第49話 Synny Rauta!!


「そういや、ウーヴェの調子はどうだい?」


 冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出して陶器製のマグカップに注ぎながら、工廠のおおまかな近況を聞いた後で、一緒に《竜峰》へと旅した若いドワーフの近況を尋ねる。


 ウーヴェには銃器開発部門の主任として働いてもらっているため、彼の近況=開発状況でもあるのだ。

 ついでに言えば、ウーヴェは大親方の孫のひとりにあたるらしい。


「あー、悪くはねぇよ。なにしろ俺様の血を引いてるからな」


 直接褒めないものの、なんだかんだとジジバカである。


「まァ……なにやら相当に試行錯誤していやがるみたいだがな。特に大変なのが“同じ寸法の部品を作らせる”ってことらしい」


「ふーむ。やっぱり、部品に“共通規格”を持ち込むのはまだ厳しいかねぇ」


 工業製品の肝は、同じような品質で同じように動いて同じような寿命を持つことだ。

 そのためには、構成する部品の精度にバラつきがあるようではいけない。


 すぐにできるとは思ってはいないが、それでも先を見据えて俺は工場に共通規格の概念を持ち込むことにした。


「俺も現場の連中には口をすっぱくして言っちゃあいるが、今までに存在しなかった考え方だ。こればっかりは少しずつ浸透させていくしかねぇなァ。まぁ、ウーヴェのヤツは、なまじ若から到達点を見せられてるからな。『自分たちにできないはずがない』ってのが余計に悩んじまってる原因かもしれねぇ」


「……いくら答えを教えたからって、必ずしも本人がそこまでたどり着けるってワケじゃないからなぁ。かえって悪いことしちまったかもしれねぇや」


「おいおい、そうじゃねぇよ、若。むしろアイツは喜んでさえいるはずだぜ? 俺たちドワーフは、珍しいものや優れたものを見たら、それを自分の手で作らずにはいられなくなっちまう。それがドワーフのサガだ」


 俺の言葉に、やんわりとそういう意味で言っているんじゃないと苦笑する大親方。

 喋り方もいつものうるさ──もとい豪快さはなりを潜め、今は長い人生を歩んできた一人の職人として淡々と喋っていた。


「それじゃあなおさら──」


「だが、それと自分自身が高みへ到達できるかどうかってのはまた別問題だ。あとは、アイツの生きてる間にどこまで進められるかってコトになる。自分との戦いみたいなもんだ」


 自分自身もそうであったのだろう。

 大親方の視線は、ここではない昔を見ているようでもあった。


「俺たちは職人でこそあるが、なんだァ? 若が言う『技術者エンジニア』ってヤツじゃねぇ。いくら鉄やらなんやらを加工するのに優れてても、新たなモノを作り出すためには、それまで培った技術の理解ってのがどうしても必要になる。職人技は大事なモンだ。誇りですらある。だが、それだけじゃいけねぇ」


 そう言って大親方は陶杯カップを口へ運ぶ。


「難しいことをしようと思ったら、当然それに合わせたやり方も考えなきゃいけねぇんだ。そうなりゃ、いずれは若が言ったように学を身につけて鉄を叩かないドワーフだって出てくるだろうよ。だが、それは別に鉱山の民ドワーフの誇りを失うことじゃねぇ。ドワーフみんながより良いものを作れるようになるんだからなァ」


 ドワーフらしくない長いセリフの末、大親方は穏やかに微笑む。


 それは伝統を意固地になって遵守するのではなく、時代の流れをしっかりとその身に受け、それへと柔軟に対応できるよう種族としてベースアップしていこうとする考え方だった。

 一応、前世で物作りを得意とする国に生まれ育ったからか、俺としてはなんだか妙に共感ができる。


「なるほどねぇ」


「俺は政治にゃなんも興味ないから、こうやってヒト族のトコロで専属の職人をやらせちゃもらっているが、すごくありがたいと思っちゃいるんだぜ? 若が持ってきた知識や技術は、ホントならすんげぇ手間暇かかるものなんだろう?」


「まぁね」


「それを何段飛ばしで手に入れられるんだ。色々とあるのかもしれねぇが、少なくとも俺ァ感謝してる。ホントだったら俺の息子や孫の代でも見られやしないものが自分の代で見られるってんだからなァ。多少ズルしてようが関係ねぇ。職人冥利につきらァ」


「それが戦で死体の山を築きかねないモノであっても?」


 それでも俺は告げておく。

 ドワーフたちの研鑽で生まれたモノは、遅かれ早かれ戦場に投入されて屍山血河しざんけつがを生み出しかねないものであると。


「……あぁ。たとえそれが人殺しの道具であっても、だ。所詮、武器は武器だ。他の生き物を殺す以外の使い道なんてほとんどないが、それゆえに突き詰めた機能美がある。そういうものを、俺たちは生涯に一度でもいいから作りたいんだ。どうしようもねぇ宿業だなァ」


 大親方は強い意志の瞳で即座に言葉を返してきた。そこに迷いなど一切感じられない。

 とうの昔に割り切っているのだろう。武器をどう使うかは、すべてその担い手次第なのだからと。


「それにな、若。そもそもドワーフって種族は、自分が満足できる武器を作るためなら、世界なんか滅んでもいいって考えるくらいの大バカどもなんだからなァ!」


 神妙な顔から一転、がははははは! と大声で笑い出す大親方。


「笑えないぜ、大親方。まぁ、なんつーか趣味の種族っていうか……」


「だが、それが俺たちドワーフだ」


 笑いつつもその眼は真剣だった。


「ところでさ、大親方。もう少し普段から、さっきみたいな普通の声で喋れないの?」


 ふと疑問に思っていたことを訊いてみる。


「そりゃあ若の頼みでもちと聞けねぇなァ! ドワーフの親方ってのは、大声で喋っちゃ大酒を飲む頑固者って、昔から相場が決まってるんだからなァ!」


 俺の指摘で完全に親方モードに戻ってしまったようだ。

 まぁ、これも癖のある連中揃いのドワーフたちを指導していくための伝統なんだろう。

 俺は受けたくないけれど。


「まったく、大親方にかかっちゃ形無しだ」


「そりゃそうだ。なんだかんだと、俺の方が『転生者』の若より遥かに長生きしてるからなァ!」


 50歳くらいの小さめなマッチョのおっさん──この時点で、なにか表現がおかしい気もするが──にしか見えないこの大親方、すでに年齢は120歳くらいとなっていると聞く。

 人類圏に生きる人型の種族で、ドワーフはエルフの次くらいに寿命が長い。

 だいたい150年くらいは生きるようだが、この突然変異でも起こしていそうな大親方なら200年くらいは軽く生きそうな気配がする。


「ところで、本題なんだけど」


「なんだァ? さっきのアレが本題じゃねぇのか?」


 大親方の目がまた少しだけ細まる。

 まぁ、あんな話の後だから無理もない。


「いや、そう身構えないでくれよ。今日は宴のお誘いに来たんだからさ」


「宴……そりゃ酒かっ!?」


 ガタッと音を立てて立ち上がる大親方。すでに目の色が変わっている。

 俺が反応に驚きながら頷くと、大親方はそのまま現場へと続く扉へと向かい、勢いよく開ける。

 そして、大きく息を吸い込み、現場中に響き渡るような大音声を上げた。


「おい、野郎ども!! 若が宴を開いて下さるそうだ! テメェら、いつも以上に気合を入れて仕事しろよ!! 変な部品でも作ったら承知しねぇからな!!」


「「オ…………ウオオオオオオオオオオッ!!」」


 ドワーフたちに『酒』という言葉は、この上なく効果覿面てきめんであった。

 この喧騒の中でさえ、その超重要キーワードを彼らの聴覚は聞き逃すことなどなく、作業の手を支障のないレベルで止めて割れんばかりに腕を掲げて叫ぶドワーフたち。

 何気に手が離せないヤツも叫び声だけで参加しているではないか。

 まるで工場全体の男臭さが一気に流れこんでくるようである。


「まだ日時を伝えてないんだけど……」


 これで開催は今日じゃなくて明日とか言ったら、この場で暴動起きたりしないよな?

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