第21話 脳震盪は突然に


「ちっ、人の戦闘能力がわかるスキルまで覚えているのか。早くもファンタジーの世界に馴染んでいるじゃないか」


「そうでもしないとやっていられなくてね。まぁ、実際は魔力量? それが尋常じゃないってわかるくらいだけど」


「それでも十分だろうな。一応訊いておくが、いいのか? 俺の剣は人斬りの剣だぞ」


 面倒臭そうな表情をし続けたまま、サダマサは喋る。

 本来なら真面目くさった顔で話すであろう部分もその表情のままなので、よっぽど面倒臭いのだろう。


「この世界に活人剣なんて存在しないだろ。それに、前の世界は兵隊やって人を殺して殺されて、この世界でも理由はあったがすでに神父をひとり殺している。もう奪われないために先手を打たないといけないところまで踏み込んでいるんだよ」


 サダマサの言いたいことはもっともだが、別に俺は放蕩生活がしたくて、転生してきたわけではない。

 それならどう考えても前世でのブルジョワ生活の方がよっぽど便利だ。

 まぁ、一度死んでいるから強制的にこっちでの人生しかないのだが。


 それに、荒事の予感──というよりも火種が増えつつある。

 特に、イゾルデのことが最大の懸案事項で、彼女は聖堂教会異端派からほぼ確実に目を付けられたハズだ。

 誘拐犯のオスヴィンを始末したとはいえ、協力者がいたことはヤツの言葉から判明している。


 近年では異端認定され排斥されつつある中で、異端派ヤツらが潰えることなく生き延びているのは、その存在を巧妙に隠匿いんとくすることに長けているのもさることながら、邪魔となる者を秘密裏に排除する術さえも持ち合わせていると見るのが妥当だろう。

 いずれ俺が帝国内でノシ上がろうとする場合、色々な意味で絶対にカチ合うことになる勢力だ。

 ま、このように、この世界でやろうとするコトが幸か不幸か出来上がりつつあるのだから、そのための手段はひとつでも多い方がいい。

 それらを説明すると、サダマサはやれやれという表情を浮かべる。


「物騒なことだ。俺みたいに元から剣に狂ってるとかならわかるが、せっかく貴族に生まれ変われたんだから、進んでそんな血生臭い道に行かなくてもいいと思うが」


「どうにも運命っぽいのが許してくれそうになくてね。よっぽど業が深いのか、また軍人やることになるかもしれんのよ」


「異世界転生だろう? 竜とか倒すクエストの話だろう? 『勇者』を目指すという選択肢はないのか?」


 夢がないねぇ、と神妙な顔でうそぶくサダマサ。

 ぱっと見ただけではストイックな剣豪って格好をしているくせにコロコロとよく動く表情をしているものだ。


「あー、『勇者』の席はもう予約済みらしいぞ。大したクソゲーだろ? それに、将来は勇者じゃなくて将軍とかそういうポジションになりたいんだよ。でも、そうなったら現場の苦労を知らないヤツの言うことなんて、どこの世界でも大して聞いてくれねぇだろ?」


「……ま、道理ではあるか。わかった。それなら俺の技術を叩き込んでやる。袋竹刀を取り寄せてくれ。ふたつだ。どういうモノかとかわかるか?」


 全く引こうとしない俺の言葉を受けて、最終的に諦めたように深く溜息を吐き、了解の返事を寄越すサダマサ。

 それに満足気な表情を浮かべると、俺は気持ちよさそうに眠っているイゾルデを近くの木陰へと厚めの敷き布をひいて寝かせ、サダマサのところへ戻る。

 それから、言われたままに『お取り寄せ』で実戦的な打ち合いが可能な訓練用の竹刀である袋竹刀を2本召喚した。

 特に意識しなかったためか、刃渡りに当たる部分が2尺3寸(69㎝)ほどもあり、完全に大人用である。ガキの俺には少し大きい。

 片方を放り投げて渡すと、サダマサは受け取った右手で軽く振って得物の重さと間合いを確認し、ゆっくりとこちらに視線を向けると同時に遠慮のない殺気を放ってきた。

 突然ぶつけられた不可視の圧力に、生物としての本能が真っ先に反応したのか背中から汗が一瞬で噴き出す。


「っ!」


 ヤバい。この男サダマサはマジでヤバい。

 俺の軽い見立てだが、この殺気でも多分本気比の10~20%しか出していない。

 もし仮に、本気の殺気を当てられたら耐え切れずに心臓止まるんじゃないかと思う。


 地球時代に少し軍人として訓練を受けた経験なんてまるで役に立たない。

 そりゃそうだ。

 あくまで俺が受けたのは、人を殺すという行為への忌避感きひかんを軽減させる訓練みたいなもので、規格外の一個戦力とカチ合うための訓練なんてのは受けていないからだ。

 戦車相手に対戦車火器もなしに挑めなんてのはあまりにバカげた話だ。

 もっとも、今目の前にいるのは核ミサイルみたいなもんだが。


「じゃ、とりあえず相伝コースでいくから。……死ぬなよ?」


「えっ」


 瞬間、威圧を放ちつつも脱力したままにしか見えていなかったサダマサの姿が、俺の視界から掻き消える。

 辛うじて、それが攻撃を仕掛けてくるための動作だと気付き、俺は腰を軽く落としてサダマサの袋竹刀を受け止めるために構えようとした。


 が――――


 チッという擦るような感触が走る。


「なん――――」


 それが、俺の下顎を袋竹刀で軽く揺さぶったのだと気付いた時には、俺の身体は草むらに沈んでいた。

 立ち上がろうとするも身体に力が入らない。というかどこに重力がかかっているのかわからない。

 視界がぐわんぐわんと回り、目に映るもの全てがサルバドール・ダリの絵の世界に見えてくる。草の感触も今の俺にはイソギンチャクに絡め取られているように感じられるし、驚くほどに思考もおぼつかない。


 ……あきらかに脳震盪のうしんとう起こしてるじゃねーか、これ!


「ま、わずかにでも反応できただけよしとしよう。早々に今の攻撃くらいには対応できるようになってもらうからな」


「ホ、ント、に、バケモ、ノ、だった……」


 いきなりやってくれたサダマサに対して、もう少し減らず口的なものを叩きたかったが、意識が消し飛ぶ前に喋ることができたのはそれが限界だった。

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