第42話 ただいま報告とやっかいごと
少しだけティアマットに空を飛んで楽をさせてもらい、それから再びハンヴィーを呼び出して1泊2日で候爵領へと帰還した。
屋敷へ戻った俺たちを出迎えたヘルムントの笑顔は、出迎えてからの数分で失われ、次第に引きつったものに変わってしまった。
その変化は、さすがは数々の修羅場をくぐり抜けてきた上級貴族だけあって小さなものであったが、あいにくと俺は見逃さない。
まぁ、自分の次男をはじめとした一行を無茶苦茶な旅へ送り出したと思ったら、無事帰還したはよいものの、行方不明になって大騒ぎになっている公爵家令嬢と明らかにヤバそうな種族を連れて帰って来たのだ。
正直、無理もない反応である。
とりあえず、事情を説明しろという視線を向けてくるヘルムントのため、俺とサダマサとティアマットで応接室へ移動した。
ちなみに、ウーヴェは工廠に戻るとのことだ。今回の旅のアレコレを仲間に話しに行くのだろう。
やらかしてもくれたが、お疲れ様ということで亀甲模様のウイスキーを何本か渡しておいた。
「はぁ……。想像を超え過ぎていて、何て言っていいかまるでわからんなぁ」
なるべく簡潔に、都合4泊5日の旅のおおまかな流れを説明し終えると、精神を落ち着けるためだろうか、俺が『お取り寄せ』して用意したコーヒーを啜ったヘルムントは大きく溜息を吐いた。
ティアマットの紹介から始まり、途中さんざん驚いていたので、もう反応する気力もないといったところだろうか。
「まぁ、俺も予想外だったし」
気心の知れたメンバーしかいないため、俺とヘルムントは砕けた喋り方で会話をする。
「そりゃ確信犯でやられてたら困る。……いや、なんていうのかな。クリスとサダマサには、もう一生分驚かされたと思ってたんだが甘かったな。コレ多分、一生分驚いたら死ぬって区切りでカウントしたら、俺あと数十回は死ねると思えてくるよ、ホントに」
「何事にも備えておくってのは、いい心構えだと思うぜ」
「あのね、クリスくん? わかるかな? 遠回しにやめてくれって言ってるんだけどね?」
それは無理だとサダマサと2人揃って笑顔を並べて返すと、ヘルムントは額に手をやって項垂れてしまった。
そして、その様子を横で愉快そうに見ているティアマット。
ヒトが一喜一憂する様ですら、同族だけの環境で生きてきた神魔竜には面白く感じられるのかもしれない。
「……まぁいいさ。それで今回の件、余計な火種を持ち込みやがってと言いたいところだが、実のところはよくやってくれたよクリス。ちょうど、どこかで相談しようと思っていたんだが、例の火縄銃の件な、実はクラルヴァイン辺境伯がネックになっていたんだ」
「あぁ、取り上げられるとか言ってたやつか」
いつぞやの献上品云々の話を思い出す。
たしかに、いつ頃帝国軍への採用を目指して動くべきか悩んでいたところだった。
その理由のひとつが貴族の思想だ。
彼らは、自らが前線に立つことなどほとんどないのに、「貴族たるもの1対1の決闘にて戦の勝敗を決するべし」という意識に凝り固まっている。
弓や槍、魔法はよくても、銃のような『誰でも使える、騎士すら打倒できる高威力の武器』というのは、封建社会への影響が大き過ぎると判断され、強烈な反対にあうことだろう。
なにしろ、それまで『騎兵』という兵科を独占していた貴族の活躍の場が奪われるのだ。
下手をすれば、少し金のある平民が火縄銃を入手して、新たな傭兵団を結成することも不可能ではない。
貴族の衰退。
その流れの切っ掛けとなるのが、火縄銃による騎兵の衰退と平民の台頭だ。その引き金となる武器を俺たちは自分たちの国に使わせようとしている。
ある程度鼻の利く貴族なら、即座に『銃』の危険性を理解するだろう。
そのため、それなりに文句を挟めないようなルートからいかないと、反対が大きくなるのは目に見えていた。
「それもなくはないが、それ以上に対外強硬派筆頭のクラルヴァイン辺境伯に知られると、間違いなく領土拡大戦略に使われるからな。対エルフ戦争への流れを加速させてしまう。そう考えると、国軍に採用されるために動くのは、時期尚早だと思ってたわけでな」
実のところ、火縄銃を採用させたいだけなら、クラルヴァイン辺境伯は話を持ちかけるべき人物の選択肢に入ってくる。
対外強硬派ではあるものの、同時に現実主義者でもある彼は、軍人としての経験から火縄銃の戦争における可能性を正しく理解するだろう。
だが、火縄銃の存在は彼の持つ野心にあまりにも都合が良過ぎるのだ。
すぐにでも、アウエンミュラー侯爵領で抱えている火縄銃の在庫を全て自分の領土を中心とした軍に放出させ、早々に『大森林』への侵攻を計画することだろう。
これでは戦争が数年以上早まってしまう。
「なるほどのう。だから、わざわざ妾を飛ばせて西方に傾注させる戦略を採ったというわけじゃな?」
話の流れを聞いて全体を察したのか、愉快そうな笑みを深めるティアマット。
「そういうこと。間接的に牽制できるなんて絶好の機会だからな。極悪だったと思うぜ」
最高の思い付きだったろ? と目で訴えると、さすがに鼻で笑われた。
「よく申すわ。普通は真似したくてもできない手段であろうに」
「まぁね。それじゃあ、少なくともこれで火縄銃を導入してもマシな流れにはなったわけだな。辺境伯も西方の治安活動に専念しつつ、火縄銃を導入するようなことになれば、資金繰りの関係で軍の再編を迫られるだろうし」
少しだけ肩の荷が下りたとばかりに俺はコーヒーを口へ運びながら言うも、一方のヘルムントの顔はそこまで優れない。
「いや、問題はまだ完全に片付いていない」
「というのは?」
「火縄銃の利権を、ウチが独占に近い形で獲得できるかが問題だ。
この世界にも『箔』というものがあり、それは時として大きな価値となる。そして、言うまでもないことだが、貴族にとってはプライドの次くらいにすごい大事なヤツだ。
なにしろ、なにかを生み出した際に、『それを最初にやったヤツ』と国から認定を受けると、滅多なことでは軽んじることができなくなるからだ。
また、それが特に優れていたりすると、姓に新たな名乗りが国から与えられたりする。
別にその姓が欲しいわけではないが、『箔』は持っていて損するものではない。
ヘルムントは、火縄銃の開発でそれをどうにか入手したいのだ。
「そうだな……。何か手はないのか?」
「……案だけならあるんだよ。あまり気は進まないだけでな」
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