第232話 野球しようぜ、おまえボールな(後編)


「クリス!?」


 突然の叫び声に、振り向いたティアから驚愕の声が漏れた。同時に白虎の視線も俺の動きを追随し始める。

 まさかこのタイミングで俺が来るなどと、どちらも思っていなかったのだろう。

 だが、ここで畳みかけなければいつまで経っても勝機は生まれてこない。


 肩に担いだパンツァーファウスト――おそらく今の魔力では切り札を残すのためには最後の一発となるが、俺は躊躇なく発射を選ぶ。


『舐めるな……と言ったであろうがっ!』


 飛翔する弾頭と交差するように怒りの思念が浴びせかけられた。すでに身をもって脅威と学習していた白虎は巨体に似合わぬ跳躍で回避してしまう。

 ティアに身を焼かれるリスクを考えても、妙な一撃パンツァーファウストを喰らう方が厄介だと判断したのだろう。


「ちっ、ダメか……!」


 小さい舌打ちが口から漏れた。

 これはこれで当たってくれれば良かったのだが。


『バカめ、二度も同じ手を喰らうか!』


 嘲弄ちょうろうの声の後に、空中から俺を狙ったブリザードの息吹が放たれる。


「させぬ!」


 高速で割り込んできたティアが再び炎を放ち盾役を受け止め、地上に着地した白虎と再び拮抗状態に入る。


「いくらなんでも無茶し過ぎじゃぞ、クリス!」


「説教は後で聞く!」


 ティアの苦情を無視して、俺は再び発生した両者の間に魔力強化した身体で全力の割り込みをかけに出る。

 高温と極低温がぶつかり合う衝撃で、魔力強化していてもなお身体が吹き飛ばされそうになるのを必死で踏ん張って堪える。


「無理したら後がなくなるかもしれんじゃろが!」


「 いいから今は攻撃を緩めるな!」


 余計なことを考えないよう叫ぶが、さすがに躊躇しなかったと言えばウソになる。たった数秒の間に寿命が縮まった気がしてならない。


「ええい、南無三!」


 比喩表現抜きで、ホンモノの“怪獣大決戦”に割って入るとなんて行為は、はっきり言って正気の沙汰ではない。

 だが、ここで退くことだけは絶対にできない。


「テメェもそろそろ喰らっとけっ!」


 怒声とともに啖呵たんかを切りつつ、俺は一発狙いのランチャーの発射機を魔力へ分解。既に召喚して背負っていたAA-12フルオートショットガンを構えると、左足を前に出してから魔力で全身を強化し銃口を固定。

 三脚で据え付けたがごとき安定性を魔法ファンタジーの力で強制的に生み出す。


 再度チャンスと飛び出て来た俺を見た白虎の目に嘲笑の色が浮かぶ。

 本命が不発に終わった今、そのようなやぶれかぶれの攻撃で何ができるのかと。


 それを受けても一切の迷いや怯みは生まれることもなく、俺は無言で引き金を絞る。

 元々スラッグ弾が込められていた8連の弾倉は突っ込んでくる前に交換してあり、今や32連となったドラムマガジンにこめられた弾丸がフルオートで咆吼を上げる。


『愚かな……。そんなものなど効か――』


「うるせぇ、黙って喰らえ!」


 白虎の右前脚に数発が集中、毛皮に弾かれる中で数発目が突如として炸裂。

 それさえも、例の体毛で跳ね返されるのでは不安を覚えたところで変化が生じた。


『なっ――!?』


 獣の口腔から驚愕の声が漏れた。

 一発目の炸裂が起きたと思った瞬間、次に放たれた弾丸が白虎の肉体へ突き刺さっていた。


「グゥッ!?」


 思念ではなく悲鳴のような声が白虎から漏れる。

 そこからは毎分350発の速度で撃ち込まれる口径18.5mmの徹甲弾HEAPが、12.7mmの鉄板さえブチ抜ける威力のままに右前脚の肩関節部へと突き刺さっていく。


 パンツァーファウストを犠牲にしてまで進めた“俺の狙い”がキマった瞬間だった。


 白虎の体毛がおそるべき防御力を持っていることは、パンツァーファウスト3-IT600を撃ちこんでも致命傷とならなかった時点で証明されている。

 しかし、よくよく見方を変えてみれば、まったく効果がないわけではなかった。


「すこしは効いたかよ」


 おそらくあの防御力は、存在自体が高い防御力を持つ竜の鱗とは違い、魔力伝導率の高い体毛一本一本を魔力でコーティングしているものと推測。

 もしそうならば、合間を縫うような精密さとケタ違いの威力を持つサダマサの大太刀が肉体にダメージを与えられた理由にもなる。


 では、まったく同じ場所にを数発撃ちこんだ場合はどうなるだろうか。


『こ、小僧……!』


 白虎の殺意が大きく増すが、今は防御とサダマサへの牽制で動けない。一撃を与えられた以上、感じる恐怖も薄れてくる。


「なんなら種明かしでもしてやろうか?」


 説明してもわからないだろうから内心で続けてみる。

 徹甲弾を受けた際に、含んでいる魔力で相殺して攻撃力を減衰させていると仮定するなら、連続で同じ場所に叩き込まれる攻撃には対応できないはずだ。

 もしもそれが正しければ数発目の着弾で、防御力は大きく減衰している。

 そこをAA-12用に開発された特殊弾薬のFRAG-12榴弾が体毛を焼き払い、無防備となったところに再び徹甲弾が突き刺さったのだ。


 ティアの攻撃に気を取られているところへ無駄な足掻きにしか思ええない攻撃を仕掛ければ、白虎はティアへの防御を優先して喰らってくれると判断したが正解だったようだ。


 集中した破壊のエネルギーによりついに右前脚が限界を迎える。白虎の身体が前方へと沈み、ブレスが途切れた。


「好機!」


 一気に出力を上げたティアの炎が白虎を飲み込まんと迫る。

 全身で転がった白虎は大地の雪で無理矢理消火しようとする。体毛の防御だけでは防げなかったのだ。


「撤退!」


 咄嗟に俺は叫ぶ。戦いにはついて行けなくとも培ったこの感覚だけは信じられる。


 ティアも魔法の放射を停止して、俺を守るように後退。

 俺たちに代わるようにサダマサが強襲。絶好のチャンスをこの男が見逃すわけもない。


 大きく地面を蹴って砲弾のように宙を進んでいく剣鬼。

 気配の接近に気づいた白虎が左前脚を振るって迎撃するが、サダマサの身体をわずかに掠めて血の花を空中に咲かせるだけ。

 負傷に一切構うことなく、砲弾と化したサダマサは勢いをそのままに駆け抜ける。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 渾身の力で振り抜かれた大太刀が、白虎の口唇から生える刀のような牙に着弾。

 剣鬼の振るう巨大な刃が白虎の牙を叩き割り、そのまま口唇を切り裂いていく。

 さすがに今度ばかりは噴出する返り血がサダマサの身体を赤く染め上げた。


 激痛に身を捩ろうとする白虎。巨躯の動きをサダマサは身体に取りついたままでこらえる。

 振り落とされそうになる中、剣士は大太刀の柄を全力で握りしめ、白虎の身体に届いた刃を更に奥深くまで押し込もうとする。

 このまま脳まで到達させられば勝てるが、そこを狙うのはあまりに危険だ。


『貴様ァァァァ、人間の分際でよくもぉぉぉぉっ!!』


 血を撒き散らしながら白虎の怒号が響き渡る。

 さすがに生命の危機が迫っていると気付いたのか、巨獣は全力でサダマサを引き剥がしに藻掻く。


「死を実感するのは初めてか? こういう時は焦ったほうの負けだ」


 サダマサは見せつけるようにニヤリと笑った。

 事実として至近距離過ぎて高威力の魔法を使えないのか、先ほどティアを吹き飛ばしてから氷を纏ったままの長い尾がサダマサ目がけて襲いかかる。


「軌道がブレているぞ」


 死角からの一撃を、サダマサは白虎の身体を蹴って回避。尾の描く軌道の外に軽々と逃れていく。


「ここで回復をさせちゃあ、また振り出しだからな」


 フェイントを混ぜながら剣鬼は再度地面を蹴って白虎へ斬りかかる。


「……」


 おそらく今が最大のチャンスだ。

 傍観者でいるしかないもどかしさも相まって、心の一部が早期の決着をつけさせようと俺の気持ちを逸らせる。


 どのタイミングで攻撃を仕掛けるべきか。いや、むしろここでアレを使い決着を――


「……うーむ、サダマサでもここまで無茶をするのじゃから、ショウジの刃を届かせるにはこれしかなかろうな」

 

 決死の覚悟を決めようとしていた俺の横で、思考を現実に引き戻すように、突如としてティアが緊張感のない声を上げた。


「ちょっと出番じゃぞ」


「……ふあっ?」


 ティアに首根っこを掴まれたショウジはキョトンとするしかない。

 これから何が起こるかまるで理解していない様子だ。


 俺は……わかってしまった。


「なーに、即死さえしなければ妾たちの魔法で治療してやるのじゃ。あ、魔力全開にしておかぬと死――大怪我をするぞ」


 ティアさん、今なんて言いかけました?


「え? え? えぇっ!?」


 困惑するショウジを無視したティアは、そーれという勢いで振りかぶる。

 あ、これもしかして南斗人間ほう――――


「よーし。では、行ってくるのじゃぞ」


 俺が事態を理解するより速く、ティアはそのままショウジを


「ちょっとおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 音のドップラー効果による悲鳴の尾を引いて、ショウジは白虎へ向かってすっ飛んでいく。

 すげぇな、これならメジャーリーグでだってぶっちぎりだよティア……。


「しかし、いくらなんでも傍から見たら自爆スレスレの突撃――いや、これじゃ特攻だな……」


 投げ飛ばされる中で悲鳴を上げていたショウジだったが、いつしかそれは消えていた。


「ほぅ、覚悟を決めたようじゃな」


 自身の身に宿る『勇者』の膨大な魔力を全開にして『神剣』を構え、刃を敵に届けようとしている。その目は真っすぐに白虎を見据えていた。


「いいぞ、そのままいっちまえ」


 つぶやきながら、届け――と念じる中、成功を確信していたのか知らぬうちに笑みを浮かべていた。


 サダマサに強烈な一撃を入れられて頭に血が上っている白虎は、死角からショウジが飛んできていることに気がつかない。

 正確には、サダマサが気付かせないよう全力で翻弄し続けていたのだ。


 だからだろうか。


 『神剣』の刃は、『勇者』が担うとされる伝説に違わぬ力を発揮した。

 俺たちが思っていたよりもはるかにすんなりと、白虎の塞がりきっていなかった側面の傷を再び斬り裂くことに成功する。


「今だ! 畳みかけるぞ!!」


 今度こそ――この戦いを終わらせるために。


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