第20話 ちゃんと家のことも考えてますよ?


「そうか、微妙に違う世界から来たんだな。しかし、いかに歴史が異なろうと日本人というだけで不思議と親近感が湧くものだな」


「海外出張中にたまたま現地で同じ国の人間と会った気分なんでしょうよ。ローカルな話は通じないけど、生まれた国は同じみたいな。でも、こっちはまるで仮想戦記を読んでいる気分だよ」


「違いない。まぁ、敗戦国になってしまった世界線からすればそうだろうなぁ」


 草むらに座りながら、俺たちは思い思いの言葉を漏らす。

 ちなみに、イゾルデは訓練に疲れたのか俺の膝を枕に昼寝をしている。


 繰り広げられる会話の中で定正は祖国の『知らない顔』に、何か感じるところがあるような表情を浮かべていた。

 まぁ、当然の反応だろう。鏡を用意すれば、俺だってきっと同じような顔を浮かべているに違いない。


 だが、そんな郷愁の含まれた顔も、俺たちの間からはすぐに消えてなくなる。

 そう、いくら話そうとそれはすでに別世界の話だからだ。

 互いに別の世界線の話を聞いてしまえばその先はどうしても気にはなるが、それもたとえてしまえば「昔住んでたあの場所、あそこってどうなったん?」的なものに過ぎない。

 むしろ、今を生きているこの世界のことの方が重要であり、結局はこちらでどう生きてきたかとか、今後どうしていくかという話にシフトするのは当然の流れであった。


「それで、どうしてこの世界に?」


「んー、正直わからん。気が付いたらこの世界にいたものでな」


「どうにもしまらないなぁ」


「だが事実だ。お前が話す異世界転生モノとやらのように、突っ込んできた車に撥ねられたりもしていないな」


 定正――――サダマサが言うには、いつものように剣術の鍛錬に向かったところで、いつの間にかこの世界にいたそうだ。

 おそらく何らかの意思が働いているのだろうが、それが創造神のものなのかどうかはわからない。


 魔力の探知能力だけでなく、ブリュンヒルトとの戦闘訓練を積んだことで相手の力量をある程度読み取る能力も身に付いたのだが、間違いなく戦闘力的な意味でサダマサは特級の危険人物だ。

 これはなにかしらと見るべきだろう。


「なんだこの世界、神とかいるのか?」


 ところが、聞くところによれば勇者として召喚されたわけでもないようだし、神とか名乗る存在からそういった説明を受ける過程も経ていないらしい。


「正確には神のようなものかな?  とりあえず俺はそう解釈しているよ」


 早々に結論付けるべきではないが、どうにもこの世界の裏側では、複数の勢力が動いている気がする。

 そもそも、俺にとっては表に出ているのが創造神だけなのだが、『創造神』って完全に人族が呼んでいる名称であって、魔族からすれば彼らの崇拝する神である『破壊神』が『創造神』に位置するのではないだろうか。そこに気が付けば不信感を感じるのは当然だ。

 だが、まだ決め付けるには情報が足りな過ぎるため一旦俺の中だけに止めておく。


「しかし、便利な能力だな。『お取り寄せ』とかいったか? 現代兵器で無双できるじゃないか」


 創造神から貰った例の『お取り寄せ』について説明がてら缶コーヒーを召還して見せると、サダマサは久しぶりらしい地球日本の味に少しだけ感慨深げな表情を見せつつもそう漏らした。


「まぁ、あくまで人類圏で好き勝手するなら相当立ち回れる気はするね。でも、この世界は一部例外を除けば人間よりも魔物や魔族の方が生物として強いらしいから、基礎戦闘力がないと思わぬところで死んじまいそうでさ」


「そうか? 貴族やって人間相手に小競り合いするだけなら関係ないと思うが?」


「残念ながら、貴族って言っても次男坊でね。兄貴が無事に成人したらいずれは放り出されるだろうし、その先で婿入りとかしたくないから、今のうちから生き残る算段をつけておかなきゃいけないんだよ」


 その布石として俺の知識や『お取り寄せ』で侯爵領領地の発展にブーストをかけているが、それはあくまでヘルムントの功績として家臣団に技術の蓄積をさせながら進めている。

 黒色火薬のように俺自身が製造方法やざっくりとメカニズムを知っている物は良いが、それ以外となれば答えだけ先にあって過程を探し出して貰わなればいけないものも多い。


 教科書マニュアルも用意できるのだが、日本語が母語である以前に子どもの俺が家臣団に講義を開くわけにもいかず、とりあえずヘルムントとブリュンヒルトの日本語能力が調い次第進めていくことになっている。

 もっとも、そこはズルをしているのだから仕方ないし、どの道知識を持った層が育たなければどこかで失伝してしまい後世に遺すことすらできないのだから我慢してもらうしかない。

 幸いなことに急かされてはいないので、なるようにしているところだ。


「それなら、いっそお前が家を継げばいいじゃないか。当主の方が無理もきくだろう?」


「お家騒動は御免だよ。兄貴は別に無能じゃないし、家族仲にしたって上級貴族としては有り得ないくらい良いからな」


 異世界の知識を伝えているだけだから、決して俺自身がすごいわけではないのだが、それでも他にできる人間がいない以上はそうも扱われず、功績として考えればとんでもないことになる。


 サダマサが言うように、俺自身が侯爵家を相続できるレベルどころか、このまま全力で帝国の発展に寄与していけば、最終的には何らかの形で公爵家あたりのポストに取り込まれる可能性も高い。


 しかし、それはそれでえらい揉めることになりそうだから避けたい手段なのだ。

 なにしろ他家の影響下に入るのは俺の行動の制限にも繋がる。


 確かに、俺は例の目的のためにそれなりの影響力を欲している。

 しかし、かといって貴族の権力闘争に巻き込まれるのは極力避けたい。


「軍人あたりでなんとか過ごせないかって考えているんだけれどなぁ」


 理想を言えば前職の経験を活かして近代軍隊を作り、そこの高級ポストに収まることだが、何分そういう決断を出来る人物にツテがなかった。


 この時代は、領地持ち貴族が独自の軍を有しているので、それを国軍に統合するとなれば道は果てしなく長い。

 そもそも、有事の際に軍事力を国に提供する代わりに、領地持ち貴族は領地の自治権と徴税権を与えられているのだから、その既得権を侵そうとする動きには全力で抵抗されるハズだ。


 要するに、有無を言わさないひと波乱を必要とするわけだ。

 ま、これは実際に動いてみないとわからないので気長にやるしかないだろう。

 そこまで将来的なプランを語った俺を、サダマサは驚いているような呆れているような何ともいえない表情を浮かべて見ていた。


「しかし、よくもまぁそんな細かいプランを練っているものだな。俺はとりあえず世界をブラブラしていただけだっていうのに」


「まぁ、そうしたいとは思っていたよ? でも、守りたい『家族』ができちまったもんでね……。それよりも剣を教えてくれよ。アンタ、この世界でも化物って言われるくらいの実力があるんだろ?」


 いい機会だからとそう申し入れると、サダマサは露骨に嫌そうな、というよりは実に面倒臭そうな顔をしやがった。


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