第43話 どう見ても悪役のすることです本当に(略)


 憮然ぶぜんとしたような顔を浮かべ、なんとも言いにくそうにしているヘルムント。あまりこの男らしくないとも言える。


「おいおい、もう運命共同体だし家族なんだぜ親父殿。前に言ったように水臭いのはナシなんだろう?」


「結局は俺の気分の問題だよ。見た目は子どもなお前に、黒い政治の話はしたくないんだがね。それに後でマリーにも何て言われるか……」


 そんなにハイデマリーが怖いのか。


 まぁ、確かにああいうおっとりとしたタイプは怒ると怖い。

 俺自身はほとんど怒らせたことはないが、それでもイゾルデ誘拐時の一件ではこっぴどく叱られている。

 俺が誘拐犯であるオスヴィンを殺したことなど詳細は伏せられているが、ひとりで勝手に行動したことだけでも十分な理由にはなったのだ。

 あの時は、さすがに普段からは想像もできない怒り方をしたものだから、そこまで心配させたのかと深く反省したものだった。


「母上のことが心配なのはわかるけど、俺に対しては気を遣いすぎだよ。それに、貴族なんて悪巧みしてナンボの家業でしょうが」


 気負っていても仕方がない。

 イゾルデが異端派に狙われていたりと、俺たちにはもう帝国内で影響力を強めていくしか、生き残る道がなくなりつつあるのだから。

 暗にそういう言葉を含めながら言うと、ヘルムントも観念したように喋り出した。


「わかった。……当然、さじ加減が求められることになるが、クリスの公爵家令嬢ベアトリクス救出と《神魔竜》の鱗入手の功績で、エンツェンスベルガー公爵家に恩を売り付ける」


 ……切ったら最大級の効果を発揮するカードじゃねぇかそれ。


さとい公爵のことだ。我々がベアトリクス嬢を送って差し上げれば、竜の鱗の時点で辺境伯がらみの部分にも勝手に気が付くだろう」


「そりゃ娘ひとりしか帰還しなかった時点で色々わかるだろうしね」


「間違いなく、公爵はこちらに対して恩義を感じる。そこで、タイミング良く開発した火縄銃の存在を教え、皇帝陛下に献上するための仲介役になってもらうんだ。この時点で、俺たちに借りがある公爵はうちを絶対に無下にはできなくなる。それに、短期的・中期的に見れば帝国の軍事力の増強になるから互いにメリットもある。上手くいけば帝室認定の武器の供給元になれるかもしれん」


 やっべーなー、想像以上に計算だらけのプランだわ。

 理にかなっているんだけど、ここまで出来過ぎていると逆に大丈夫かと思うような成り上がり設定ばりのプランである。

 コレ将来的に『勇者』に地位を奪われたりしませんかね?


「そうなったら、今度は公爵家のみならず帝国としてウチを囲い込もうとしてくるだろう。ベアトリクス嬢はクリスが『使徒』だと薄々気付いているんだろう? バレてしまったのは悔やまれるが、放っておいたらベアトリクス嬢の口から伝わってしまうことだ。そこをあえて口止めする必要もないだろう。先に切ればいい」


「別に『使徒』の能力を使って帝国を乗っ取りたいわけでもないからね。野心がないことのアピールにもなるのかな?」


「そういうことだな。それに公にはできないだろうが、我々が《神魔竜》であるティアマット殿を擁しているのも大きい。帝国が機嫌を損ねたくない家に一躍ランクインだよ、クリス。まぁ、そこで向こうが切ってくる札はベアトリクス嬢との婚約あたりかな」


「うへぇ、政治の匂いが一段と濃くなったな……」


 げんなりとした顔を浮かべて言うものの、正直ヘルムントが話を始めた早い段階で予想のついていたことではある。


「貴族の婚姻も実家の爵位の上下1ランク以内が基本的な慣例だから、候爵家次男でも婿に入れるなら家格としては問題はない。帝室としても、親戚にあたる公爵家にクリスを抱き込めるなら、それくらいのカードは平気で切ってくるさ。まぁ、世知辛い話だが、金も肩書きもあって困ることはない。クリスが帝国内で影響力を求めるなら最適解とも言えるだろうな」


「なるほどねぇ……」


 俺は大きく溜め息を吐き出した。

 貴族に生まれた以上、政略結婚なんてほぼほぼ避けられないと思っていたが、少なくとも数日でも時間を共有した相手であれば気も楽だ。


 それに、ベアトリクスは有望株だ。

 将来的によっぽど何かを間違えなければかなりの美人になりそうなのでひと安心である。

 前世が日本人だったからか、どうも俺の見た目の好みも日本人系の顔のままでいたが、あんな美少女が順当に美人となってくれるのであれば、まったくもって現金な話だが無問題である。


 家柄だけは良い幕内力士張りのドスロリ――――ロリータ服を着たドスコイ力士体形に、夜の寝台の上で骨盤を粉砕される事態は避けたかったのだ。

 あやうく火曜の夜九時からサスペンス劇場が始まってしまう。


 その運命を回避したばかりか、パツキンで美人のチャンネーに確定したのだから、それはもう夢にまで見たシチュエーションが現実のものとなる。

 これを喜ばずにして何が男だろうか、いや男ではない。


「……にしても、まるで悪徳貴族の悪巧み風景みたいで気が滅入ってくるぜ」


「そう腐るもんじゃない。いずれ何らかの形で戦争は起きるんだ。その時にそれなりの立場で動けるかどうかは生き残る可能性の意味でもまったく違うぞ?」


 釈然とはしないがヘルムントの言うとおりだった。


 帝国は現在国家としての成長は頭打ち状態になりつつある。

 周辺国に単体で拮抗できる国が今現在では存在していない以上、ここで新たな領土を目当てに事を起こす可能性は低くない。

 目下起きそうなのは――――外的要因がない限りはやはり『大森林』だろう。


 そして、大規模な戦争となれば、貴族も兵力を出さねばならなくなる。

 そこでアウエンミュラー侯爵軍の鉄砲隊を華麗にデビュー……というのがまぁ普通に考えるところか。

 もう少しべつの形で構想を練ってはいるが、ヘルムントの策が上手くいったらそれも実行に移すべきかもしれない。


「まだその時期ではないのが救いかなぁ。できることなら、『大森林』とはこちらからの原因で揉めたくはないんだよなぁ。魔法のような飛び道具相手では、通常の兵装ではほぼほぼ不利だと聞いてるし。まぁ、いずれにしても情報収集が急務かな」


 本音で言えば、エルフと戦い帝国と『大森林』が共に疲弊するのは好ましい事態ではない。

 どちらが勝っても、それは他国に新たな隙を与えることになるからだ。


 とはいえ、戦争が避けられないとなれば話は別になる。

 当然ながら、用意できる最高の戦力で蹂躙し、最低限の被害で勝利をぶんどるのだ。


「それすらも、いずれはどうにかしようと考えているお前が、俺は恐ろしくすらあるよ」


 ヘルムントが苦笑を浮かべた。

 もっとも、彼も世界の潮流を読めないような人間ではないため、俺の言っている意味はきちんと理解している。

 最終的にぶつかることを想定している最大戦力の魔族が、魔法のみならず身体能力でもヒトの平均値を上回っているのなら、エルフやその他の人類を相手に戦争して苦戦しているようでは話にならないからだ。


「せっかくなら、最高のタイミングで急所を殴り付けて最高の戦果を得ないと、それこそ何も面白くないでしょう?」


「まったく、とんでもないヤツが侯爵家ウチに生まれてきてしまったものだ。貴族社会に交ぜちゃいけない猛毒だな」


「もう交ざりつつあるけどね。それにね、信じられないかもだけど、俺はなるべくなら平穏に生きたいんだよ?」


「あれだけ暴れておいて、嘘臭いったらありゃしないのう」


 政治の話には興味がないのか、それまで静かにコーヒーを愉しみながら聞いていたティアマットが、ここぞとばかりにツッコミをはさんでくる。

 それはいいのだが、つっこむついでに俺にしなだれかかって来るのは止めてほしい。


 なお、保護者であるはずのヘルムントは全力で見ないフリをしている。

 俺の身体ひとつで神魔竜のご機嫌が買えるなら、果てしなく安いものだと思っているに違いない。

 親としてはどうかと思う選択だが、俺が同じ立場ならたぶん同じことをするんじゃないかと思う。


「……まぁ、当分は子どもらしくカモフラージュしていてくれ。来月から帝都の学園に通うんだぞ? まだ早計かもしれんが、ベアトリクス嬢としっかり仲良くなってくれよ」


「へいへい。お嬢様のご機嫌取りですかね」


「それも男の甲斐性のうちだよ。まぁ、なんだかんだと立場は向こうが上だ。まだ絵に描いたなんとやらだけど、間違っても婚約破棄なんてされないようにな」


 今度はお前も少しは苦労を味わえと、ヘルムントは意地悪そうな笑みを浮かべるのだった。


「妾もヒトの序列など気にはせぬ。あの娘と婚姻でも何でも好きにすればよい。妾をきちっとめとってくれればの」


「え? ちょっと待って。なんでいつの間にか俺と婚姻する話になってんの⁉」



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