第4話 クリスくんは魔法が使いたい


 そうしてひと月ほどが過ぎて読書活動もひととおり終わった頃、ふと魔法を覚えたいと思った。


「両親には迷惑をかけないようにしよう」と言っておきながら、舌の根の乾かぬ内から死ぬほど迷惑をかけそうな気配を放っているが、とにかく退屈なのだから仕方がない。

 こうして屋敷の周りを歩き回るしかない程度には。


「クリス様ー、そんなに急がないでくださいー!」


 そんなせわしない俺の後ろを、お付きのメイドがヒイヒイ言いながらついて来るのも、既に見慣れた光景になりつつある。


 だらしないヤツめ。居眠りばかりしているから体力が足りないのだ。俺が成人していたら海兵隊式に泣いたり笑ったりできなくなるまでシゴいてやるのに。

 あー、卑猥なマラソンの歌を歌わせてやりたい。


 ……おっと、退屈なあまり話が逸れてしまった。

 そもそも女性をいじめて喜ぶ趣味はない。


 そもそも、魔法を覚えたいと思ったのも、何もファンタジー世界にいるからとか、単なる思い付きからではない。


 創造神から貰った物質召喚能力――――『お取り寄せ』と名付けたものを使うには、引き換えとして魔力とやらが必要らしい。

 取り寄せられるものは生物を除いてほぼ自由だが、消費する魔力は千差万別。


 実際に実験がてら馴染み深いモノ—―――拳銃を召喚しようとしたのだが、やった瞬間に意識を失いひっくり返ってしまった。

 懲りずに2回ほど繰り返してようやく理解したが、魔力切れで気絶したらしい。


 どうもこの世界の生物は、魔力を生命維持の補助に使っているようだ。

 だから、命にかかわる前に強制的に休ませようと身体がブレーキをかけるのだ。まるで回路保護のためのブレーカーのように。


 結局、『お取り寄せ』を試すにも魔力を鍛えねばならぬと気付く。

 そのついでに魔法も覚えようと、俺は図書室で見つけた『魔法入門書・初級』という、本というよりは冊子レベルのペラさを持つそれを試すことにした。

 期待に胸を膨らませて部屋までこっそり戻った俺を、深い絶望が襲うとも知らずに。


「なんだよ、この根性論みたいなのは……」


 期待に胸を膨らませていたらコレである。


 この世界、ごく一部にこそ高等な魔法技術が使われているらしいが、それ以外は何かの間違いで発見されたのかと思うレベルで、基礎理論さえ体系づけられていなかった。


 ざっくり言ってしまえば、ノリで使っているのだ。

 ずさんなんてレベルではない。ほとんどの魔法に再現性がないのに、結果として同じ効果が出ているだけなのだ。


 一応、魔法には火・水・風・土の四大元素エレメンツに加えて、無・聖・闇などの特殊なものがあることは判明している。

 向き不向きとか得意な属性の差もあるようだが、要はそれさえイメージでなんとかするものらしい。

 発動には詠唱が主流となっているが、その理由は「詠唱とかしたら魔法が出そうだから」らしい。……見栄えよくするRPGじゃねぇんだぞ!?


「はぁ……」 


 ひとしきりガッカリしたところで、俺は気を取り直して『魔法のイメージ』を脳内で練り上げていく。

 魔法は、世界を構成する『魔素』を起爆剤に使い、身体全体を変換器として現象化させる技術だ。

 そう考えると、四大属性の方が思い浮かべやすいハズなのだが、これが極秘訓練であることを思い出し、結局無属性から試すことになった。

 というよりも、室内で属性魔法をやったら全部痕跡が残るからマズいのだ。仮に残らなくても、火を出して室内で酸欠死とかは笑えないし。


 そうしてクリアなエネルギーを意識して試行錯誤すると、少しだけ白っぽい透明な球体が手から生まれた。


 これが無属性の魔法のようだ。

 まぁ、単純に魔力を実体化させただけなので、破壊力は付与されておらず触っても平気だ。これに破壊のエネルギーを加えれば攻撃魔法になるのだろう。


「っしゃー! 地味だけど成功だ……!」


 別に♂であっても、魔法は使えるらしい。

 喜びつつも今度は魔力の拡散をイメージすると、球体は空気中に拡散していった。


「あ、ヤバい。これでも、眠く、なって、きた……」


 いきなり身体から生命力にも等しい魔力を取り出して無に返したら、そりゃ当然疲弊もする。ましてや3歳程度の魔力でやった初体験なのだ。


 アホなことを考えつつ、このまま倒れると色々ヤバいと思った俺は、極大の疲労感で失いそうになる意識を懸命に保ち、『魔法入門書・初級』を隠し、ベッドによじ上ってひっくり返る。


 これで遊びつかれたことに出来るだろう。

 それにしても、魔法少じ――――いや、魔法使いへの道は険しく遠い。

 その後、しばらくは魔力を具現化しては身体に引っ込める、魔力循環方法を試すことにした。

 焦りを押し込め2年くらいかけてのんびりやってみると、魔力球は大きなものを出せるようになり、次第にその密度を上げる方向へシフトさせていった。


 繰り返していくうちに、多量の魔力を注ぎ込んでも、体力の消耗度合いが体感できるようになってきた。

 運動を重ねていくと、自分の体力の総量が何となくわかるのと同じ感覚らしい。


 なお、『魔法入門書・初級』は早々に読み終わったので、こっそり図書室に戻して中級を探してみたが、ついぞ見つからなかった。

 それとなく両親に探りをいれてみると、発売未定だと判明したが、同時に納得したりもした。


 そりゃ初級であんなクソみたいな内容だったら、中級なんか永久に書けやせんわ!!

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