第51話 宴のはじまりはじまり~前編~


 さて、手っ取り早くみんなで宴会をするなら屋外にかぎる。


 ……決して実家の屋敷が、そんな大人数を収容することが不可能だからではない。そんなことはないのだ。


「じゃあ、やっていくぞー」


 とまぁ、そんなわけで、もっとも効率的な方法として、俺は外で肉を焼く──要はバーベキュー方式をメインとした宴会を催すことにした。


 貴族の格式がどうのこうのとか言い出すアホはここにいないので遠慮は要らない。

 自分が前世時代にバーベキューをやった時には、実家の庭でコンクリブロックやレンガを組んでそこを竈代わりにして炭火をおこしたものだが、この世界ではそういうやり方はしないようだ。

 なので、お取寄せしたバーベキュー用の足付きコンロを用意した。


 集まってくれた工廠で働く面々を始めとした招待客たちは、俺たちの様子を物珍しそうにしつつも、朝からたいして食べていなかったのか用意された食材へと興味津々な目を向けていた。


「うん。こんな感じで炭が白くなってから焼き始めてくれ」


 パタパタと団扇で炭に風を送りながら、俺は周りにいる侯爵家の調理人たちに向かって説明をする。

 ある程度火が熾って炭の色が白くなるまでは、こうして扇いでやったりと手間と時間はかかる。


 だが、こうしないで焼き始めると温度が高くならない上に、肉から滴る脂で必要以上に燻煙が発生し、焼けた肉に炭の匂いがキツくついてしまう。

 肉を焼くだけという究極にシンプルな調理方法のため、素材の味のみならずこういう部分で味に差をつけるのだ。


 それをざっくりと説明すると、屋敷で雇われている調理人たちはふむふむと興味深そうに炭の色が変わっていく様子を同僚とあれこれ話しながら眺めていた。


 まぁ、ほんの少しの手間で、食材の味が変わることを知識のひとつとして知ってもらえばいいのであって、混乱させるような解説をするのは無意味に過ぎる。

 少なくとも、普段かまどで火を熾し、鉄鍋で食材を加熱して調理するのがほとんどである彼らの選択肢が、今後ひとつかふたつ増えればそれでいいのだ。


 とりあえず、今後帰って来た時のために、野鳥の炭火焼きとかも覚えてほしいしな!


「さぁて、そろそろ焼き頃かな」


 良い頃合いかと思ったところで金網を置いて、そこにトングで挟んだ牛脂を塗っていく。

 網に焼いた肉がくっつかないようにするためだ。


 熱で溶けた和牛の牛脂から滴った脂が真下の炭に落ち、早くも燻煙を纏った香りが周囲目掛けて漂い始めているが、まだだ、まだ慌ててはいけない。


 一方、そんな匂いに誘われるように、近くではドワーフたちがそわそわとしている様子が、背中に向けられる視線とざわめきとなって伝わってくる。

 金網をどうやって作るとか職人らしいことを言っているヤツも中にはいるが、大半は早いところ飲み食いしたくて仕方がないようだ。


 だが、そこはもうちょっと我慢しろとばかりにスルーして、さっそく厚めに切って切り口の片側へと格子状に切れ込みを入れた和牛のタン元から焼いていく。

 十分に熱せられた網に肉が置かれると、途端にジュウ……と肉の焼ける音が辺りに響き始め、空腹感に苛まれる脳みそに聴覚を通して、さらなる攻撃が開始される。


「かー、やっぱりたまんねぇなー!」


 焼きながら思うが、これはもはや五感への攻撃だ。


 肉へと熱がいい具合に伝わり始め、まるでいやがらせのように、嗅覚まで刺激してくる。

 かと思えば、肉の表面からは少しずつ肉汁が滴り始めており、それを合図と裏返せば今度は焼けた表面で脂が踊り、再度視線を吸い寄せるのだ。


 いよいよドワーフたちからは殺気にも似た雰囲気が漂い始め、このまま放置していると危ないかなとも思えてきた。

 ええい、仕方ない。


「待ちきれなくて暴動起こしそうな連中のために酒を用意してくるわ。サダマサ、悪いけどこの牛タン焼いといて。あとつまみ食いする人間には制裁を許可する」


「……まったく、人使いが荒いヤツだぜ」


 などと文句を言いつつも、そう言った時にはもうサダマサはちゃっかりトングを持って肉を器用にひっくり返していた。

 指示を出すまでもなく、火の通りつつある肉へと塩コショウを上手に振ってくれるあたりは実に面倒見がいい。


 それを横目に見つつ、業務用クーラーボックスにぶっ込んだ大量の氷、その中から俺はキンキンに冷えたビアジョッキを取り出してテーブルへと並べていく。


「ティア、悪いがちょっと手伝ってくれないか」


「……やれやれ、クリスの頼みとあっては仕方がないのぅ。なにをすればよいのじゃ?」


「これを並べてくれ」


 こちらもサダマサに負けず劣らずツンデレなのか、ティアは口ではイヤそうにしつつも、俺の代わりにジョッキをテーブルへと並べていってくれる。

 それをベアトリクスのような事情を知る者たちは信じられないものを見るような目で見ていた。

《神魔竜》を顎で使う人間なんていないのだ。当たり前だろう。


「えーっと、みんなには給仕係をお願いしたい。まぁ、今日はほとんど身内しかいないから、あまりかしこまったりはせずそちらも適当に飲んだり食べたりと気楽にやってくれ。基本的には俺が指示するとおりにやってくれたら大丈夫だから」


 そうして、サダマサが調理人たちに用意した肉の焼き方を教えている間、俺は使用人たちに調理済みの料理の配膳を頼んだり、用意したビールサーバーの使い方を教えていく。


 サーバーに関しては燃料発電機を置いても良かったのだが、さすがに騒々しく、せっかくの雰囲気をぶっ壊すだけとなるのでやめておいた。

 だから、用意したビールサーバーは氷冷式──内部のパイプ内蔵型ヒートシンクの上に氷を載せることで冷やす方式のものが3つほど。


 まだ初夏にもならない季節のため、さすがにキンキンに冷やしたドライビールを飲むにはちと早い。

 少なくともこういった冷えたビールに馴染みがない以上、この世界での一般的なエールビールに近いものの方がみんなも楽しみやすいはずだ。

 だから、軽井沢で作られるアメリカンペールエールと、イギリスで有名な首都の名前を冠したビターエール。さらにエールとは分けて、ちょっと俺が前世で慣れ親しんでいた大手メーカーのピルスナータイプで神話の獣がラベルに描かれた銘柄を用意した。


 すべて樽は30リットル仕様でそれぞれ二樽ほど用意しているが、まぁ、なくなったら追加で『お取り寄せ』すればよいのだ。

 このように、遠慮なしに使うことでその気になれば帝国の経済さえも動かし得る可能性を秘めたこの『お取り寄せ』だが、俺は別にそんな一過性の変化は望んでいない。

 どんなに便利な存在でも、それが長く使えて様々な人の手に届くような息の長いものでなければ、文化や技術の発展には結びつかずまるで意味がないのだ。


 しかし、こうして身内だけで楽しむ範囲なら、好きにやっても構わないだろう。


「よし、グラスは行き渡ったな! では、親父殿。乾杯の発声を」


 そんなとりとめもないことを考えながら、乾杯の簡単な挨拶を当主であるヘルムントに頼む。


 みんなが冷えたビールジョッキを持って、乾杯を落ち着きのない様子で待ちわびている。

 ぐぬぬ、まだ成人していないことがホント悔やまれる。

 チクショー! 俺だって熱々の厚切りネギ塩牛タンで生ビール飲みたいんですけどォ!!


「……というわけで、収穫祭とは違うが宴席は宴席だ。今日はゆっくりと楽しんでいってくれ。では、乾杯プロージット!!」


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