第227話 とら✕どら(後編)
『笑わせるな、小娘!』
許容しがたい物言いだったのだろう。白虎の貌が怒りに大きく歪んだ。
『今の魔族がどれほどの脅威になり得るというのだ! 古来からの度重なる戦いで消耗し、最早その勢いとて風前の灯ではないか!』
「それは人の子らとて同じじゃ。ヤツらは搦め手を使いながらこの大陸を狙っておる! それを我らの尺度で語るなど笑止!」
『ふっ、『
瞳に浮かんだ憎悪にも似た視線は、いつの間にか傍らのショウジへと向けられていた。
「この虎、『勇者』だと見抜いた上で殺しに来ていやがるぞ」
「ええっ、俺狙いですかぁ……?」
俺が小声で水を向けると、白虎から視線を向けられたショウジの構えに緊張が宿った。
「言うに事を欠いて、そのような私欲と憶測で動いたと申すのか……」
『そうだ。なにが問題だというのだ?』
「おぬし……! その思惑とやらの結果がこれではないか……! おぬしの眷属が何をしでかしたかわかっておるのか!? 本来守るべき存在の獣人たちをここまで死なせておいて今更何をのたまうのじゃ! それに加えて、妾の伴侶まで害そうと言うならば、おぬしといえども妾は容赦をせぬぞ……!」
怒気とともに魔力の放出量をさらに増やし、臨戦態勢となるティア。
いや――もはや臨界寸前だ。
魔力と同じくして放たれる怒気によって、周囲の空気までもがより強く張り詰めていく。
まさか、このまま実力行使も辞さないつもりか。
『勘違いをするな、ティアマットよ。『神魔竜』の端くれたる貴様がいるのであれば話は別だ』
わずかに息吹の圧力が弱まる。
……逆に言えば、ティアさえいなければ俺とショウジは殺す気満々だったと? 言ってくれるじゃねぇか、モフモフ野郎め。
「……どういう意味じゃ?」
魔力を練り上げ始めていたティアの顔に疑問の色が混ざる。
『なに、簡単なことだ。今すぐにこの地より去れ、我が眷属たちを置いてな。さすれば、ここは我も貴様らの顔を立てて退こうではないか』
ここにきて、白虎が突如として言葉を変えた。
なるほど。本音としては、少なくとも今ここで俺たち――正確にはティアと争うことで『神魔竜』全体を敵に回すような事態を避けたいのだろう。
「クリス……」
言葉とともに、俺の真意を問うようなティアの視線が向けられる。
ティア本人だけを見れば、この期に及んで戦いを躊躇するような性格をしていないことは百も承知だ。
しかし、ここにいるのはティアだけではない。
本音で言うなら、こちらを殺す気満々でいる『守護者』との戦いに、ラヴァナメルとの戦いで苦戦するような俺を参加させたくないのだろう。
その気持ちはよくわかる。
だが――
「……勝手なことをぬかしやがって。冗談じゃねぇぞ」
堰を切ったように、口を衝いて言葉が出てくる。自分でも驚くほどの怒りだった。
たとえ、俺たちが獣人軍とその首魁たるラヴァナメルを打ち破ったことで『守護者』の介入を招いたのだとしても、そんなものは単なる結果論に過ぎない。
「こちとらなぁ、元々退けねぇ事情があって動いているんだ」
今更になってちょっとばかり事情が変わったからと出張って来られて? どうのこうのと好き勝手に言いやがった挙句、「ラヴァナメルとイリアを置いて退けば見逃してやる」などと言われて冷静でいられるわけがない。
「ここで譲歩なんかしたって、どうせまたぶつかるのは目に見えてるんだ。だったら、今ここで白黒つけとくしかねぇだろうが。それに、俺たちは別に戦争をするために来たんじゃねぇ」
「そうです、イリアを取り戻しに来たんだ。今更、退けるわけがない」
俺の言葉を『神剣』を構えたショウジが引き継ぐ。初めから答えは決まっていた。
そもそも、『守護者』の立場で事態に介入をしてきたとなれば、ここで俺たちが退く姿勢を見せたところで、このまますんなり事態が収束するとは思いにくい。
さらに言えば、どうせまたいつか激突することになるのだ。ここで見過ごすことに何の意味もない。
それなら、あとは互いの意地を押し通すために戦うだけだ。
「よく言った、クリス、ショウジ」
言葉とともに突如として殺気が膨れ上がる。
『むっ――』
襲いかかる危険を察知した白虎が跳躍。
一瞬の後にそこへ斬撃を連れて飛び込んできたのは、寸前まで殺気を消して様子を窺っていたサダマサだった。
俺たちの誰よりも早く、白虎と戦うことを選んだのだ。
一応は背中を押してくれたことに……なるんだよな、これ? 自分が戦いたいだけじゃないよな?
「今ここで決着を付ければ済む話だ。いつ戦ったって同じことだろう。それに――――」
不敵な横顔を浮かべるサダマサはそこで言葉を切り、唸り声のような空気を割く音を立てて大太刀を旋回させる。
「俺は戦いの余韻に浸る邪魔をされたのが、とても気に入らない」
静かな怒気を漂わせながら放った不敵なサダマサの物言いに、白虎の目が見開かれる。口からは冷気の吐息が漏れて絶句。
剣を握る男の言葉は、『守護者』である白虎にも理解ができなかったのだ。
状況など一切お構いなしに、ただただ自分の邪魔をされたことへの怒りだけで『守護者』と戦うと言ってのけた、明らかにただのヒト族にしか見えない存在が――
『……よかろう。ならば、その矮小なる身で思い知るがいい。この大地に封ぜられた『守護者』の持つ力を!』
威圧するように口から放たれる咆吼。
それが俺の鼓膜や肺腑を震わせ、同時に戦いの始まりを告げる合図となる。
「どうにも喧しいのが来たな。……まぁ、まずは邪魔をしてくれたツケを身体で払ってもらおうか」
サダマサも大きく踏み込んで、白虎に向けて接近を開始する。
あらためて仕切り直しというわけか。
しかし、相手は圧倒的な存在。
続く俺たちも魔力を練り、眼前に迫る死闘へと備える。
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