第96話 油断してると後ろからバッサリだ!~後編~


「それと、これは独り言ですが、ラーデベルガー枢機卿も特に反論はなさいませんでしたよ。この通り、魔導伝書で本部とのやり取りを終えています」


 わざわざ口に出すということは、これは暗に自分の派閥の長に切り捨てられたと伝えようとしての行動だろう。

 要するに最後通告と同じだ。「お前には一応反論するだけの機会は与えてやるが、それを額面通りに受け取ってノコノコ反論に来てみる? 死ぬけどね?」と言い換えてもいい。


「よくもまぁそこまでしたもんだ」


「我々は帝国と敵対したいわけではないのですよ」


 じいさんが口にした魔導伝書とは、かなり昔から伝わる魔道具の一種で、使い捨ての伝書鳩的なものだ。

 送受信機を兼ねた台座を用意することで、軍用輸送ヘリくらいのスピードで書簡を送ることができる。

 1回の使用に並々ならぬ魔力のチャージが必要なものまで使っていたとすれば、ほぼ間違いなく事実だろう。


「ケストリッツァー、貴様ァ…………!」


 あまりの屈辱からか、ビットブルガーは形の良い眉をつり上げるのみならず、歯から軋む音がするほどに強く噛み締めて怒りを表す。

 情けないところを政敵に見られた挙句、その政治生命にトドメを刺しに来られたとなればこんな顔になるのも無理はない。


「だいたい、ツメが甘過ぎますよ。始末するなら、確実に仕留められるだけの確信がなければやるべきではありません。しかも、あなたはそれを2回も失敗している。『勇者』選定の儀についてのコメントは差し控えますが、クリストハルト殿を暗殺するならバカ正直に野外でせずとも国境の街にある教会であっても十分にできたでしょう」


 いや、アクシデントで手飼いの影を皆殺しにされてるヤツが言うセリフじゃねーだろ。


 いや、それよりも…………


「思っていてもそれを本人らの前で言うかね?」


「普通言いませんよね」


 あまりの歯に衣着せぬ物言いに呆れてショウジに耳打ちすると、同感だったか呆れた調子の声が返ってくる。


 ホント好き勝手言ってくれるぜ、このじいさん。

 というよりも恐ろしくすらある。

 もしも敵に回したりしたら、いったいどんな方法で暗殺とかしてくるんだろうか。

 不謹慎だが、考えるだけでワクワクする自分がいる。


 とはいえ、ある意味ではこの場で余計な内容を敢えて口にすることで、手の内を晒してくれているわけだからそれなりに好感は持てる。

 こちらに対してもそれなりに筋は通してくれるらしい。

 そうでなければ、相手からの信頼を得られないと思ってくれている……かはわからない。


「それで、お前はワザワザ本部から私を笑いに来たのか…………」


「理由の半分はそれですな。あなたの帝都派遣の件ですが、こうなってしまっては私と交代――――というよりも、交代人事自体がなくなったのですよ。私としては、任期を満了したわけでもない上に、元々過ごしやすいと思っていた帝都に戻れるとあって諸手を挙げて承諾しましたがね。それと、もう半分は――――


 そう言って、意味ありげな視線をこちらに視線を向けてくるケストリッツァー大司教。

 俺は小さく肩を竦める。


「帝国内部での地位以外に、アンタが欲しかったのはコイツの技術だろ?」


 用意していたものを懐から取り出し、ビットブルガーの前にある机の上へ置く。

 火縄式の前装式滑腔拳銃で、いずれ火縄銃が広まった時用に試験的に作らせていたモノのひとつだ。

 ちなみに形にすることが目的の試作品なので10発も撃てないものではあるが。


「本来はもっと違う形状をしているんだが、これは至近距離での戦闘ないしは護衛用に切り詰めている。ちょっとくらいの距離なら狙った所へ当たるし、騎士のプレートアーマーだって貫通する。面白いだろう?」


 なるべく表現をぼかしながら説明を行う。


 一方のビットブルガーは状況を理解できていないようであった。

 何故目の前に、自分が入手しようとしていた武器が置かれたのかがわかっていないのだ。


「そんなに難しいことは求めていない。ソイツを自分のこめかみに当てて、こういう風に引き金を引けばいい。そしたら毒を飲むよりもずっと楽に死ねる」


 引き金部分を指で引く動作の見本をゆっくり見せてやると、そこでようやく何をしようとしているかを理解したのかビットブルガーの瞳が大きく揺れた。


「…………これが、これが慈悲だと言うのか、ケストリッツァー……!」


 じいさんに縋るような視線を向けるビットブルガーだが、残念ながら何の返事も得ることができなかった。


 その間に俺は、オートマチック拳銃のハンマーを起こすのと同じ要領で、火ばさみに点火済みの火縄をつけてから起こしてやる。

 カチリと火ばさみが固定される金属音が鳴り、準備が整ったことを告げた。

 それを確認してから、再び火縄拳銃を机の上に置き、ビットブルガーに対して一度引いた手の平を再び差し出して「どうぞ」と言外に伝える。


 意を決したようにビットブルガーは火縄拳銃へ右手を伸ばし、ゆっくりと銃把を握る。


「神よ……」


 銃口を自分のこめかみに当て人差し指を引き金にもっていくと、目を閉じて祈り始めるビットブルガー。


「私は……私は間違ってなどいない! 聖堂教会こそが選ばれし神の地上代理人なのだ! それを貴様のような――――」


 かっと目を開き、驚くべき早さで握りしめた拳銃の銃口をショウジに向ける。


 その瞬間、ビットブルガーの顔には勝者の笑みが浮かんでいた。

 最後の最後で大逆転をしてやったという笑みが――――。

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