第97話 ツケはきっちり払ってもらうぞ
――――カキン。
火縄を括りつけた火ばさみが、閉じられた火蓋に当たって虚しい金属音を響かせた。
「ハハハハハハハ――――――なっ……!?」
脳内では、既にショウジが血反吐を吐いて倒れる光景でも再生されていたのだろうか。
起きると思われた事態が一向に現実のものとならない展開に、哄笑を上げていたビットブルガーが凍り付いた。
それにより、一瞬だけ静止したように思われた時間が再び動き出す。
アホめ、この状況でわざわざ弾と火薬なんか入れて渡すわけがないだろうに。
「ほらな、だから言った通りだったろ? この世界で地球人――――特に日本人が、自分の常識が当たり前だと思って生きてたら命がいくつあっても足りないって」
「……いや、俺にとってはまさかの展開でした。召喚時の一件で理解した気になっていただけですね。勉強になりました」
勝利を確信した表情を浮かべたまま、拳銃をショウジに向けて構えたまま凍りついているビットブルガー大司教をスルーして、俺とショウジは完全に回りを置いてきぼりにした会話を繰り広げる。
ちなみに、ケストリッツァー大司教ですら、ビットブルガーの突然の凶行が予想外だったのか、その額に少なからぬ汗を浮かべていた。
案外このじいさんもツメが甘いのかもしれない。
さて、この空の銃を渡すやり方については、さすがに結果がどうなるかを賭けるような真似はしていないものの、あらかじめショウジとは打ち合わせ済みのものだった。
その際、ショウジからはあまりにも趣味の悪いやり方だとチクチク言われていたのだが、結果はものの見事にコレである。
ビットブルガーに良心が残されていると期待していたショウジも、この結果には苦笑を浮かべるしかなかったようだ。
まぁ、これも今のうちに経験しておけばいいことだろう。
「どういう……ことだ……」
一方、ビットブルガーは依然として固まったままであった。
事態が呑み込めない――――のではなく、ビットブルガーは自分が謀られたことを理解しているが、プライドが認めようとしないためにこんなことを言っているのだろう。
その証拠に怒りで肩が小刻みに震えている。
まるで貴族みたいな反応をするヤツだが、僧籍にも叙階があるようだし同じようなものか。
「マヌケが引っかかったってことだよ」
実際のところ、この優男は帝国が開発を進めている火縄銃について嗅ぎまわっていたものの、ついぞ知ることができなかったのだ。
その構造を含めた諸々のメカニズムについて。
あるいは、火のついた縄で鉄の筒から、何らかの方法で鉛弾を発射させるところくらいまでは掴んでいたかもしれない。
それまで火薬のなかった世界ではこのあたりが限界になるのだろう。
しかし、肝心の火薬を詰めてそこへ火縄を当てて
だからこそ、降って湧いた起死回生のチャンスに飛びつき、火縄をつけて見せたことにより即座に撃てるものと錯覚してしまったのだろう。
知らないがゆえに火薬と鉛玉が込められているかの有無を確認することもなく、自身を権力の座から追い落した原因への憎しみだけを原動力として、ショウジに向けて空のまま引き金を引いたのだ。
だが、コレに関してはビットブルガーを弁護するわけではないが、地球人だってやりかねないミスだろう。
例えば、それまで一切使ったこともないオートマチック拳銃を渡されて、すぐにスライドを引いて薬室あるいは弾倉に弾が込められているかとチェックはしまい。
それはあくまでも銃に対する知識を持った人間のすることだ。
もちろん、俺はミスター良心で通るほど優しいので、ショウジを撃ち殺した後、残りの二人――――俺とケストリッツァー大司教をどうするつもりだったのかについては、わざわざ尋ねたりはしない。
とはいえ、人に向けて引き金を引いたことには変わりない。
そこには明確な殺意が存在するのだから。
「……で、どうするショウジ。殺されそうになったが、お前、斬るか?」
「力に溺れたことは本人の自業自得と言えますが、この人はシンヤの仇でもあります。でも、殺してしまうとマズいんでしょう?」
「聡いねぇ、お前さん。だが、それについては心配要らない」
ショウジとの会話を止めて俺が視線を向けると、ビットブルガーは怒りと怯えの混じった表情で俺を見る。
この期に及んで、これから何をするかわからないとは言うまいね。
「やめろ……。私に何をするつもりだ……!」
「おっさんが何たわけたことを言ってるんだよ、エロ同人のキャラかオメーは」
せめてもの抵抗のつもりか、弾を発射しないとなれば金槌にも劣る火縄拳銃を、俺目掛けて投げつけてくるビットブルガー。
しかしクリス選手、それを難なくキャッチ。
「せっかくだ。冥途の土産に教えておこう。この武器――――火縄銃というのは、文字通り火縄を使って
そう言って俺は、キャッチした火縄拳銃の火ばさみを起こし、火蓋を切って火皿に口薬を入れ、火蓋を閉じる。あとは教科書通りに、銃口から火薬と鉛玉を入れてカルカで押し固めるだけだ。
ちなみに、万が一暴発などしないように、俺は先に口薬を入れてから火蓋を閉じている。
「コレでちゃんと撃てる状態になったわけだ。なんなら、もう一回貸してやろうか?」
笑顔を浮かべてそう問いかけるも、ビットブルガーは俺の親切な申し出を無視して椅子を蹴り飛ばして部屋の隅へと逃げていく。
ちゃんと想像力が機能しているらしく、その顔は死への恐怖に引きつっていた。
往生際が悪い。
そりゃ誰だって死にたくはないだろうが、いったい何人の人間に同じような思いをさせてきたのだろうか。
何の痛痒も感じず、己の出世の邪魔となる人間を葬ってきたのではないのか。
まぁ、所詮人は他人の痛みには鈍感な生き物だ。想像はできても理解まではできない。
「抵抗したければしてもいいぞ。下手すると、一生意識はあるのに身体が動かない生活をするか、生まれてきたことを後悔するくらい激痛にのたうち回りながら死ぬことになるけどな」
とは言ったものの、このままじわりじわりと言葉や動作で追い詰めて、殊更に恐怖心を煽るほど趣味が悪いつもりもない。
真実のみを淡々と告げて、俺はビットブルガーの所まで歩み寄りその口元に銃を向ける。
「こ、この悪魔め!」
「とんでもねぇ。アタシャ人間サマだよ」
罵声と共に自身に向けられる銃身を掴み、必死の力で逸らそうとするビットブルガー。
だが、魔力で身体能力を強化している俺の行動を妨げるには至らない。
火皿を蓋したら発射はできないのだが、恐慌状態になっているからかビットブルガーはそこには気付かないし、気付けない。
空しい抵抗を受け流しながら、俺は最終段階に入る。
銃把を握る右手をしっかりと固定し、狙う射線のイメージはビットブルガーの口元から後頭部に抜ける直線。
左手を銃身に添えて、返り血が自分の顔へかからないようにする。
きっとビットブルガーの網膜には、自分自身に向けられた銃口が底知れぬ深淵のように映り込んでいることだろう。
「こ、こんな――――こんなことをして済むと思っているのか! ケストリッツァー! 貴様もだぞっ! 『創造神』アルサスは、決して人類への反逆者たる貴様と、背信者と、堕ちた『勇者』を――――」
「いいんだよ、許してくれなくて。どうせ今度は地獄落ちだ。先に行って待ってろ。そのうち俺も行く。
そう告げて問答無用で俺は引き金を絞る。
夜の静けさの中を走る轟音と、銃口から大量に漏れ出る黒色火薬特有の煙。
それらを伴って発射された近現代銃に比べて大口径の鉛弾が、ビットブルガーの前歯を行きがけの駄賃にヘシ折って上顎部から侵入。
彼が描いた人類圏を巻き込む壮大な野望の根源を、血液などと盛大にシェイクしながら頭蓋を抜け、背後の壁へ醜悪な前衛芸術としてブチまけるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます