第100話 たまらないぜ ハニハニ


「終わったかの?」


 建物の外に出たところで、待ち構えていたかのようにかけられる声。


 そちらへ視線を向ければ、ティアとサダマサが俺たちを出迎えてくれた。


「あぁ、お陰様でね」


「それは重畳ちょうじょう


 微笑むティアは相変わらず、俺がデザインした着物のような服を纏った恰好をしている。

 今日の着物は真紅に彼岸花の意匠。似合い過ぎていてちょっとコメントに困るヤツだ。


「よう、元気そうだな」


「殺されかけた相手に言われるのは反応に困るのだけれど……」


 俺の挨拶に微妙にイヤそうな表情を浮かべたのは獣人の少女イリア。


 あのまま放り出すのもなんだと、彼女も一緒に帝都まで連れて来ていた。

 さすがに、見知らぬヒト族(と思われる)連中と一緒に待っているのはあまり居心地が良くはなかったみたいだ。


 とは言っても、教会施設の中までイリアを連れて行くわけにもいかなかった。

 あんな場所に連れて行ったら、それこそビットブルガーあたりから罵詈雑言を浴びせられたに違いないのだから。

 俺にだってそれくらいの気は遣えるのだ。


「しかし、とんでもねぇな、《神魔竜》の威圧とか。前世の創作であったけどさ。こう凄むとみんな気絶するヤツ」


 なんか気迫でみんな泡噴いて気絶するヤツだな。俺もそんなスキルがあるなら欲しい。

 っていうか、使えるティアとサダマサがおかしいんだ。いつも思うけど、コイツらナチュラルに存在が反則ではないだろうか。


「まったく、異世界人の想像力には毎度毎度驚かされるのぅ。それにしても、本当にクリスが無事で良かった。心配で食事も喉を通らなかったのじゃぞ?」


 何気に音すら立てない絶妙の重心移動で、俺との距離を瞬く間に詰めたティアに問答無用で抱擁される。俺はぬいぐるみじゃないんだが。


 そして、同時に俺の身体――っていうか、顔面へとに押し付けられる二つの戦略核弾頭。

 見事なそれらが、形を変えて俺の顔にフィットするので呼吸ができなくなる。

 なんというリーサル・ウェポン。圧倒的じゃないか我が軍は。

 俺のICBMもデフコン2くらいのスタンバイ状態になってしまう。くそ、卑怯だぞ!


「やめろ! 嬉しいのはわかるけど息ができない!」


 肩をタップしてギブアップ。それにより、夢中になっていたティアの抱擁から解放される。

 それにしても、ティアのヤツは俺よりも身長が高いため、なんか余計にイケナイシーンを展開しているみたいである。


 ……ていうか、俺よりも野営に慣れてなくて大変だったベアトリクスに誰か触れてやれよ。

 なんか微妙な顔してこっちを見てるし。

 あ、これはさりげなく構ってほしいアピールをしている顔ですね。

 指摘したら全力でブン殴られそうだからあとでフォローするけど。


「嘘つけ。精々いつもの7割くらいは食ってただろ」


 そんな再会を喜んでいる中で、空気を読まずに何言ってんだコイツとばかりに、ティアの後ろでボソリと呟くサダマサ。

 この男もいつも通りの着物姿である。

 逆にティアとサダマサ二人の方が同じ恰好をしているから夫婦っぽいんだけど。


「――――うおっ!?」


 ほぼ同時にサダマサから上がる悲鳴。

 ティアの右手が人間サイズのドラゴンクローとなってサダマサに襲いかかったのだ。アレ、直撃したら顔面ザクロになるんじゃねぇか?


「……やれやれ、ねんちょ――――あー、どうにも気が短くていかんな。さぁ、帰るぞクリス。ヘルムント殿も屋敷でお待ちかねだ」


 おい、今絶対やれやれの後に「年長者のくせに」って言おうとしただろ。なんで何事もなかったかのようにまとめるスタイルに入っているんだ。


 いや、わかりますよ。ぶっこんだら付近が焦土になるからですね。懸命な判断だよ。


「帰りなんいざ 田園まさに 荒れなんとす……かね」


「カッコつけようとして変にインテリぶるんじゃないぞ」


 いちいち何かを挟んでくるヤツだ。

 これで人類最強クラスの剣使いなのだから最高にタチが悪い。


「何だとコノヤロー! 俺はこう見えてバカ田大学主席卒業だぞ!」


「本当にお前はいちいちわかりにくいネタをぶっこんでくるな!」


 俺とサダマサがコントを始めると、ティアとベアトリクスは呆れ顔を、ショウジが苦笑を、イリアは困ったような表情をそれぞれに浮かべていた。






                 ◆◆◆







「「ただいまー」」


「戻ったか、クリス!」


 アウエンミュラー侯爵家帝都別邸の玄関をくぐり帰宅を告げる声を上げると、ほとんどタイムラグなしで屋敷の奥からヘルムントたちがすっ飛んでくる。

 出迎えと護衛はサダマサとティアに任せていたものの、それでも俺たちの帰還を今か今かと待っていたのだろう。

 貴族の所作もあったものではなかったが、それだけ俺たちのことを心配してくれていたのだ。


「兄さま!」


 そして、何故か俺の名前を呼ぶのが発射合図のごとく、イゾルデから繰り出されるいつもの抱きつきタックル。

 プラチナブロンドのかわいらしい弾丸が俺を目がけて突っ込んでくる。

 俺、一応まだ負傷してる身なんですけどォ! だが……だがくやしい! 不思議な力が働いて避けられない!


「ぐふぅっ!」


 既にティアが後ろからがっちりと抱きついているせいで、俺は衝撃の受け流しが十全にできずダメージを喰らう。

 なんだか段々とタックルが鋭く重くなっているんですが……。

 妹の人間兵器としての成長を喜んでいいのか悪いのか、今の俺にはわからない。


「……ただ今戻りました、父上。心配お掛けして申し訳ありません。いや、さすがに疲れました」


 抱きついてきたイゾルデが、次のターゲットであるベアトリクスの方に行くのを視線で見送ってから、俺は溜息を吐き出して息を整え、ヘルムントに向かって苦笑気味に答える。

 同時に、ヘルムントの横で静かに立っていたハイデマリーにも心配をかけたと控え目に笑顔を向けると、ふわりとした柔和な笑みで返された。

 心配していただろうにそれを感じさせようとしない。相変わらず芯の強い御人である。


 ともかく、そんな彼らの姿を見て、俺はようやっとうちに帰ってくることができたと一息つくことができた。

 そんな安心感からか、疲労が一気に押し寄せてくるが、生憎とまだ休むわけにもいかない。


「まさか、こんなことになるなんて――――と言っても言い訳にしかならないが、本当に二人には苦労を掛けた。すまない」


 ヘルムントの精悍な顔は、連日の疲労からか少しやつれたように見受けられた。


「いえ、もう少しうまく立ち回ることができればよかったのですが」


「みなまで言うな。とにかく、今はゆっくり休んでくれ…………と言いたいところだが――――」


 そう途中で言葉を切るヘルムントの顔には、若干の気まずさが滲んでいた。


 無理もない。それほど大したことないと思って息子とその婚約者を送り込んだ依頼が、いつの間にかとんでもない厄ネタに化けていたのだからそんな顔にもなる。

 まったく預かり知らぬところで帝国中枢を揺るがすほどの陰謀が企てられていたとなればそれも含めて気が気ではなかったはずだ。


 一刻も早く元の日常に戻りたいのはみな同じだろうが、俺たちは仮にも帝国貴族だ。果たさねばならない責務がある。


「ええ、早々に諸々の報告をせねばなりませんね。もうひとり居候が増えそうですし」


「ん? その少年は?」


 そこで、俺の後ろに所在なさそうに立っていたショウジとイリアに、初めてヘルムントたちの目が向けられる。


 そうなのだ。

 ショウジをするために一時帰宅した時は、ちょうど間が悪く屋敷に誰もいなかった。

 だから、うちの家族がショウジに会うのはこれが本当に初めてのこととなる。


 ちなみにイリアだが、やはりヒト族にはまだ苦手意識が強いのだろうか、あるいは貴族を目の前にしているからか。

 みんなからの視線を受けて、ショウジの後ろに引っ込んでしまった。


「あー……」


 すでに事情を知っているティアとサダマサは、俺がどんな説明をするのかと傍観者スタイルでニヤニヤしていやがる。

 ある意味では、ショウジこそが今回の事件を遥かに超えるほどの超級厄ネタなのだ。

 くそ、他人事なヤツらはいいよなぁ!


「長くなるので簡潔に……いや、それでも非常に申し上げにくいのですが………………」


「構わんよ。ここまでのことが起きたんだ。今更驚くようなことがあるとも思えない」


 いや、フラグ立てるなよ。絶対驚くし。


「あー、それでは申し上げます。……新しい『勇者』、です」


 しばらく悩んだ挙句、俺には「新しい顔よ!」クラスの簡潔な回答をするしかなかった。

 少なくとも、この場の立ち話で済ませるにはこうとでも言うしかなかったのだ。


「「「…………ええええええええええええっ!?」」」


 一瞬の空白の後に、案の定ヘルムントとハイデマリー、更にはイゾルデからも放たれた驚愕の叫びが屋敷の中に木霊した。

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