第231話 野球しようぜ、おまえボールな(前編)
まず真っ先に白虎へ向かって飛び出していったのはティアだった。
「死ねよやぁっ! 『
「……いつの間にか、俺は嫁さんの所有物にされていたようです」
「愛が重いですね」
「
ノリノリヒャッハーなティアさんはともかくとして、まずは白虎を取り巻く氷の防御フィールドを取っ払う必要がある。
強固極まりない毛皮のみならず、無数の氷の粒まで自分の肉体を周回させての防御は実に厄介極まりない。
ああも好き放題されていては、
「消し炭となるがいい!」
両手を前に突き出し、ティアが大規模な黒炎の渦を放つ。
回転する氷弾が迸る炎の直撃を受け蒸発。急激な状態変化により水蒸気となってあたりに立ち込める。
まずは狙い通り。
「ふっ!」
作り上げられた目くらましの中を、ティアを背後から追い抜かしたサダマサが迷うことなく突っ込んでいく。
立ち込める水蒸気が急激に氷点下の冷気によって冷やされ視界がクリアになっていく中、そのカーテンの残滓を切り裂くようにして現れたサダマサ。その姿は白虎の目にはどのように映ったのだろうか。
「さぁ続きだ。踊るぞ!」
ひと息に駆けながらサダマサは不敵に微笑む。
懐から抜かれるやいなや投擲された短刀が数本、白虎の顔面へ一直線に強襲する。
『笑止!』
いかに魔力を込めていようが、短刀程度の攻撃ではろくにダメージを与えられないどころか牽制にもならない。
すべてが強靭な体毛に弾かれてしまうが、中にひとつだけ
金属同士のぶつかる澄んだ音が響く。
それは不思議と、この澄んだ空気の中で玲瓏たる音を奏でたような気がした。
しかし、距離を詰めてくるサダマサ目がけて氷の息吹を放とうとしていた白虎は、“仕込み”に気づかないままだ。
――眼前で破裂。凄まじい音と閃光がこちらにまで伝わってくるが、咄嗟に目を閉じて視覚への影響を防ぐ。
『!?』
反射的な悲鳴にも似た唸り声が響く。
「はん。『守護者』とやらの超感覚にはさぞかしキツいだろうよ」
ざまあみろと俺は鼻を鳴らす。
いつぞやの繰り返しになるが、M84スタングレネードを超至近距離で――180デシベル近い爆音と100万カンデラ以上にもなる閃光を喰らえば無事で済もうはずがない。
「うわぁ、エグいことを……」
ショウジが呆れたようにつぶやいた。
「経験から学ぶことも大事なのだよ、明智君」
つい先日この地で行われた戦いで、感覚器官に影響を与えるような武器が有効であることは、獣人を相手に実戦証明されていた。
獣人よりもさらに五感が優れそうな白虎に効かないはずがない。その時不思議なことが起こったとかでもない限りは。
もっとも、相手が相手だけに、使いどころは必中を期するため直前まで秘匿させたわけだが。
「チャンスだ!」
「慎重にいけよ!」
ここまでの策を弄しても、絶好の隙を作れたかと言えば一概にはそうも言い切れない。
なにしろ、相手は広範囲の魔法攻撃すら可能とする規格外の存在。一発の魔法がどこで容赦なく盤面をひっくり返すかさえわからないのだ。
『何度も何度も小賢しい真似を!!』
白虎は明順応を待つことなく、再び自分の周囲を取り巻くように、今度は防御のための氷弾を形成する。
「立て直しが速――」
「いいや遅い!」
俺の呻きをサダマサが吹き飛ばしていく。絶対に等しい防御領域を剣鬼はすでに神速の加速によって潜り抜けていた。
自分自身を氷弾のミキサーにかけられそうになる中、躊躇いのない狂気全開の踏み込みだった。
身体を切り裂かれながらも、絶対領域の中へと侵入を果たしたサダマサは、白虎の側面へ吸い込まれるように突っ込んでいく。
「
軸足を大地に着くと、ほぼ同期した勢いのままにサダマサが大太刀を一閃。風を切る鋭い音とともに刃が強襲し、白虎の脇腹を薙いでいく。
疾駆の勢いで理想的な破壊力を宿していた刃は、今度こそ誘われるように沈み肉体を切り裂いて抜ける。
刈り取られた毛皮をいくつか宙に舞わせながら、内部から大量の血が噴出。
さすがの白虎の貌にも苦痛の色が現れる。
『おのれ、ちょこまかと!』
無礼な侵入者を迎撃すべく、白虎は周囲を取り巻く氷弾を収束させ魔力を練り上げていく。ここでサダマサを取られるわけにはいかない。
「おぬしがなっ!」
叫んだティアが上空から炎の奔流を撃ち込んで援護。業火が氷弾の群れを溶かし尽くす。
『小娘っ!』
上空を睨んで叫ぶ白虎の姿に追撃の隙を見出し、取り出したす。
機会を狙ったところに、今度は白虎の体躯近くから氷の矢がハリネズミのように発生。サダマサを串刺しにしようと迫る。
「あの野郎、
無数の殺意となって襲いかかる氷の槍。それでもサダマサは動じない。
自身への脅威だけを的確に選び、掲げた大太刀の刀身で受け止めながら、サダマサは攻撃の勢いを利用して後方へと飛んで離脱してのける。
「ねぇ、クリスさん! やっぱり俺たちだけレベル間違えていません!?」
「そうだな! パワーレベリングなんて現実でやるもんじゃねぇ!」
流れ弾のひとつでも喰らえば致命傷になりかねない。ファンタジー世界のはずなのに急に総力戦レベルの戦場に叩きこまれた気分になる。
「いいかげん倒れんか……!」
ようやく手傷を与えた白虎を一気に叩き潰すため、ティアの身体に魔力が集まっていく。
戦いを終着に導くための
『……させるかァッ!』
相手もその程度の動きは想定済みだった。
今まさに放たれようとしているティアの攻撃を、サダマサを仕留めるよりも優先的に対応しなければマズいと判断した白虎が、そうはさせぬと殺気を向ける。
深々と斬られながらも、ヤツの動きはまるで鈍ってはいない。
「クソ! 予想よりもサダマサの攻撃が効いていない!」
叫んだ直後、四肢で大地を踏みしめる白虎の口腔から青白い光が漏れ出たのが見えた。俺の背中を極大の悪寒が駆け上がる。
「今なら――」
「おいばかやめろ」
自身の刃を届けるべく駆け出そうとしていたショウジの首根っこを、俺は思いっきり掴んで引き止めた。死ぬ気かこのバカ。
「ぐえっ」
小さな悲鳴は無視だ。
たしかにチャンスかもしれないが、こんなところに入って行ったら命がいくつあっても足りやしない。
ティアの両手から巨大な槍にも似た炎が放たれると同時に、白虎の口腔からも極寒の
「ああもうめちゃくちゃじゃねぇか!」
両者の魔法が空中で衝突。エネルギーが解放され、空気が爆風のように周囲へ広がっていく。ちょっとした暴風のようだ。
さすがにこれはマズい。互いが全力を出していないのはわかるが拮抗状態だ。
「待てショウジ! ステイステイ! まだだ、まだ出るなよ!」
このままではジリ貧だ。多少の無理をしてでも隙を作り出すしかない。
ショウジを押しのけた俺は疾駆を開始し、パンツァーファウストを構える。
「いつまでも人様の嫁と遊んでるんじゃねぞ! テメェは死ぬまで山奥にでも引っ込んでいやがれ!」
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