第98話 悲しい瞳で 愛を責めないで


「何故、ケストリッツァー大司教にあの拳銃を渡してしまったんです? いくら本体だけとはいえ、あんなことをしては聖堂教会の戦力増強に繋がりかねませんよ」


 ビットブルガーの死体の後始末をケストリッツァー大司教に頼んで、俺たちは騒ぎになる前に引き上げることにした。


 教会の施設にあまり長い間部外者が居るものではないし、居たい場所でもなかったからだ。


 仮の主は死に、護衛の兵たちは不思議なことに全員気絶。

 不気味なほどに静まり返った廊下を歩きながら、早く家に帰りたいなと考えていると不意にショウジが口を開いた。


「……あぁ。ありゃ最初期に作った欠陥品だよ。教会の連中が、どこぞの鍛冶屋に頼んでリバースエンジニアリングするのは勝手だが、ウチのドワーフ衆が何年もかけて研鑽した冶金技術でもないのに真似して作ったら、10発も撃つ前に銃身が悲鳴を上げて根元部分から吹き飛んで大怪我するさ」


 一度握りこんだ手を開いて、ボン!とジェスチャーをしてやると、ショウジとベアトリクスはイヤな想像でもしたのか何とも言えない顔を浮かべて俺を見てくる。

 なんですか、そのコイツ鬼畜だわーみたいな顔は。


「それにしたって、いつかは錬金術師とかに解析されるのでは……」


「だからだよ。どうせどれだけ秘密にしようとも、帝国からだって貴族派や教会派の現実が見えないバカどもが技術の一部を横流しするだろうさ」


「なら、余計に……」


「いや、。既に手に入っている物をわざわざ高く買ったりはしないだろう? こちらが軍へ正式に配備してないのも問題があるからって思わせたいしな」


 情報戦の基本は、どう頑張ったって相手に渡ってしまうようなものには幾分かの嘘を混ぜておくことだ。

 そうすると、全体像を知らない人間にとってはどれが真実でどれが嘘かすべてイチから検証しなければいけなくなる。


 現状では、戦場のような過酷な環境で使う心配がほぼないからこそ、この手段は有効なカードの切り方と化す。

 本領軍に開発段階の試験用として数挺が置いてある火縄銃は、さすがに十発も撃てないほどの欠陥品ではないが、それでも侯爵領で所領軍向けに作り置きに入っているものに比べればそれほど質の良くないもの――――いわば、モンキーモデルともいうべき品だ。

 それこそ、、後期改良型と入れ替えようと思っている先行量産型である。

 また、一度暴発事故が起きてしまえば教会も火縄銃の性能には不安を持つだろう。

 それゆえに、彼らが火縄銃の真価に気付くのは当面先だ。


 下手をすると帝国でも全面採用にケチが付きそうな、ちょっとばかりリスキーなやり方だが、逆にチャンスともなり得る。


 有事の際、あるいは領内の魔物討伐でもいい。

 余所で使い渋る連中を尻目に、アウエンミュラー侯爵領軍が正規品で戦果をあげてやれば良いのだ。


 実際、エンツェンスベルガー公爵家と帝室は火縄銃の性能を既に正しく理解しているため、今回の教会への牽制も賛同を得られると思っている。

 まぁ、そうすれば、待っているのは良い意味での『手の平返し』だ。

 古来より戦闘証明コンバットプルーフに勝るものはない。


「毎度毎度思うけれど、いささか思考が悪辣過ぎじゃないかしら……」


 ベアトリクスからの容赦ないツッコミが入る。うん、我が婚約者は辛辣だ。


「どんな形であれ、教会に知られれば基本的な技術部分だけでもヒト族圏には勝手に広められる。ネジとかバネの原理がわからなくても、その気になればもっと原始的な銃は作れるんだ。それに、どうせ俺たちの本命は、雷管の開発から技術を引き離すことだ。次の戦争までに、侯爵領で後装式ライフル銃までは開発したい。問題は雷管の安全化と火薬関連の技術だが……」


 そう言って次のプランを考え始めた俺に、ショウジが向けてくる視線は不思議そうなものであった。

 そして、その顔に不安といったあまりよろしくなさそうな感情が織り交ぜられていることに気付く。


「どうした?」


 少しマジな流れだなと思い、立ち止まって訊き返す。


「いえ、今の話とは関係のない話で恐縮なんですが……」


「いいよ、遠慮しなくて。言ってみな」


「異世界に転生させられたのに、。それとも、もう十何年も過ぎたから慣れたんですか?」


「……辛いのか?」


 唐突に出たショウジの言葉に、俺はどう返すべきかと脳内で考えるが、咄嗟に出せたのは続きを促す言葉だけだった。

 これはちょっと良くない傾向かもしれない。


「質問に質問を返すなんて意地悪な人ですね。辛くないわけがないでしょう。ここ数日のゴタゴタで忘れていましたけど、今思い出してしまいましたよ」


 自嘲気味に笑うショウジ。


 ……そうか、今更ながらのショック状態か。


 だが、無理もない。

 この世界に来てから、ずっと緊張を強いられる環境にいたのだ。緊張がふと途切れた時が一番よろしくない。

 ここでケアを間違えると、下手したら心的外傷後ストレス障害PTSDとして深い傷跡を残してしまう。


 対策としては、まずは色々と溜まっているものを吐き出させるしかない。

 もちろん性的な意味で――――ではなく。いや、もしかすると冗談抜きにそういうのが必要になるかもしれないけれど。


「教会本部から逃げ出す時、元の世界から持ち込んだ荷物を奪い返すことができたんです。でも、生き残るために役に立つ物はほとんどなかった。換金しようにも教会勢力圏の街には行けませんでしたからね。だから、スマートフォンが唯一心の支えでした」


 ショウジは出会ってから今までずっと手放そうとしなかった肩掛けカバンに手を伸ばす。


「日本を思い出させてくれる存在だったからか?」


「いえ、ちょっとだけ違います。電波なんて届くはずもないんですけど写真が残ってたんです」


「写真か……」


「ええ、家族や友達の写真がね。こまめに電源を切ったり、携帯バッテリーを使って大切にしていました。それでも結局は何ヶ月も持ちませんでしたけど。ある日、とうとう電源が入らなくなったスマホを見て、あぁこれで自分がいた世界との繋がりがなくなっちゃったんだなって思ったら―――――」


 そこで言葉に詰まるショウジ。その目尻には感情が昂ってきたのか涙が溜まっていた。


 どう声をかけようか迷っていると、横合いから「何か言ってやりなさいよ」といわんばかりにベアトリクスからの視線が刺さる。

 見た目は俺の方がガキなんだがなぁ。中身がおっさんだと仕方ないのか。


「……まぁ、俺は普通に死んじまったからなぁ。そういう意味では、人生終了のところを新たに生まれ変わって生きる権利を得たようなもんんだ。やっぱ死ぬってのは恐ろしいものだよ。一瞬で全てを失うんだからな」


 今でも思い出せる。

 死ぬ間際のあの感覚――――自分自身という存在が消えてしまうのだと否応なしに突きつけられる瞬間を。


「だったら尚更じゃないですか。どうしてそうやって平気でいられるんです」


「そりゃ、


「……え?」


 ショウジが言葉を失う。


「俺はな、どう足掻いたって手の施しようがない死に方をした。ちゃんと――――あー、特殊作戦だから正確な死因は伏せられてるだろうが――――死亡扱いになってるハズだし、家族やダチには申し訳ないと思っちゃいるが、然るべき儀式も済んでるわけだ。それがショウジ。お前にはなかった。言ってしまえば、強制的に取り上げられたようなものだから、余計に諦めきれなくて郷愁に駆られるんだよ」


 ……などどショウジを相手に偉そうに語ったものの、俺だって別にまったく平気ってわけじゃなかった。


 ただ単に、死んでしまったということで、半ば無理矢理諦めて自分自身を納得させているだけだ。

 今からでも元の世界に戻れるって言われたら、迷わないとは言い切れない。


 別れさえ告げられないのは――――さすがに悲し過ぎる。


 今の人生で深く関わっている人たちに、前世の名前を教えていないのも、そこを意識したくないからであった。

 だが、そんな前世を想う感情が強く残っていたのも、ある時までの話だった。


「……そうかもしれません。クリスさんと違って前の身体のまま転移してきたってことは死体は出ていないんだと思います。消えた人間は、俺だけじゃなくて他にも二人いたんですよ。それが忽然と姿を消したのなら、何か事件に巻き込まれたって思われているかもしれない」


 むしろその可能性の方が高い。

 乗っていたバスが吹き飛んだのに、現場には死体も遺留品も一切なし。これでは死亡したと判断するには弱過ぎる。

 神隠しばりの不可解な行方不明事件として扱われていることだろう。


「でも、みんなは俺が二度と会えない別の世界にいるなんてことは知らないんです。心配させているに決まっている。捜索願だって出てるかもしれない。もしも帰れる手段があるかもしれないなんて言われたら、それがどんな手段でもきっと縋ってしまう……!」


 ある意味では、ショウジは過去の俺である。

 いや、日常の中で転移させられているのだからもっとひどい状況とも言える。


 そう。ショウジには、この世界で生きていくだけの強い理由がないのだ。

 頼るべき存在もない状態なのは、おそらく今も彼の中では変わっていないのだろう。


 そして、この状態はひどく危うい。

 彼の縋るべき願望を利用してのけるくらいのことを、賢しいヤツらは一切躊躇わないだろう。


 同時に、それはとても寂しいことだと俺は思う。


 今の俺には、この世界で生きる理由はしっかりと存在している。

 ヘルムント、ハイデマリー、ブリュンヒルト、それにイゾルデといったアウエンミュラー家を構成する家族たち。

 サダマサ、ティア、ベアトリクス、領地で俺に協力してくれているみんな。


 彼らとともに生きるため、そして彼らを守るために俺はこの世界で生きていく。

 生まれ変わってから今日に至るまでの中で、自然とそう決めることができた。


 だから、もしも叶うなら――――それをショウジにも持たせてやりたいと思う。

 寄る辺をなくしてしまったこの少年に。


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