第50話 仕事は段取りが九割


 その日の夕食はなかなかに盛り上がった。

 客人が来ているということで全員が一緒の食卓を囲んだからだ。


 ベアトリクスにサダマサにティア。

 この三人が加わるだけでもずいぶんと賑やかになるものだ。


 そして、夕食が終わり夜。


 屋敷の食堂に併設された調理場で、俺は『お取り寄せ』した食材を調理台の上にどんどん積み上げていく。


「またえらく豪勢に材料を揃えたもんだな。よもやとは思うが、クリスが明日の調理をするのか?」


 話しかけてくるサダマサは暇なのか、椅子に腰を下ろしてスコッチウイスキーのグラスを傾けながら俺の作業を眺めていた。


「そりゃせっかく宴を開くんだからな。なにより主催が親父殿じゃなくて俺になってるみたいだし」


「言い出しっぺってやつか。しかし、だからってお前がそこまで働くこともあるまい。一応は貴族の坊ちゃんなんだぞ?」


 俺の答えに苦笑を浮かべるサダマサ。

 こちらへ向ける視線が物好きだなと言外に語っていた。


「そうかもしれんけどせっかく実家に帰って来ているんだから、美味いものが食いたくてさ」


「む。美味いものと聞いては、否定する要素がなくなってしまうな」


 サダマサはグラスの中身を飲み干し、新たに液体を注ぎながら同意の言葉を漏らす。

 そういえば、この男もなんだかんだと食に関する好みはうるさいほうだった。


「生きてるものは取り寄せられなくても、死んでたり食材になっているものならこれといった制限もなく取り寄せ可能だ。なら、使わない手はないだろう?」


「そりゃそうだ」


「まぁ、目にモノを見せてやるさ。見ていろ、食に関する貪欲さで世界に名を馳せた日本人の食い意地を!」


「おいおい、ちょっとは加減しろよ……」


 この時、サダマサの声はよく聞こえていなかった。

 脳内で駆け巡っていたクリスくんプロデュースの宴会レシピの構築のせいで。


 この世界で畜産が産業とはなっておらず、海産物の流通もほとんどない。

 ならば、たとえブランド品でなくとも存分に戦えるだけの味を持っている。

 それらを適切に下ごしらえして、必要なものには各種調味料をぶっこんで調理したら、あら不思議。味覚への戦略爆撃が可能なわけだ。


「てれれってててて~♪」


 豚ロースの塊にはフォークで念入りに穴をあけて塩をすり込み、ラップでぐるぐる巻きにしてから、以前からちゃっかり設置してだけはしておいた業務用冷蔵庫へと放り込む。

 魚──真鯛も、硬い鱗をしっかりと落としてから出刃包丁でささっとエラと内臓を抜き、3枚におろしてから腹骨と中骨の部位を取り除き、一部の皮は引かずに同じく冷蔵庫へ。

 その他の魚や肉もささっと処理をして、癖のある部位には調理法に応じて臭み消しを兼ねた調味料をしっかりと絡めておくのを忘れない。


 当日の調理の手間を減らすために、できるものは前日に仕込んでおくのは基本中の基本だ。

 また、味の染み込み具合なんかを考えると早めにやっておいた方がいいものも多い。


 ただ、サラダに相当するものは過熱が必要な食材のみ下処理をしておく。

 あまり早いうちから味をつけると水分が出てきてせっかくの食感が損なわれてしまう。


 こういったこの世界ではまだ行われていない調理方法のものは俺がやるとして、屋敷の調理人たちには、普段からやっている作業の一環であるものを明日やってもらうべくメモを残しておけばいい。

 これで作業効率は大幅に高くなる。


「悪いがなんか肴を出してくれないか」


 鼻歌交じりで明日の仕込みをしていく俺を、サダマサは依然として興味深げに眺めている。

 刃物を使うのが得意なのだからすこしくらいは手伝ってくれてもいいと思う。


「しゃーねーなー」


 要望に応えて、ドライソーセージとスモークチーズを『お取り寄せ』して置いてやると顔がわずかにほころんだ。


「しかし、ずいぶんと楽しそうに料理をするんだな、クリスは」


「そりゃ元々料理するのが好きだったからな。この世界に来てからは、使用人任せでやってないから知らなかったかもしれないけど」


 鼻唄を歌いつつ、夕食後にスペースを開けてもらった場所にはオーブンレンジを『お取り寄せ』。

 この屋敷も何気に一部の場所には電気を引っ張ってきているため、こうした地球の家電製品を使うことが可能なのだ。

 自衛軍時代に取っててよかった電気工事関連の資格!


「さて、下ごしらえは終わり。明日は昼から宴会だ。面倒だけど、寝る前にちゃんと魔力を使いまくっておかないといけないのが辛いところだぜ」


「口で言ってることと、表情がまるで一致していないぞ。まるで遠足前の子どもみたいだな」


 俺の浮足立った様子を見て、からかうような笑みを浮かべるサダマサ。

 そう言われて、俺もちょっとだけ恥ずかしくなり、照れ隠しの苦笑を浮かべる。


「あれ、クリス。まだ起きていたの?」


 そこで食堂にベアトリクスが顔を出した。

 すでに寝間着姿だった。


「ああ、まだ明日の準備が終わっていなくてね」


 俺やサダマサからすればまだ遅い時間ではないのだが、この世界の人間からすれば寝る時間だったりする。

 電球はおろかガス灯などが開発されていないため、夜は火の灯りを燈すしかない。


 必然的にそのための油などを購入する必要が出てきて、費用を惜しむ者は暗くなったらさっさと寝る生活となる。

 貴族であってもそれは例外ではなく、よっぽどでなければ灯りをつけてまで夜更かしをしようなどとは考えないのだ。

 まぁ、こちらは金を惜しむというよりも、どちらかといえば睡眠時間をたっぷり確保したいのがほとんどのようではある。


「ベアトリクスこそどうしたんだ? もう寝ている時間じゃないのか」


「う。……いや、普段と枕が違うからちょっと寝付きにくくて」


 うちの枕に文句あんのかオメー……なんて口にはしない。

 それならわざわざ部屋を出てうろついたりはしないからだ。


「酒は出せないが、軽く摘まめるものならあるぞ」


 俺の代わりにサダマサが助け舟を出す。


 ありがたいことだった。

 さすがに「腹が減ったのか?」と俺から婚約者に訊くわけにもいかない。

 いや、言ってもいいんだけど、それをやってしまうと確実にベアトリクスは素直に答えなくなる。


「べつにそういうわけじゃ――――」


 ぐぅ~~~~~。


 そこで予想外の事態が発生し、一気に気まずい空気となった。

 俺とサダマサは視線をベアトリクスから余所へと向ける。


「……き、聞いた?」


 頬を真っ赤にして小さくぷるぷると震わせながら問いかけるベアトリクスに対して俺とサダマサは首を横に振る。

 もちろん、完全に逆効果となった。


 どうしたものかと腕を組んで考える。


 あ。


 そこで閃いた。

 べつに本人のために何か用意する形にしなければいいのか。


「ちょっと腹が減ったな。なんか夜食でも作るか」


「いいな。この時間ならパスタはどうだ?」


 さすがにわざとらしいかなと思いつつ、俺は自身の空腹を言い訳に調理の支度を始める。

 サダマサも空気を読んでそれに同意を示す。


「いいな、そうしよう。……あ、ベアトリクスもちょっとは食べるだろう?」


 そこではじめて気が付いたような素振りで俺はベアトリクスに訊ねる。


「ク、クリスが作ったぶんが余りそうならすこしだけ……」


 依然として顔は赤いままだ。

 だが、そんなベアトリクスの見せた意外な一面を、俺は結構可愛いものだと思ってしまうのだった。


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