第48話 Iske Rauta!!
屋敷内で残る作業をひととおり終わらせてから、俺は護衛の名目でサダマサを伴って『工廠』を訪れる。
ちなみに、疲れているであろうベアトリクスには母上やイゾルデとの会話が終わったら屋敷で休んでいてもらうよう使用人に伝えておいた。
出会って1年程度では、なかなか“新しい環境”に適応するのも難しい。
今から俺が向かう場所は、彼女にはまだちょっとキツい場所と思ったのだ。
「それにしても、相変わらず物々しいな、ここは」
隣を歩くサダマサが漏らす。
「世界一物騒な男が何を言ってんだ?」
「せめて大陸一とかにしてくれないか?」
「そこは物騒を否定しろよ! 変な謙遜をするんじゃなくて!」
冗談を言い合う俺たちの視線の先には煙突から煙を上げる建物。
入口には剣と槍で一見過剰なまでに武装した警備の人間が数名歩哨に立っている。
外から見たら不釣り合いにしか見えないほどの警戒が敷かれるその場所は、侯爵領の領都の郊外に位置しているにもかかわらず、ある種異様な雰囲気を発していた。
だが、それもそのはずだ。
この世界には、まだ誕生していない有刺鉄線をふんだんに使って施設の周囲を防御。また、柵から2mの位置には対人地雷をかなりの密度で敷設し、外部からの侵入を頑なに拒んでいる。
工廠で働く人間へも、入口以外は厳重立入禁止エリアとして踏み入ろうとはしない。
さらに万が一に備えて、建物の側面には、この世界の人間がぱっと見ただけでは何の役割を果たすのかわからないであろうが、もし何者かの攻撃を受けて籠城戦になった際に使用する銃眼が備え付けられていた。
過剰なまでの警備体制と思うかもしれないが、それは黒色火薬とはいえ、未知の危険物を扱っているのもさることながら、それ以外にも新たな技術革新を生み出す場であることが最大の理由だ。
事実、すでに数百挺を数える
もちろん、現時点で火縄銃が実戦で真価を発揮して、その価値が帝国内で理解されているわけではない。
だが、少なくとも工業力に裏付けられて運用された場合、魔法が大きな戦術的価値を持つこの世界にどれだけの影響を与えてくれることか。
正直未知数な部分もあるが、決して馬鹿にすることはできまい。
まぁ、それについては今語ることではないか。
「やぁ、ご苦労さん」
工廠を立ち上げた当初からの付き合いとなる元冒険者警備員たちからの敬礼を受け、俺たちは軽く答礼しつつ重厚な扉を開けて中へ入る。
通路を抜けて現場へと入ると、途端に俺たちの身体を目がけて熱気が押し寄せてくる。
ドワーフたちが揃って金属の加工に精を出しているのだ。
もわっとした空気に混ざるのは、金属の匂いと油、それに
さらに時折聞こえてくるのは、鉄を打つハンマーの甲高い音と、弟子ドワーフを怒鳴りつける親方ドワーフたちの野太い声だった。
「おおっ、若にサダマサ殿じゃねぇか! もう帝都から帰って来る季節になってたのか! 早ェもんだな!」
内部を歩いているとドワーフのひとりが俺を見咎め、大声をあげて足早に近寄ってくる。
人類の種族の中では小柄とされるドワーフの中では、かなり大柄な部類と言える。
元々身体が筋肉でゴツゴツとしている男ドワーフだが、そのドワーフはそれらを遥かに上回る鋼のような肉体を持っていた。
結構な齢のはずなのだが、一向に衰える気配がないどころか見るたびに肉体が筋肉で膨らんでいる気がする。
元々の金髪がほとんど白へ変わりつつあるのも老化のせいではなく進化してるんじゃないかと思えてくるほどだ。
「やぁ、大親方。みんなの顔が見たくなってね。早速来させてもらったわけさ」
「右に同じだな」
俺とサダマサが挨拶代わりの言葉を返す。
この老ドワーフが、工廠の現場責任者──工場長みたいな存在である。みんなからは、各部門の親方たちをまとめているので『大親方』と呼ばれている。
誰も本名で呼びやしないので俺も本名を覚えてはいないし、本人もそれで特に気にした様子もないのでそれで済ませている。
「かーっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの! 俺たちドワーフ相手にそんなこと言うヒト族なんて滅多にいないんだぜ? 世辞でも嬉しいもんだ!」
「世辞なんか言わないよ。俺がそんな人間に見えるか?」
「見えねぇなァ! そういう芸当は母親ん中に置いてきちまってるだろ」
「これだよ! でも、ドワーフに近付かないのは、みんな声がデカくてうるさいからじゃねーの? そんな大声で喋られたら、俺の耳までおかしくなっちまうぜ!」
両耳に指を突っ込みながらわざとらしく肩を竦めて見せると、途端に大親方が破顔する。
「がははははは! 相変わらずおもしれぇコト言いやがる! よそのヒト族にも、もうちっと若たちみたいな笑いのセンスがあればっていつも思うぜ!」
「そりゃちょっと難しそうだな。もっと貴族が苦労する時代にならないと」
「ちげぇねぇ!」
現場の中で立ったまま話すのは、さすがに周囲の音がうるさくて難儀したため、俺たちは建物内に作られた休憩室まで移動する。
この工廠は領地内でも相当に特別で、燃料式と太陽光式の発電機を完備しているため、内部では電気を使うことができる。
もっとも、技術の発展を阻害しかねないため、工場内の製造設備には必要以上に電気を使うものを設置しないようにはしていた。
普段は、俺がいない関係で節約のために太陽光中心だが、戻ってきて発電機用の燃料を追加したためLED照明をつけるだけでなく、エアコンまで遠慮なく稼働させていた。
いくら外の気候が春のそれであっても高温の鉄を使う現場はとにかく暑く、多少離れている休憩室にまでその余波は伝わってくる。
ドワーフですらこれを快適とありがたがるくらいだ。慣れていない人間には結構厳しい。
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