第233話 Got a Bullet in the Chamber(前編)


 ついに事態は大きく動く。


「ここからじゃな」


 ティアと俺は様子を窺いながら進み出ていく。


「ああ。いい加減、老害の世迷い事は聞き飽きたよ」


「違いない」


 今だけはお互い横は向かない。勝てばまた存分に触れ合えるのだ。決戦を前に未練がましい真似はしたくなかった。


「ショウジのヤツは……」


 当のMVPショウジは、ティアにぶん投げられた勢いのままに白虎の後方へ抜けていき地面に落下というか突き刺さっていた。

 任務をやり遂げて気が緩んだか着地に失敗したらしく、雪の降り積もっていた場所から足だけが生えている。


「……うーん、ちょっとあれじゃあ締まらねぇなぁ」


「簡単に言ってくれるが、あれ以上加減していたら叩き落されていたぞ?」


「そりゃいけねぇ。ミンチになっちまう」


 口ではそう言ったが実際には「よくやってくれた」と存分に誉めてやりたい。

 紛れもなく殊勲賞ものだ。帰ったらビールでも奢ってやろう。


「さぁてこれでどうなるかな?」


「効いていようがいまいが、戦うより他ないのじゃがな」


 わずかに緊張を漂わせたティアが言った通り、結果がどうなっても戦いを続けるしか選択肢はない。


「もっと世界が平和になればいいと心の底から思うよ」


 AA-12を構えたまま、周囲の様子を窺いながら言葉を漏らし、緊張と寒風で乾く唇を舌で軽く舐めて湿らせる。

 白虎の身体を切り裂いたショウジの刃は、『神剣』だけが持つ裏技じみたもの――“ウイルス”にも似た魔力循環の妨害効果をヤツの肉体へ伝達させ始めたはずだ。


『き、貴様ァ……!』


 怒気が地底から噴き出すマグマのようなイメージで大気を伝播。幾度目かの空気が張り詰めていく感覚に俺の全身が否応なしに粟立つ。


 自分の身体に傷をつけたショウジの姿を見て、自身の身体に起きている変化――あるいはこれから起きる事態を察したのか、白虎の声は怒りに震えていた。


『死ぃ――』


 これはマズい。完全にキレている。


 迸る殺気とともに、白虎は地面に刺さったままのショウジ目がけて魔法の息吹を放とうとする。

 慌ててAA-12の照準を白虎の顔面に向ける。


「おい、余所見なんてしている暇があるのか?」


 敢えて声をかけることで、白虎が弾かれたようにそちらを向く。

 同時に、横合いからサダマサの斬撃が急襲。

 咄嗟に身を捩って回避した白虎の身体を、大太刀の刃が薄く斬り裂いていくと、じわりと白の体毛に赤の色が混ざる。


 ――間違いない。これは効いている。攻撃が通る。


 依然として深手とはならないことから毛皮自体の強力な防御力は残っている。それでも白虎の身体には明らかな変調が訪れていた。

 嫌がっている。サダマサの刃を真正面から受け止めることができないのだ。


『……鬱陶しいっ!!』


 白虎の前脚が唸りを上げる。魔法が使いにくいのもあるが明らかに手数が増えている。

 頭上に掲げた大太刀で、サダマサは一撃を受け止めた。衝撃は完全に受け流せずその両足が雪の下の大地に沈む。


「なんつー破壊力だよ」


 並の人間――というか、俺やショウジならあの時点で全身をぺしゃんこにされて死んでいる。


『爆ぜろっ!!』


 そこへ畳みかけるように、もう片方の一撃――脚先に並ぶ鋭い爪が槍の穂先となってが襲いかかる。

 それをサダマサは後方に飛んで回避。前髪が数本、ハラリと宙に舞う。


 ……マズいな、相手も必死になってきやがった。


 危惧する俺の思考を裏付けるかのように、さらに死角から下半身の捻りまでを加えた尾の一撃が急襲する。


 厄介なことになってきた。戦いの中で、白虎も最適なやり方を学習していやがる。


 動きが良くなっていることは、どうやらサダマサも感じているらしい。

 大太刀を掲げながらそれを受け流そうとするが、二発目の爪の一撃を躱したところを狙われたため回避が間に合わない。


「サダマサッ!」


 叫びながら、再び俺はAA-12の銃口を白虎に向け、躊躇することなく引き金を引き絞る。

 32連発ドラムマガジンに残っていたFRAG-12徹甲弾が白虎の身体に撃ち込まれていくが、それでもサダマサを仕留めようとする一心で動いているのか白虎の勢いは止まらない。


「――いいだろう、押し通るっ!」


 回避を諦めたサダマサが、攻撃の軌跡を見据えたままに低く声を張り上げた。

 迎撃で逆撃カウンターを見舞おうと、雪の大地を両脚で強く踏みしめ大太刀を横薙ぎに振るう。


 刹那、青い光が空中に雷光のように輝きを放つ。

 両者の間へと強引に割り込ませたティアの付与結界が氷を纏う尾と衝突していた。


「世話が焼ける!」


 結界がしなる鞭となった尾の勢いを減衰させるが、一点突破の力に耐え切れずガラスが割れるように消滅。


った!』


 振り抜かれる刃と交差するように、氷を纏った一撃がサダマサの胸部を襲った。


「喰らっ――」


 強烈な一撃を受けて吹き飛ばされ、地面を転がっていくサダマサの姿に、思わず口から声が漏れる。


『―――――ッ!?』


 驚愕も白虎の声にならない苦鳴が上がったことですぐさま消失。

 白虎に向けたままとなっていた視線の先で、切断面から血を撒き散らしながら赤く染まった雪の大地へ落下する白虎の長い尾が見えた。


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