第229話 いわゆる普通の17歳だわ?(前編)
着弾による爆発の後、新たに発生した雪やら地面の土埃やらの混ざった白煙が立ち込め、俺たちの視界を塞いでしまう。
さすがに空気中の異物が多く、赤外線画像越しでは雪が拡散させてしまい視界を妨げられる。
ダメだ、これでは狙えない。
「ちっ」
弾頭の発射チューブを外しながら視界を通常の可視領域に戻すと、俺の目にサダマサの姿が映った。
あのまま白煙の中へと突っ込むのは危険と判断したか、攻撃のアシストを終えたサダマサとティアがこちらへと戻ってくる。
双方ともにその視線を白煙の中から外すことはない。
ふとその中でサダマサの目が細められる。内部の気配を探っているのだろうか。
「ちっ――――」
小さな舌打ちとともに、サダマサの携える大太刀が再び旋回。
その身から漏れ出る魔力量は依然として戦闘態勢のままだ。
そこで俺も遅ればせながら気がつく。
「……思い出した。ヤツの毛皮は見た目よりもずっと頑丈なんじゃった」
同じタイミングで失念していたといわんばかりに口を開くティア。
「もうちょい早く言ってくれねぇかなぁ?」
視線を向けると「てへっ」と舌を出す。おいこら。
「……いやまぁ、そう簡単にいくなんて思っていなかったけどさぁ……」
視線の先の光景を認識したことで自分の口から漏れ出た声には、若干の震えが混じっていた。
そう、空気を通して“それ”は伝わってきていた。
白煙の中から漂ってくる、この世界の生物であれば備えることなしには生きられないもの――生体反応でもある魔力の放射量が、ほとんど減っていないことに。
それはつまり――
『……貴様ァ……。そのような魔力も通っておらぬ攻撃が、この身に効くと思ったか!』
一瞬、地の底から這い出てこようとする悪霊の怨嗟かと思った。
背筋がざわつく声とともに、白虎が煙のカーテンの中から現れる。
「嘘つけ、強がったって割かし効いてるじゃねーか……」
ボソリと俺の口から漏れたように、姿を現した白虎はまったくの無傷というわけではなかった。
パンツァーファウストが命中した右前脚の付け根あたりは、
見るからに痛々しい負傷痕だが、こちらを殺そうとする敵のものとなれば心が痛もうはずもない。
……むしろ、もっと――具体的には致命傷レベルまで効いていてほしかったくらいだ。
『だが、許さんぞ……! ヒトの分際で、我が身に傷をつけるなど……!』
「何を言っておるのじゃ。
ティアが何やら言っているが、ちょっと今は相手をしていられない。
強がろうとしているかまでは定かではないが、発言から読み取れるとして、おそらく白虎によっては予想外の威力を持った攻撃であったのだろう。
現にヤツは極大の憎悪に表情を歪ませている。
虎の貌をしていても――いや、だからこそわかるのかもしれない。
叩きつけられる殺気で今にも自分の歯が鳴り出しそうだ。
しかし、それ以上に厄介な光景が白虎の肉体に発生していた。
その身に刻み付けられた傷口が泡立っていたのだ。
「おいおいおいおい、コイツもかよ…………」
なかば呆然とする俺の視線の先で、サダマサに斬りつけられた左前脚もパンツァーファウスト3-IT600にやられた脇腹の傷跡も、魔力が流されると同時に瞬く間に塞がっていってしまう。身に宿る膨大な魔力により肉体が超再生されているのだ。
加えて、肉体を取り巻いている魔力の量がほとんど減っていないことから、超再生でさえ白虎にとってはたいした負担とはならないのかもしれない。
「イヤになるな」
ティアと初めて会った時、撃ち込んだパンツァーファウストの傷口が瞬く間に再生されたことを思い出した。
なるほど。『守護者』にとって、この程度は朝飯前ってことかよ。
「冗談キツいぜ、これなら戦車でも相手にしている方がまだマシだ……」
「戦車は装甲が自己修復したりはしないからな」
サダマサが笑った。俺は笑えない。
はっきり言って、予想外の相手と戦うことになったとはいえ、まさか信頼と実績の対戦車兵器まで使ってダメージを与えられないとは思っていなかった。
過去には、油断していたとはいえ『神魔竜』たるティアの鱗さえも貫通できるだけの威力を発揮したパンツァーファウスト3よりも、さらに貫通力を上げているIT900を使用したにも関わらずこの結果だ。
やはり、この手の規格外クラスには戦艦の主砲でも撃ち込んでやらないと無理だってのか?
「……え、戦車なんて相手したことあるんですか?」
頬を伝う汗の感覚に不快感を感じている俺にかけられる声。
特大の敵を前に、少しでも気を紛らわせようとしているのだろう。パンツァーファウストの発射に備えて俺の護衛を務めていたショウジが言葉を挟んでくる。
「あるぞ。大陸で国連軍のサポートをする時にな。味方の歩兵が目の前で
「それ、今言う必要あります!?」
『神剣』を構え直しながら、ショウジがげんなりとした顔でツッコミを入れてくる。雑談が過ぎた。
『貴様ら、舐めるなァッ!!』
俺たちの軽口の叩き合いを余裕と見たか、再び白虎の身体から膨大な魔力が放射。
無数の氷の粒が形成され、魔法仕掛けのショットガンよろしく広範囲に放射される。
「避けるな、防御しろ!」
サダマサが叫ぶ。
押し寄せる無数の氷弾を障壁で受け止めながら、弾幕の密度が低い場所へと動こうとするが、無尽蔵とも思われる白虎の魔力によってすでに壁のように迫る勢いとなっており、どこにいてもあまり変わりそうにない。
着弾と同時に障壁が削れていき、その修復に魔力を消費させられる。
これが続くようではあまりよくない状況だが――
「このような攻撃、小賢しいわ!」
一歩前に出たティアが巨大な黒炎の壁を作り出し、そこに触れる氷弾を瞬く間に蒸発させていく。
炎の壁の向こう側で表面に魔法攻撃が行われているようだが、そう簡単に突破できるものではないらしい。
「いかに地の利があろうが、アヤツは元々一撃に優れるわけではないからの。炎を相殺されるまでじゃが、これで少しは時間も稼げるじゃろ」
こちらを振り向きながらティアが問いかけてくる。
せっかくティアの稼ぎだしてくれた時間だ。ありがたく使わせてもらうことにする。
「いや助かった……。
「他に策はあるかの、クリス? このままでは持久戦になるだけじゃ」
まったくもってそのとおりだ。
「高威力の攻撃を仕掛けられるのはもうバレちまったしな。向こうもそこは警戒してるだろう。なんなら俺から狙ってくるかもな」
「そうなると妾は支援にかかりきりとなるぞい?」
ティアが言うように、白虎を倒すには今以上の何か決め手となる攻撃手段が必要だ。このままでは千日手の応酬になってしまう。
「本命だと気付かれないようにしなきゃ、また中途半端なダメージになるだけだな」
脳内で俺は戦術を構築しながら、俺は催涙ガスを数個『お取り寄せして』炎の向こう側にポポイと投擲してやる。
CSガスで相手の戦闘力を鈍化させるくらいができればいいのだが、その程度で『守護者』がどうにかなるなら苦労はしない。精々がイヤガラセになればくらいの目的だ。
「げっ」
炎の向こうから怒りの波動が伝わってきた。やばい、いたずらに刺激してしまったかもしれない。
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