第230話 いわゆる普通の17歳だわ?(後編)
「……結局、隙を作り出して一撃カマすしかないな。問題はどのタイミングでやれるかだ」
押し寄せる覇気を前にサダマサが口を開いた。言いたいことはよくわかる。
「アヤツを倒すには超再生が追いつかないだけのダメージを一度に与えるか、魔力が切れるまで戦うしかないじゃろう」
腕を組んだティアが小さく鼻を鳴らした。
「いくらなんでも後者はナンセンスだぜ」
「ただの我慢比べじゃからの」
俺とショウジが魔力切れで早々に脱落するだけだし、サダマサにとっても後衛がいなくなる中では今以上の危険を冒す必要が出てくる。持久戦では不利になるだけだ。
「必要以上のリスクを選ぶ戦い方を俺は戦術と呼びたくないよ」
「反対に最短でカタをつけるとしたらなにがあるんです?」
ショウジが疑問を挟んだ。当然そう考えるわな。
「ティアの隠し玉――広範囲殲滅魔法あたりを全力で使えば話は別だろう」
「そんなの、大量破壊兵器と大差ないぞ。俺はともかくクリスたちが耐えられない」
いや、なんで耐えられるんだよ。おまえ本当に人間か。
「アウトだ、却下」
「それでは白虎にも“同等の攻撃”を許すことにもつながってしまうしのぅ」
『守護者』という規格外同士の戦いが、今の個人の範囲に留まっているのは、あくまでそれぞれに“危害を与えたくない存在”がいるからだ。
もしもそのセーフティを破壊すれば、あとはどちらかが滅びるまでの――文字通りの“殲滅戦”となる。
『小癪なマネを……!!』
俺たちを守っていた炎の壁が消滅した。
壁を消し飛ばしたのは、ブリザードの竜巻。それが白虎の身体を分厚く覆い、炎の壁を突破するに至らしめたのだ。
「むぅ、やはり時間稼ぎ程度にしかならぬか……」
ティアが独りごちる。
相手が相手にもかかわらず全力を出せないもどかしさがあるのだ。
『ヒトでありながら、多少は面白い力を持っているようだな。侮っていたことは改めよう。早々に排除させてもらう』
真正面からぶつけられる視線。ゆっくりと進み出てくる白虎の声からは、先ほどまであった油断の色が消えていた。
ティアやサダマサのように、優先的に排除する対象に格上げされたらしい。
「言ってくれるじゃねぇか、そう簡単に殺れると思うな。くそったれめ……!」
気を強く持つために言葉を吐き出した俺は小さく歯を
もっとも厄介なのは、ヤツの身体を覆う白銀の体毛だ。
おそらく、あれ自体が強力な魔法障壁と同じ効果を発揮している。
サダマサが放つ大太刀の一撃でも致命傷を与えるには至らないのだから、突破するには単体で高い破壊力を持つ兵器の連撃が必要となる。
それこそ
それ以外であの毛皮を貫通できるとすれば、120mm滑腔砲の
依然としてこの足場で50t超の戦車は出せないし、なにより先ほどから諸々で消費してしまった残りの魔力量では、要求性能を満たすだけの主力戦車は出せそうにない。
足りない魔力量を補う選択肢に
自分自身の身を守りながら、わずかな隙で攻撃を繰り出すのにも必死な状況なのだ。追加で守らなければいけない対象を増やして戦うことなど到底不可能だ。
さて、それらを踏まえた上で、現時点の俺が保有する魔力量で喚び出せて、一点突破できるだけの有無を言わせぬ破壊力を持ち、ついでの副次効果を与えられる攻撃手段は――
……ひとつだけある。
「何か策を見つけたか?」
ティアが問いかけてきた。
「ああ。だけど確実な隙が必要だ」
作り出せなければ、魔力の空撃ち同然で無意味な行為となる。
確実に成功させるためには、重ねて策を練るしかない。
高速で思考と続ける俺の脳内で、白虎を倒すための手段が徐々に構築されていく。
「……ショウジ、俺たちが攪乱して全力で隙を作り出す。ヤツの喉元を狙えるか」
ついに俺は、この世界でも仲間に「死んで来い」と指示を出す決断をせねばならなくなった。
白虎を倒すために万全を期すならば、ショウジの『神剣』による一撃を入れるしかない。
どれほどの破壊力を秘めた攻撃であれ、肉体に到達する前に限りなく威力を減衰させてしまう防御を崩すためには、魔力に対する強烈な妨害能力を秘める『神剣』を使うしかないのだ。
そもそも、『守護者』だとかそんなもの以前に、魔力によって生物として見れば異常なまでの体躯や膂力、および強力な魔法攻撃を実現しているのだから、その元となる魔力の循環に影響を与えるしかない。
あとは、そのためにショウジが、あのバケモノに斬り込む役目を引き受けてくれるかどうか――
「やります」
即答だった。
……心配は杞憂に過ぎなかったか。
向けられたショウジの双眸にあったのは、覚悟を決めた輝きを宿す瞳だった。
「いいんだな?」
敢えて訊き返す。
俺はここぞという時に突っ込む役だが、ショウジはそれよりも早い段階からその剣の刃を相手に届かせなくてはならないのだ。危険度は俺の比ではない。
「ええ」
それでも、ショウジは再び迷うことなく答えた。
もしかすると、俺たちの知らないところで少年は大人になりつつあるのかもしれない。
「ここで何もしないまま戦いが終わったとしたら、俺はイリアに向ける顔がない。そんな不安に駆られるんです」
言葉には迷いなど見受けられない。
指示を出したとはいえ、ショウジの選択はいってしまえば“無茶をする”ものだ。
選択が正しいかどうかも、神ならざる身にはわからない。
しかし、ショウジは既に覚悟を決めている。少年の決断に口を挟むつもりはなかった。
「いくぞ、道は最短ルートを切り拓いてやる。不遜な野郎に一撃入れるだけの簡単なお仕事だ」
「なーに、妾に任せておくのじゃ。あんな老害消し飛ばしてやろうではないか。それに、ようやくショウジもいっぱしの男の顏になってきたようじゃしな」
だいたい俺と同じ意見なのか、サダマサとティアがどこか満足気なトーンで言葉を発して悠然と前へ進み出ていく。
向けられた背中は、こころなしか先ほどよりもずっとやる気に満ちているように見えた。
つられるように、俺も自分の口元も笑みの形に歪んでいく。
敵はとんでもなく強大だ。でも――こいつらと一緒なら勝てない気がしない。
「オーケー、ここらで一発カマすか。決着をつけるぞ!」
替えのチューブを取り付けたパンツァーファウスト3-IT600を担ぎ直し、俺も前に向けて新たな一歩を踏み出す。
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