第99話 『勇者』の出番作らねぇから


「こうして復讐だって遂げました。でも……なんだか虚しいものですね。何かを得たという気もまるでしない。それどころか、その過程で同郷のシンヤを喪ってさえいるんだから……」


 実際のところは、俺の報復措置の片棒を担いだくらいで、復讐と言ってもメインのヤツらは全部俺が殺してしまっていることには言及しないでおく。

 別に無理矢理人を殺させたいわけでもないし、そもそも「ホレ、準備しといてやったぞ。遠慮なくぶっ殺せ」と強要するとかどこの犯罪組織のやり方ではないか。


 それに――――冗談めかした喩えをしたが、たとえ復讐したいと思ったとしても、実際にやらないで済むならその方がいい。


「そうだな……。復讐ってのは、前に進もうとする人間のための儀式だからな」


「儀式、ですか……?」


「ろくなもんじゃないってわかっていても、それをやり遂げなきゃも前に進めなくなったヤツが踏ん切りをつけるためのものだ。それ以上でなければそれ以下でもない。だから……得られるものなんて何も無いのさ」


「なにも……ないんですか?」


「ああ、ない」


 はっきり言って何の慰めにもならないセリフだ。

 だが、ここで復讐を美化するような言葉を聞かせたくはなかった。


「それで……これからどうするつもりなんだ?」


「正直、わかりません。気持ちの整理がついていないんだと思います」


「だろうな」


「ただ、これからも俺はこの世界で生きていかなきゃならない。シンヤから『神剣』の担い手を継承したわけですから、無関係を決め込んでもいられないでしょう。いくら静かに暮らしたいと思っても、聖堂教会だって俺を放置してくれるとは思えません」


 あぁ、これはきっと――――。


 ショウジの言葉を受けて俺は気付く。

 先ほど彼にはこの世界で生きるだけの理由がないと俺は言った。


 それはたぶん間違ってはいない。

 だが、正しくもないようだ。


 この少年は、遠回しに「それが欲しい」と俺に問いかけているのだ。

 もしかすると、ショウジからしたらこれが最後のチャンスくらいに思っているかもしれない。


 異世界に落とされ、その中で出会えた世界線は違うものの、日本人と言える存在に出会うことができた。

 自分が『勇者』として扱われるであろう運命の中で、自分を単純に『勇者』としてしか見てくれない連中以外の存在を。


「そりゃ、はぐれ『勇者』なんて、どこの国だって放っておかねぇよ。どうにか取り込むか、消そうとしてくるだろう」


 ならば、それに応えてやるのが、俺にできる数少ない役目なんじゃないだろうか。


 この世界に生まれる前、創造神から『勇者』の活躍できる下地になれと言われた時は、さすがにムカついた。

 顔も知らない他人のために生きろと言われて、そう簡単に承諾できるわけがない。


 だが、この少年が、もしも世界から『勇者』としての生き方を求められることになった時、幾分かでもその支えになってやれるのなら、それも悪くないんじゃないかと思う。

 召喚された世界のために、『勇者』がその身を犠牲にしなければいけない――――そんな出番なら、いっそない方がよいのだから。


 ……まぁ実際の所は、俺はともかくティアやサダマサのようなナチュラルボーン最終兵器がいるから、よっぽどのことがなきゃ世界一安全な場所なんだが。


「ショウジ、お前がこの先も『勇者』を続けるって言うなら、もしかしたら同じように『勇者』として召喚された人間と戦う――――いや、ボカした表現は止めよう。殺し合わなくてはいけなくなるかもしれない。だから、先にひとつだけ訊いておきたい。お前に、その覚悟はあるのか?」


 覚悟を尋ねるストレートな言葉を俺から受けるも、ショウジは俺の言おうとしていることを理解しているのか、逡巡するような様子は見せなかった。


「平坦な道ではないと思います。ですが、聖堂教会のやり方は、俺には到底受け入れられませんし、異世界人とはいえ人の命を平然ともてあそんだ教会を許すことはできない。彼らは世界を救うなんてお題目の下に、その裏側で多くの人たちの人生を狂わせている。たしかに、多くを救うために少数を犠牲にすることは、どうしたって避けられないと思います。だけど、それをされた側がみんなのためだから納得しろと言われても、到底承服できるものではないでしょう?」


 ショウジの言っていることはもっともだ。

 たしかに、国とか大きな局面から見たら、結局は多数決に近い進め方になる。

 そうでなければ、国家のような共同体は維持できないからだ。


 だが、そこに放り込まれた人間にとってはそうもいかない。

 自分が死ねば何万人救われようが、ソイツらは所詮赤の他人である。

 そのために犠牲になれと言われて、ふたつ返事で了承できるヤツはバカか変態だ。少なくとも俺個人はそう思う。


「身分は保証されるかもしれんがな。帝国に居ても教会を敵に回すだけだぞ。連中、味方としては頼りないが、敵に回したら死ぬほど厄介な典型例だ。しつこく狙われるのは想像に難くない」


「そりゃ、『神剣』を持って戻れば受け入れられるかも知れませんが、内部にいれば教会の政争には否応なしに巻き込まれるでしょう? 大司教を殺したクリスさんを討ち取って来いとか言われるかもしれませんし、本命の『勇者』が来たら排除される可能性だって高い。正直、そんな打算込みの決断ですが、もう決めました。俺は…………クリスさんと共に生きていきたいです」


 ちょっと待て。

 なんか結論部分がプロポーズっぽくないですかね。俺は熱狂的な女性愛好家なんですけどォ!?

 シリアスが消し飛ぶような爆弾発言を、無意識でもセリフの中に混ぜるの止めてもらえませんかショウジ君。本が薄くなるぞ。


「……そうか。まぁ、打算なしで言われた方がよっぽど信用できねぇよ」


「すみません」


「それでだな、俺たちはこれから帝国の掃除をしなきゃならん。そうしたら少しは居やすくもなるだろうし、帝都の侯爵家屋敷はまだ部屋が余っていてな。それでも良かったらショウジ、うちに来るか?」


 なんとか突っ込まず、平静を装って返事をすることができた自分を褒めてやりたい。


「……そ、そうさせて、もらえますか。よくある冒険者として立志できるような身でもないですし、されても困るんじゃないかなと」


 一瞬だけショウジは言葉に詰まり、それから出会ってから今までの見せた中で一番柔らかな笑顔を浮かべてそう返事をした。


「バカ野郎。そこは素直に「はい」ってだけ言っとけよ。……まぁ、俺たちだってそこそこな貴族の身内だけど冒険者なんてやってるから構わないと思うぞ。『勇者』って言ってもニートしてるわけにもいくまい。箔はあって困るもんじゃないし。もちろん、目の届く範囲でやって欲しいがね」


「そこはご迷惑をおかけしないようにしますよ」


「期待はしねぇよ。『勇者』ってだけでトラブルメーカーだろ。俺だって何故かそのケがあるんだ」


 そう告げて、ショウジの肩をポンと叩いてから俺は歩き出す。


 結果だけ見ればどうにも締まらない展開であるが、人は半日も経てば腹も減るし、息は数分とて止めていられない。

 難しいことを考えたければ、腹を膨れさせて落ち着いてからでいいのだ。無理に考えるから余計なことばかり思いつく。


「まぁなんだ……とりあえず、腹も減ったし帰ろうか」


 話はここまでだと切り上げ、俺たちは早々にこの辛気臭い建物から出ていくことにした。

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