝えた
その背景にはドワーフ一門の助力があった。
サダマサがこの世界に来て知り合ったというドワーフたちを、工廠生産技術チームとして招聘したのだ。
そして、彼らに個人の感覚で作るのではなく決められた単位の部品で構成する共通規格の概念を教えたことで、より一層工業化が進み量産体制への大きな助けとなっていた。
「然るべきタイミングまで火縄銃は塩漬けだ。そうなると投資分のリターンが得られるのも当分先になる」
そんな技術力の蓄積に成功しながらも、現状でもっともインパクトのある火縄銃を正式配備せずにいるのは、帝国皇帝への献上を済ませていないからだ。
「そこばかりはヘルムント殿に任せるしかないな」
「まぁね」
封建制のクソ面倒臭い習わしとして、画期的なものは何よりもまず王といった支配者へ献上せねばならない……らしい。
表向きは、『国のために新たなものを作り上げた成果を王に御覧頂き、同時に忠誠心をアピールする』ためであるが、裏の理由は『忠義と潔白の執拗なアピール』である。
開発したものが武器や兵器であればなおさらこれが求められる。
そうでないと、上位貴族没落を狙った、
まことにふざけた話だが、政治は先に言ったもん勝ちな部分があるのだ。
かといって、できたその足で献上に行った場合、役職持ちなどの有力貴族の横槍で『国のために安定して生産できる家に技術を譲渡させられる』こともあり、いくばくかの報奨金を貰ってご苦労さんなんてことにもならないとは言い切れない。
今も昔も未来でさえも、『国家のため』という言葉は、『国家のため(だが同時に自分の利益に)なる』というカッコ内部分が隠されているため、その胡散臭さは半端ない。
まぁ、そんな権謀術数云々も、防諜機能が働いていればそこまで神経質になることでもなく、火縄銃は既に最新の機密情報ではなくなっている。
近々、火縄銃の発表の陰で
概念だけなら
そんな感じで、新型の武器・兵器開発の中心部となっているアウエンミュラー工廠では、CSR活動みたいなものとして腕利きの元冒険者を何人か好待遇で雇い、防諜のため警備担当に任命している。
冒険者を引退した者を対象とした雇用制度は、おそらくこの世界では初のケースらしく、低いリスクで安定した収入が得られることもあって泣いて喜ばれたりもした。
「なんとも
「愚問だろ。なんのために東西冷戦を世界史の授業で学んだと思っているんだ。まぁ、扱うボリュームが少な過ぎてアレだったけど、ともかく幹部教育課程以前の知識で対応できるぞこんなもん」
それだけこの世界が、前にも言ったように面子一辺倒の
そもそも、種族同士がそんなに仲良くない上に、ヒト族同士に至っては国家間で微妙な対立構造がある。
どの国がヒト族の盟主となるかで日夜しのぎを削っているのだ。べつに地球でもあったことだがバカじゃないの?と言いたくなる。
ここ最近、ヒト族で大きな戦争が起きていないのも、単純に聖堂教会が人類至上主義の下で各国に少なからぬ影響力を持っているからに過ぎない。
イゾルデに迷惑をかけた異端派がいるので、ついでに聖堂教会も割と嫌いであるが、それでも抑止力に近い役割を果たしているのには素直に感心した。
まぁ、あんまり人間同士で争われても
結局、このヒト族同士による同胞(笑)状態を打破するには、強力な軍事力を持つ国家が台頭するか、魔族による大規模な人類大陸への侵攻が必要となる。
もっとも、後者では初動の混乱で取り返しがつかなくなり、人類大陸側の文明レベルが後退する未来しか見えないので前者しかない。
そして、その覇権ルートを『転生者』である俺が帝国主導でどうにか作れないかと暗躍しているわけだ。
あらためて考えると無茶苦茶なことをしようとしているな、俺。
「それを実際にやると決断できるかは全く別の問題だよ。なんだかんだと壊れている自覚はあるか? 別に責めているわけじゃないが」
「そりゃそうだ。前にも言ったことだが、前世で軍人なんて因果な商売やっていた人間が、現世になってそこから解放されたのに
お前だって、異世界に飛ばされてきて相も変わらず剣を振っているのだろう? と言外に含めて返す。
「そうだな……。まぁ、剣を始めた理由はなんだったのかもわからないがな」
「まさか物心がついていきなり刃物でも振り回したのか? 物騒なガキだなぁ。ママの愛情が足りなかったんじゃないよな?」
「……俺はナチュラルボーンキラーか。いや、始めたのは剣道からだ。だが、すぐにお座敷剣道では物足りなくなって実戦剣術の門を叩いた。そこで止まることができればそれなりに名前を遺すこともできたかもしれないが、それはできなかった」
話す口調はそのままだが、不意にサダマサが左手を腰の鞘へ持っていく。
その動作を見て、問いかけるまでもなく軽い臨戦態勢に移ったのだと察した。
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