第228話 Condition Red
戦闘が始まる中、最初に白虎へと突っ込んでいったのは他ならぬサダマサだった。
『真正面からだと? 舐めるな、羽虫ごときがっ!!』
瞬時に生み出された氷の槍の群れが次々に射出され、挑み来る者を迎撃。
高速で飛来するそれらを、サダマサは距離を詰めながら左右への最小限の動きで回避し、近くまで迫るものは大太刀で打ち払うが、いかんせん攻撃の密度が高すぎて押し戻されてしまう。
「おいおい……。こんなの弾幕レベルじゃねぇか……」
尋常ならざるレベルの戦いを半ば呆然と見ていると、飛んできた流れ弾が、俺たちを守る結界に当たって砕けた。
度重なる猛攻に突撃の勢いを削がれたサダマサは、一旦体勢を立て直すべく後方へと引くが、それでも決して怯むことはない。
「サダマサさんでも攻めきれないってことですか……」
「いや、一連の攻防であの虎の魔法が尋常じゃない威力だってわかっちゃいるが、かといって距離を取ってたら勝ちにいけないって判断したんだよ」
ショウジの疑問に答えながら戦いの行方を見守る。
正直、こんな巨大質量を相手に、近接戦闘を挑むなんて正気の沙汰ではない。
相手が何者であろうと、嬉々として斬り込んでいく
そんな中、俺との間に一瞬の目線の交錯が起きる。
サダマサがこちらに向けた視線を受け、意図を察して黙って小さく頷く。
後衛は俺が引き受けるから構わず行けと。
「こんなになっちまった世界で愛を叫ぼうとする獣か……」
小さくつぶやいたサダマサの声が、吹きつける風に乗って聞こえたような気がした。
そして、かすかな寂寥感のような響きさえも。
「いくぞ」
大太刀を構え直し、再び疾駆を開始するサダマサ。
その口唇はこれより本格化するであろう戦いへの喜悦に小さく歪んでいた。
『ほぅ、怯まずに仕掛けてくるか! 面白い! 薙ぎ払ってくれよう!』
サダマサの動きに呼応するように放たれた白虎の怒号が大気を震わせ、その余波を受けた俺とショウジが硬直しかける。
直撃しなくてもこれかよ……!
「……どれ、妾もサダマサの援護に回るとしようかのぅ」
「悪いがガチンコは任せるぞ」
「構わぬ。人の世に出てきたとはいえ、妾も『守護者』の端くれ。白虎の暴走をこのままにはしておくことはできぬ。念のため、クリスたちに結界は付与しておくがの」
ふと横合いから頬に伸ばされた繊手。
静かに発せられたティアの言葉と、身体に伝わる温もりで俺は何とか冷静さを取り戻す。
そうだ、今はティアの結界が張り巡らされている。
いくら相手が強大であろうが、こちらにはティアもサダマサもいるのだ、必要以上に恐れることはない。
思考が落ち着いた俺は、脳を回転させ始める。
「クリスが無茶をせずに済むに越したことはないからのぅ。すぐ戻る」
心配するなという口調でティアが
「いや、ちょっと待ってくれ、ティア」
指先をなぞるように這わせながら俺の頬から手を離し、踵を返して歩み出そうとするティアを制止する。
俺だって戦うためにここにいるんだ。見ているだけなんてのは真っ平御免だ。
素早く歩み寄り、俺はティアに耳打ちをする。
「……よくもそんなことを思いつくものじゃのぅ。そして、妾にやれと申すのも。……まぁ、クリスらしいといえばらしいがのぅ」
策を聞いてティアの声と表情が呆れ果てたものになる。
白虎を相手にするなら、これくらいの策が必要だ。でなければ、いくらサダマサやティアがいるとはいえ簡単に勝てるとは思えなかった。
「そこまで仕掛けを張り巡らせるんですか?」
「嫌な予感というか首筋がチリチリとするイヤな感覚が治まらねぇんだよ」
いつも以上のプレッシャーで若干過敏になっているのだろう。
それでも今までも危機が迫った時に感じていた自分の勘を否定することはできなかった。
「では行って参る」
サダマサの後を追うようにティアが動き出すと同時に、白虎の前脚が勢いをつけるように一歩を踏み出す。雪を纏う大地までもがかすかに震えていた。
見届ける間もなく、白虎は猛烈な勢いで加速し、前進から瞬く間に驀進へと変わる。数トンの重量でこちらへと凄まじい速度で接近。さながら肉の
生じた悪寒が背筋を瞬間的に何往復もする。
「これはヤバい……!」
生物としてあり得ない速度であるが、これも魔素と体内に循環する魔力によるものだ。いちいち驚いていれば死ぬ。
「受けるな、飛べ!!」
サダマサが鋭く叫ぶ。
「言われなくても……!」
サダマサとティアは正面からのそれを大きく跳躍して躱し、俺とショウジは必死で転がるように加害範囲から外れ、巨大質量の突進と口唇から生える刀牙を回避。
魔法障壁で受け止めようなんて、アホな考えは浮かびすらしない。
ライオットシールドを持って、フルアクセルでとばすダンプカーの前に立ち塞がるようなものだ。
入念に展開した結界クラスの防御魔法でなければ、魔法障壁であろうが紙屑のように破壊されて終わりだ。
俺たちのそれぞれの回避行動で目標を見失い、崖から空中に躍り出ると思われた白虎の巨体だが、瞬時に魔力を解放して垂直に近い氷の壁を作り出すと、四肢を使って“新たに生まれた地面”へと目がけて大きく跳躍。
さらにそこを全力で蹴って反転。
そのままの勢いで自身へと向かってきたサダマサへと迫る。
氷壁を蹴る力に重力加速までも加わり、弾丸――いや、巨大砲弾のようになった突進。
見ているだけでわかる。
先ほどのそれよりも、遥かに威力が高い。
迎撃には無理があると判断したサダマサは、後方へと大きく跳躍し回避行動をとる。
大音声。
巨大質量が地面へと着弾し、そこにある雪が空中に柱のように舞い上がる。
しかし、それだけでは終わらない。
着地とほぼ同時に、微細な雪でできた白煙のカーテンを切り裂いて前脚が唸る。
当たればズタズタになるどころの話ではない。
これはもはや獣の形をしただけの巨大台風――――もとい暴風雪も同じ存在だ。
それへの“ぶつかり方”が数種類あるだけで、結果はすべて同じ場所に収束する。
そう、「相手は死ぬ」という――――。
だが、サダマサは敢えてそれに向かっていった。
もとより動きを読んでいたのだろう。
後方へと跳躍したと思った瞬間には、地面を蹴って加速を開始していた。
ただ敵の懐へと潜り込むために。
必殺のつもりで放たれた超高速の前脚の薙ぎ払いを、瞬間的にはそれを上回るのではないかと思う超加速で潜り抜けると、サダマサは白虎の眼前へと肉薄する。
「オオオオオオオオッ!!」
裂帛の気合とともに、勢いを乗せた大太刀の一閃。
大地を踏みしめる左前脚に向かって叩き付けられた大太刀が、その純白の毛皮ごと肉を斬り裂き、傷口の周辺を赤く染め上げる。
だが、一撃を決めた余韻に浸ることなどできない。
一秒でも止まれば死ぬ世界での攻防なのだ。
飛び散る血飛沫を避けるように、サダマサが胴体の下を潜り抜け、左脇から外側へ駆け抜けていく。
その際に大太刀を数回振るうが、それらはすべて腹部を覆う分厚い毛皮を舞い散らせるだけに留まる。
最初の一撃に比べて斬撃の勢いが足りていないのだ。
『貴様ァ!』
自身の身体へと傷を負わせた敵に対する憎悪の滲む怒声。
首と上半身を動かして、サダマサを仕留めるべく氷結の息吹を放とうとした白虎だが、それも左脚に生じた違和感で反応がわずかに遅れる。
「どこを見ておるか!」
そこへ飛び込んできたティアが黒炎を放つ。
俺たちを守るための結界役に徹すると思いこんでいたのか、白虎の反応がわずかに遅れる。
単純な炎属性の魔法ではないために魔法での相殺はまずいと踏んだか、口腔に浮かんでいた魔力の粒子が途中で霧散し、炎の奔流を身体全体で転がって回避。
『ぬるいわっ!』
地面を転がる動作の中で、白虎の長い尾の先端に魔力が流れ込み鋭い棘で覆われた氷の球体を生成。
それを尾の“しなり”を利用して投げつける。
魔法を放ち終わったティアを、極限まで圧縮された氷の棘付き鉄球が急襲する。
「ぐぅっ!」
苦鳴。
尾の一撃を受け止めたティアだが、威力を殺しきれず俺の方へと飛ばされてくる。
魔法障壁を展開したものの、先ほどまでのような氷の息吹ではなく質量と速度を伴う一撃は、肉体へのダメージを軽減するだけで精一杯だったらしい。
あのティアが……と反射的に動揺が走りかけるも、相手も『神魔竜』に比肩する存在であることを思い起こし気持ちを鎮める。
背中から地面に落ちると、そのまま勢いを殺せず雪原を転がっていくティア。
しかし、よく見ればその転がり方が強力無比で知られる『神魔竜』にしては、いささか大袈裟なものであるのだが、そのことに白虎は気付いていなかった。
ティアが転がる度に舞い上がる濛々とした雪の白煙。
それこそが、俺の動きを隠す絶好の存在と化す。
そう、ここが好機――
ふたりがかりで白虎を引きつけてくれている間に、『お取り寄せ』しておいたパンツァーファウスト3-IT600を俺は構える。
俺が即座に展開できる中では、現時点では最高の破壊力を有している武器だ。
ジャベリンも考えたが、生物をロックできるかを試していなかったのが今になって痛い。
いずれにせよ、これでダメージを与えられるかどうかが勝負の行く末を決める。
攻撃の動作を終えて硬直している白虎の巨躯を、発動した『蛇の目』越しに照準内へと収める。
対戦車モードにするためのプローブはすでに伸ばしてある。
「トラ焼きになりやがれ!」
間髪を入れずランチャーのトリガーを引き発射。
俺の目に投影されている赤外線画像越しに、不穏な気配を感じ取った白虎がこちらを向いたのが見えた。
だがもう遅い。
次の瞬間着弾の爆炎が上がり、白虎の巨躯を包み込んだ。
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