第3話 ぼーん・でぃす・うぇい


 結局、俺が意識を取り戻した――――もとい、自我を得られた時点で3年の時間が経過していた。


 とりあえず、ここで一度状況を整理してみようと思う。


 『創造神』が言ったように、貴族の家に生まれることが出来たのは事実だった。侯爵家次男として生まれた俺は、クリストハルトと名付けられている。


 家族構成は五人。

 まず両親について触れていくが、侯爵家当主である父親はヘルムント・フォン・アウエンミュラー、母親はハイデマリーというらしい。

 兄弟は上一人の下がひとり。長男である6歳の兄はレオンハルト。下には妹がおり、2歳でイゾルデという。実に物々しく感じてしまう名前の兄弟だ。

 まぁ、そこれは俺が日本人だからなのかもしれない。


 なお、異世界へ転生する最大の問題となりそうな言語関係だが、転生の際にこの世界の言語パックがインストールされているらしく、最初から言葉がわからずどうにもならないというクソゲーじみた展開は避けられた。


「さすが貴族。絶対こんなに読まないくせにやたら本を揃えていてくれる」


 図書室で俺は本のページをめくりながらつぶやく。


 幸いにして、書斎というには広過ぎる侯爵家図書室への出入りは、お付きの若いメイド同伴を条件に許されていた。

 とりあえず両親には、寝物語に母親が読み聞かせた本に興味を示したため、絵本でも読みに行っていると思われているのだろう。


 俺の面倒をメイドへ任せなければいけない程度には、長男レオンハルトの教育に忙しいらしい。帝都にある貴族向けの学校に入れるためだとか。

 跡継ぎは大変だなと、他人事風にレオンハルトを哀れんでおく。


「手書きの本かぁ。そうだよなぁ、この文明レベルだと。でも、きっと高いんだろうな。てか、紙じゃなくて羊皮紙を切って本にしているのかよ……」


 歴史書らしき本をひと通り眺めてみるが、これで文明レベルが大体わかった。あまりよろしくない意味で。

 しかし、どうにもいけない。知識を共有できる相手がいない寂しさからか、ついつい独り言ばかりが増えてしまう。


 そんな寂しい現実に嘆息たんそくしつつ、少しでも情報を手に入れるため、気を取り直して本に目を通していく。


 さてさて。

 世界への干渉を命じられたわけだが、自分の知識で何ができるか、はたまたこの世界ではどう活かせるかがわからなくては何も出来ない。

 創造神が言っていた『勇者召喚』までは、長くてあと17年だ。それまでに何らかの成果を残しておきたい。

 もっとも、創造神が『転生者おれ』の存在を『勇者』に伝えるかは未知数なので、本当に俺が奔走する必要があるかは疑問だが。


「へー、創造神あいつはちゃんと世界に認知されてるんだな」


 読書にいそしんでみると、蔵書にはありがたいことに俺の知りたい情報が結構な量で存在していた。


 まず手に取ったのは『創世記』的な本。

 創造神がこの世界をいつ頃作って破壊神と戦い、世界は人類と魔族に分かれて云々。

 地球なら創作物として扱っただろうが、本人に会っているのだから実話に近いのだろう。

 創造神ヤツは自分で名乗らなかったが、この世界では『アルサス』という名前で認知されているらしい。

 一方の破壊神も、『ゼオルス』と書かれていた。名前からして負けている気がするが大丈夫だろうか。

 ……まぁ、それは別にどうでもいい。


 結局、読んだ本が本だけにカビの生えた情報しか見つからなかったが、神話としてならこの程度でも十分だろう。

 それよりも、各種族について書かれた本の方がよっぽど参考になった。


「見事に王道ファンタジーな世界だな。いや、逆に地球人の想像力がスゲェのか?」


『人類』という呼称は、地球でのそれとは意味が違い、文字通り総称を表していた。

『人類』にはヒト族のみならず、ファンタジー定番のエルフ、ドワーフ、獣人といった種族が含まれている。

 最も人口が多いのはヒト族であるが、エルフは人口が少ない代わりに長寿で魔法に長け、ドワーフは鍛冶などの工業系に優れるなど、おおよそ物語でファンタジーをかじったことのある地球人なら知っていそうな知識であった。

 うーん、トー○キン先生、もしかしてこの世界に来たこととかないですかね?


「で、『魔族』はさっぱりか」


 逆に『魔族』に関する記述はかなり曖昧なものであった。

 人類圏に生息するゴブリンやオークなどの『亜人』とは違うようだが、『魔族』には特に細かい分類となる種族名は書かれていない。


 そんな彼らは、南北で互いに接近するふたつの大陸の人類から見て反対側に住んでいる。

 魔法が得意な個体が多く戦闘力も高い上に知的種族という、宗教的偏見がないと思っている俺から言えば完璧に近い存在だった。

 そして、それらを率いる上位個体が『魔王』と呼ばれ、たまに人類にケンカを売ってくるらしい。

 ケンカと言えば聞こえはいいが、剣(槍とか弓矢も含む)と魔法で殺し合う泥沼の戦争である。


 この中世っぽい世界で、戦争となれば基本的に起こるのは大規模な軍団同士の戦いだ。

『人類』対『魔族』の戦いが起きる度に双方共に大きく疲弊し、数百年かけて回復したところで再び戦争。その繰り返しだ。


 そりゃ、文明らしきものが生まれてから1万年も経ってもロクな進歩が見られないわけだよ……。


 技術水準に関しては基本魔法技術頼みで、未だに火薬・羅針盤・紙といった革新的な物も生まれておらず、これではルネサンス的なモノすらはるか彼方。

 放っておいたらあと2000年経っても産業革命など起きないだろう。


 それくらい科学というものが認知されていないし、合理的な考え方が世の中に浸透していない。宗教優位なのは地球の歴史と同じっぽいが、科学的な思考がないのは少し気になるところだ。


 まぁ、後者に関しては地球でも近年まで微妙だったので、この世界の住人にそれを求めるのは2500年近く気の早い話かもしれない。


「なんつー世界だよ……」


 呟きながら長時間の読書で疲れた視線を子守のメイドに向けてみると、彼女は早々に入り口付近のテーブルに陣取り、器用にも椅子に座ったまま居眠りをしていやがった。

 俺に近寄って来なかったのも、本に夢中になっている間は楽ができるからか。

 実にいい根性をしている。

 ここまで放任でいいのかと思うが、俺にとっては好都合なので起こしたりはしない。


 少なくとも、五体満足で産んでくれた上に長男の次くらいに愛情を注いでくれている『2人目の両親』には、感謝の念が尽きない。

 せめて迷惑をかけないようにと俺は固く心に誓うのであった。

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